デビッド・O・セルズニック David O Selznick

本名:
デビッド・オリバー・セルズニック
デビッド・O・セルズニック
職業:
製作者、脚本家
生年:
1902年5月10日
出身国:
アメリカ
出身地:
ペンシルバニア州 ピッツバーグ
没年:
1965年6月22日
代表作:
『スタア誕生』(37)
『風と共に去りぬ』(39)
『レベッカ』(40)

ハリウッド創生期に独立プロデューサーとして活躍したルイス・J・セルズニックの息子として生まれ、10代の頃に父親の事業を手伝う為にハリウッドに移る。 後にタレント・エージェントとして活躍する兄のマイロンとともに父親が経営するセルズニック映画社で働きながら映画作りの基礎を学び、18年の『絹の靴下』では16歳の若さで製作者として初めてクレジットされる。 他のスタジオ経営者の謀略とスキャンダルが原因でルイスは破産。23年には会社が倒産してセルズニックは仕事を失うが、26年にM-G-M社に入社して脚本の監修を務め、やがて製作者ハリー・ラプトの製作補佐として活躍する。 28年にはM-G-Mの立役者ルイス・B・メイヤーの娘アイリーンと結婚するが、M-G-Mの製作主任アーヴィング・G・タルバーグと『南海の白影』(28)の撮影をめぐって対立し、スタジオを飛び出してしまう。 その後、パラマウント社で助監督として働き、31年にはRKO社に移ってスタジオの製作本部長に就任。スタジオから直営映画館までの事業全体の再編成を行い、スタジオの経費を25パーセント削減させる事に成功する。 この頃から製作者としての天性の才能を発揮し始め、パラマウントで知り合ったジョージ・キューカー監督をRKOに呼び寄せ、キューカーのアドバイスを受けてハリウッドに招いた舞台俳優のキャサリン・ヘプバーン主演の『愛の嗚咽』(32)や『若草物語』(33)などの傑作を手掛けさせる。 セルズニックは良質のドラマだけでなく、怪物映画の金字塔『キング・コング』(33)や、フレッド・アステアジンジャー・ロジャース・コンビの一連のダンス・ミュージカルなど娯楽映画のヒット作も製作して興行的にも大きな成功を収める。 33年、セルズニックは義父メイヤーの要望で、病弱のタルバーグの補佐を勤める為に古巣のM-G-Mに戻り、『二都物語』(34)や『アンナ・カレニナ』(35)などの古典小説の映画化から、ジョーン・クロフォードクラーク・ゲイブル共演のミュージカル・ドラマ『ダンシング・レディ』(33)や、豪華スターの共演作『晩餐八時』(33)などの興行的なヒット作までを幅広く手掛ける。 36年にはタルバーグ夫妻や兄のマイロンの協力のもと、独立プロダクション「セルズニック・インターナショナル」を設立し、『ゼンダ城の虜』や『スタア誕生』(37)などのヒット作を発表。 36年にセルズニックはマーガレット・ミッチェルの『風と共に去りぬ』(39)と出会い、5万ドルで映画化権を獲得。 事細かに指示したメモを何枚も送りつけて映画の撮影現場に干渉しようとする彼のやり方はスタッフから疎まれ、主演女優探しは難航し、監督と脚本家は幾度となく交代したが、セルズニックは映画作りへの情熱と執念の全てをこの一本に注ぎ込み、2年半もの歳月を費やして無事この超大作を完成させる。 映画は空前絶後の大ヒットを記録して世界中でロングラン上映され、アカデミー賞では作品賞を含む8部門を制覇。勢いに乗ったセルズニックは、スウェーデンから呼び寄せた女優イングリッド・バーグマンを『別離』(39)でハリウッド・デビューさせ、翌年にはイギリスからアルフレッド・ヒッチコック監督を呼び寄せて専属契約を結び、ダフネ・デュモーリア原作の『レベッカ』(40)を監督させて2年連続してアカデミー作品賞を獲得する。 44年にセルズニックは『風〜』の全権利をM-G-Mに譲渡し、新人女優だったジェニファー・ジョーンズを見出して『君去りし後』を製作。 私生活でもジョーンズの虜となったセルズニックは、彼女を主演に迎えた低予算の西部劇『白昼の決闘』(48)を企画。しかし、セルズニックの干渉主義が災いして監督は交代し、製作規模は膨れ上がって西部劇の小品は600万ドルの超大作に変貌してしまうが、映画は批評家に酷評されながらも大ヒットを記録。 しかし、契約下の俳優や監督を他社に貸し出して利益を得るセルズニックの経営方針や、製作現場への極度の干渉主義は反感を買って誰も彼と契約を更新しようとせず、『パラダイン夫人の恋』(48)や『ジェニーの肖像』(48)などの興行的な失敗作も続いて、彼は多額の負債を抱えて破産寸前まで追い込まれてしまう。 49年にはジョーンズと再婚し、ハリウッドだけでなく海外にも活動の場を広げて、イギリス映画『第三の男』(49)やイタリア映画『終着駅』(54)などの古典的名作を共同制作。 57年にはアーネスト・ヘミングウェイ原作の『武器よさらば』を製作するが興行的に奮わず、これが最後の製作映画となる。 その後も、彼は『夜はやさし』などの映画の製作を企画したがどれも実現せず、65年に心臓発作が原因でこの世を去った。

紹介作品

キング・コング(33)

製作総指揮

風と共に去りぬ(39)

製作

レベッカ(40)

製作

白い恐怖(45)

製作

白昼の決闘(46)

製作、脚本



MAIN | FILMS | STARS & MAKERS | DICTIONARY | HISTORY | BBS | OTHRES