魔人ドラキュラ Dracula
公開:
1931年
魔人ドラキュラ
製作:
ユニヴァーサル・スタジオ

カール・レムリ・ジュニア
監督:
原作:
ブラム・ストーカー
脚本:
ギャレット・フォート

ダドリー・マーフィ
撮影:
カール・フロイント
出演:
ベラ・ルゴシ

ヘレン・チャンドラー

デヴィッド・マナーズ

500年前に死んだはずのドラキュラ伯爵。 彼は棺の中で生き長らえ、地所取引のためトランシルヴァニアにやってきたレンフィールドを下僕にして海を渡る。 途中船は難破するが、流れ着いた街の廃教会に住みついたドラキュラは、若い女性の生き血を求めて夜ごと街に出没した。 そして、狂人となったレンフィールドが収容された精神病院の院長セワードの娘ミナに目をつけるが、 バン・ヘルシング教授とミナの恋人ジョンに正体を見抜かれてしまい、二人はドラキュラの陰謀を阻止しようとする。 吸血鬼映画だけでなくホラー映画を一般的にした、ゴシック的なムードに溢れた怪奇映画の傑作。

ブラム・ストーカーが1897年に発表した恐怖小説『ドラキュラ』。 ドイツの映画監督F・W・ムルナウによって1922年に『ノスフェラトゥ』として映画化されるが、これは映画化権を得ずに無断で映画化されたものだった。 その後、原作はハミルトン・ディーンによって戯曲化され、24年の6月にイギリスのダービーで初演。好評を博して翌24年2月にはロンドン進出を果たした。 ジョン・L・ボルダーストンがアメリカ人の観客に合うように脚色して24年の10月にはブロードウェイで上演。 ドラキュラ伯爵役にはハンガリー人のベラ・ルゴシ、ヘルシング教授役にはエドワード・ヴァン・スローンが扮したこの舞台は261回もの上演を記録するヒット作となった。 トッド・ブラウニング監督の発案で、ユニヴァーサル社は30年に映画化権を40万ドルで獲得し、舞台劇の映画化権も同時に獲得。 ブラウニングはドラキュラ役に怪奇映画スターのロン・チェイニーを考えていたが、8月にチェイニーが癌で亡くなったために、数名の候補があがったあとブロードウェイの舞台版で人気を博したルゴシがドラキュラ役に迎え、 ヘルシング役も舞台版と同じスローンを起用した。 映画版はストーカーの小説ではなく、ディーンとボルダーストンの舞台用の台本に基づいて、ギャレット・フォートとダドリー・マーフィーが脚本を執筆。 原作は大幅に変更され、血を吸う場面はドラキュラがマントで顔を隠し、心臓に杭を突き刺す場面では音と暗示によって表現するなど、ホラー的な表現にはまだまだ及び腰だった。 それでも当時の観客にとってこの映画の恐怖感は衝撃的なものだったため、スタジオはホラー色を薄らげるためにラブ・ストーリーとして宣伝した。 ニューヨークのロキシー劇場で封切られると、連日大入り満員の大ヒットを記録。 ルゴシのもとにはファンレターが殺到したが、その9割以上は吸血場面にエクスタシーを感じたという女性からのものだった。 そのため、この作品以降、ルゴシには死ぬまでドラキュラのイメージが付きまとうことになった。 また、ユニヴァーサルは英語が話せないスペイン語圏の観客のために同じセットを使ってスペイン語版も製作。 ジョージ・メルフォードが演出を担当し、カルロス・ビラリアスがドラキュラに扮した。


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