エドワード・G・ロビンソン Edward G. Robinson

本名:
エマニュエル・ゴールデンバーグ
エドワード・G・ロビンソン
職業:
俳優
生年:
1893年12月12日
出身国:
ルーマニア
出身地:
ブカレスト
没年:
1973年1月6日
代表作:
『犯罪王リコ』(30)
『飾窓の女』(44)
『シンシナティ・キッド』(65)

6人兄弟の5男として生まれ、10歳の時に一家は渡米。 両親はニューヨークの下町でキャンディ・ストアを開業した。 英語を覚えると家族にルーズベルト大統領らのスピーチを披露。 弁護士かユダヤ教のラビになることを夢見て勉強に励んでいたが、高校の英語の先生から演劇と文学の才能を認められて演劇に魅了され、俳優の道を進むことを決意する。 ニューヨーク大学に進学して弁護士になる勉強をしていたが、 人前で演じる事を諦めきれないロビンソンは、19歳の時に奨学金を得てアメリカン・アカデミー・オブ・ドラマティック・アーツ(AADA)に移り本格的に演技を学んだ。 レパートリー劇団の端役しか得られず1つの舞台で4役演じることもあったが、 15年の舞台『Under Fire』で認められ、ブロードウェイ進出を果たす。 また、16年には工場労働者を演じた『Arms and the Woman』で映画デビューを果たした。 その後も『The Adding Machine』、『The Brothers Karamazov』、『Juarez and Maximilian』などの舞台に出演。 『The Kibitzer』では出演だけでなく共同で脚本も手掛けた。 ファースト・ナショナル社に入社して、23年に『ブライド・ショール』に端役として出演。 しかし、演劇と映画の違いにショックを受けたロビンソンは、一旦映画を離れて舞台に集中。 27年には女優のグラディス・ロイドと結婚。 再び映画界に舞い戻ったロビンソンは、クローデット・コルベールと共演した29年製作のトーキー『壁の穴』で詐欺師を演じて注目を集め、 30年の『法の外』ではギャングの親玉を熱演。 ワーナー・ブラザーズが製作したマーヴィン・ルロイ監督の『犯罪王リコ』では、タイトルロールに抜擢され、 冷酷非情なリコを圧倒的な存在感で演じきり高い評価を獲得。映画は大きな成功を収めてギャング映画ブームの火付け役となった。 『犯罪王リコ』のヒットによって一躍週給4000ドルを稼ぐ売れっ子スターに躍り出たロビンソンは、 『夜の大統領』(31)、『弾丸か投票か!』(36)などで非常なギャングを好演して、ギャングスター俳優として安定した人気と地位を獲得。 ギャング映画以外にもハワード・ホークス監督と組んだ『虎鮫』(32)や『バーバリーコースト』、再びルロイ監督と組んだ『二秒間』(32) など 職人監督の作品にも多数出演して固定したイメージに振り回されずに活躍した。 39年には反ナチ映画の先駆けとなった大ヒット作『戦慄のスパイ網』に出演。 40年の伝記映画『偉人エーリッヒ博士』では濃厚な演技で梅毒の治療法を発見した実在の科学者を演じた。 40年代には優れた手腕を持った監督と質の高い映画に恵まれるようになり、 ジュリアン・デュヴィヴィエ監督のオムニバス映画『運命の饗宴』(42)、 ビリー・ワイルダー監督の傑作フィルム・ノワール『深夜の告白』(44)、 フリッツ・ラング監督のサスペンス『飾窓の女』(44)や『スカーレット・ストリート』(45)などに出演。 戦後、第二次世界大戦時の反ナチ活動が共産主義者と関係があるのではないかと疑われ、47年には非米活動委員会から弾劾されてしまう。 赤狩りの嵐に巻き込まれたロビンソンは、ブラック・リストには載らなかったものの、非米活動委員会から度々公聴会に召還されたため、 共産主義者とのかかわりを避けるスタジオは彼に主役級の出演依頼をしなくなり、オファーされる役はだんだん小さく、少なくなっていった。 『キー・ラーゴ』(48)では後輩のハンフリー・ボガートの次というビリングだったが、 仕事と割り切って出演を承諾。極悪非道のギャングのボスを圧倒的な貫禄で演じて共演のボガートやローレン・バコールらを圧倒した。 イタリア人一家の家長を演じた『他人の家』(49)ではカンヌ映画祭の主演男優賞を受賞。 世界的な絵画コレクターとして知られていたが、59年にはグラディスと離婚。慰謝料を捻出するためにコレクションを57年に325万ドルで売却して大きな話題となった。 また、グラディスとの間に生まれた一人息子エマニュエルも精神を病み、自殺癖があったために長い間公私共に不遇の時期が続いた。 58年にはジェーン・ロビンソンと再婚。56年にはパディ・チャイコフスキーの舞台『Middle of the Night』で28年ぶりにブロードウェイに復帰して絶賛を博した。 映画では主役よりも脇役に徹するようになり、スペクタクル史劇『十戒』(56)やフランク・キャプラ監督の『波も涙も暖かい』などでは助演ながらも印象的な演技を披露。 65年の『シンシナティ・キッド』ではスタッド・ポーカーの達人ランシーを演じ、 円熟した演技で若手の人気俳優スティーブ・マックィーンを食う演技を見せた。 最後の出演作となったSFスリラー『ソイレント・グリーン』(73)では、チャールトン・へストンの相棒役を好演。 40本近い舞台と100本以上の映画に出演しながらもオスカーを一度も受賞しなかったこの無冠の名優に、映画芸術アカデミーは名誉賞を授与。 特例として病床のロビンソンにこの吉報が発表前に伝えられ、その翌年帰らぬ人となった。
息子のエマニュエルもエドワード・G・ロビンソン・ジュニアの芸名で『お熱いのがお好き』(59)で映画デビューを果たした。

紹介作品

深夜の告白(44)

出演

飾窓の女(44)

出演

キー・ラーゴ(48)

出演



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