大農場を経営するトラスク家にはアロンとキャルという兄弟が父親と三人で暮らしていた。品行方正の兄アーロンは父親の信頼が厚いが、弟のキャルは気難しい暴れん坊の問題児で父親からも嫌われている。
アーロンの婚約者アブラは最初は気性の激しいキャルを軽蔑するが、次第に彼の優しさに目覚めてゆく。キャルはアブラの協力を得て事業に失敗した父親を助けようとするが、父親は彼を認めようとはしなかった・・・。
3本のみの主演作を残して24歳の若さでこの世を去ったジェームズ・ディーンの映画初主演作。
アメリカを代表する作家ジョン・スタインベックがは、旧約聖書のカインとアベルの物語を下敷きにした小説『エデンの東』を1952年に発表。
ワーナー・ブラザーズ社が映画化に興味を示し、スタインベックには映画化権と脚本執筆料として12万5000ドルが支払われ、
映画完成後には興行収益の25パーセントが約束されたが、彼が手掛けた最初の脚本はあまり出来が良くなかったためスタジオは映画化を保留した。
54年、港湾の腐敗を描いた『波止場』(54)の編集中だった監督のエリア・カザンは、『エデンの東』の映画化に興味を示してスタジオの総帥ジャック・ワーナーに話を持ちかけると、
ワーナーは無制限の予算、キャスティングの決定権、最終的なフィルムの編集権という破格の待遇をカザンに与えて映画化を再開させた。
カザンはポール・オズボーンを脚本家として起用。二人はスタインベックの原作の全てを使わず、第四章だけを使うことにして父親とキャル兄弟の葛藤を強調させた。
カザンは『波止場』に続いてマーロン・ブランドを起用することを考えていたが、
オズボーンは54年の2月にニューヨークで幕を開けた舞台『背徳者』でアラブのハウス・ボーイ役を演じて絶賛を浴びた若手俳優ジェームズ・ディーンを推薦。
舞台を見て感銘を受けたカザンは、ディーンとニューヨークのワーナーのオフィスで会見。
カザンは最初、彼の喧嘩腰の態度と表情が好きになれなかったが、ディーンのバイクに乗せられ、ニューヨークの街を走り回って彼の純真な人柄に触れるとディーンがキャル役にぴったりだと確信。
会見の後、カザンは彼をスタインベックに会いに行かせ、スタインベックも彼がキャルそのものだと評した。
カザンはディーンに兄のアーロン役をやらせることも考えていたが、最終的にキャル役に抜擢。
初の大役を得たディーンは『背徳者』の舞台を上演3週目で降り、ハリウッドに移って週給1000ドルでワーナーと契約を結び、
健康的な農場の青年に見えるよう日焼けするためパーム・スプリングスに一週間滞在して日光浴に励んだ。
アーロン役にはディーンと同じアクターズ・スタジオ出身のポール・ニューマンが候補に上がり、スクリーン・テストも受けたがカザンに却下され、
キャル役でオーディションを受けにきたものの台本を読んで自らアーロン役に立候補したリチャード・ダヴァロスに決まった。
兄弟の間で揺れ動くヒロイン、アブラ役にはジョアン・ウッドワードが候補に上がり、目を見張るような素晴らしい演技を披露したが、
カザンはアクターズ・スタジオでその才能に目を付けたジュリー・ハリスを起用した。
父親役にはゲーリー・クーパーをはじめとする何人もの俳優が候補に上がり、最終的にアクターズ・スタジオ出身のベテラン俳優レイモンド・マーシーが選ばれた。
最初ディーンは、年上で演技経験が豊富なハリスにひけ目を感じていたが、次第に打ち解けて良き友人となり、撮影中ハリスは共演者としてだけでなく精神面でもディーンの支えとなった。
ダヴァロスとディーンは撮影が始まると共同生活を始めたが、ディーンの自分勝手な態度に腹を立てたダヴァロシュはディーンと絶交を宣言し、演技以外で二人が口をきくことはなかった。
保守的で几帳面なマーシーは、脚本どおり台詞を読まずに予想外の演技をして相手と調子を合わせようとしないディーンと一緒に仕事をすることを嫌っていたが、
カザンはこの反目をとりなそうとせず、さらに煽りたてる事によって、二人が演じる父と息子の葛藤にリアルな深みを与えた。
ディーンは自分の役柄に対して入念な研究を行い、時にはスタッフとの打ち合わせなしに素晴らしい演技を披露。
キャルが列車の上で寒さをしのぐために、セーターの袖を首に巻きつける印象的な仕草は彼のアイディアによるものだった。
また、豆を売って稼いだ金を父親に不正な金だといわれて受け取りを拒否されるシーンでは、脚本ではキャルは部屋を飛び出すことになっていたが、
ディーンは部屋を出ずに金をマッセーに投げつけて抱きつく即興演技に変更。
ディーンの行動に不意をつかれたマッセーの驚きは本物で、彼が父親の驚きを表現していると考えたカザンはこのテイクを使うことにした。
撮影はカリフォルニア州郊外のサリナスとメンダシーノで行われるが、メンダシーノでの撮影中にディーンは漆かぶれをおこしてしまい、数日間の安静を強いられたため、その間撮影は延期された。
映画出演によって大金を手に入れたディーンはパロミノ種の馬を購入。
カザンは馬を撮影所で預かるよう手配するが、ディーンが何度もスタジオをぬけだして馬に会いに行ったため、馬をサンフェルナンド・ヴァレーの農場に追放した。
続いてディーンはオートバイを購入して撮影所内を猛スピードで走り回っていたが、この行動は監督を激怒させて撮影終了までバイクに乗ることを禁止された。
ワーナーはディーンを注目すべき大型新人として大々的に売り出し、映画は公開と同時に大ヒットを記録。
ディーンの演技も批評家から熱狂的な賞賛を浴び、彼が演じた悩める青年は特に十代の若者たちから熱烈な支持を集めた。
第28回アカデミー賞では4部門にノミネートされ、キャルとアーロンの母親を熱演したジョー・ヴァン・フリートが助演女優賞を受賞。
ディーンも主演男優賞にノミネートされたが、ノミネートされた時は既に交通事故で亡くなった後だった。
レナード・ローゼンマン作曲によるテーマ曲も人気を博し、現在では映画音楽のスタンダード・ナンバーの一つとなった。
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