グレース・ケリー  Grace Kelly

本名:
グレース・パトリシア・ケリー
グレース・ケリー
愛称:
グレイシー / グレイシーバード
職業:
俳優
生年:
1929年11月12日
出身国:
アメリカ
出身地:
ペンシルバニア州 フィラデルフィア
没年:
1982年9月14日
代表作:
『真昼の決闘』(52)
『裏窓』(54)
『喝采』(54)

フィラデルフィアの市長選に立候補したこともある建築業を営む父親と、モデル出身の母親の裕福な家庭に生まれ、幼年期は何不自由なく過ごした。 幼い頃から上流家庭の子女のたしなみとしてダンスやピアノを学び、やがて演技に興味を示して12歳の時にはアマチュア劇団に参加。 ピューリッツアー賞受賞者の叔父ジョージ・ケリーの励ましもあって、役に真面目に取り組んで演技力を伸ばし、13歳の頃には重要な役が与えられるようになった。 高校を卒業すると、女優になる夢を実現させるため、父親の反対を押し切ってニューヨークに移り、 スペンサー・トレイシーローレン・バコールを輩出したアメリカ舞台芸術アカデミーに入学。 モデルや生放送のテレビ番組に出演して生活費を稼ぎながら演技を磨き、49年の舞台『父』でブロードウェイ・デビュー。 まずは舞台俳優として成功することを望んでいたケリーだが、 エージェントの薦めで20世紀フォックス社の誘いを受けて『Fourteen Hours』(51)に端役として出演。 ケリーの映画デビュー作は興行的には失敗したが、続いてフォックスは『タクシー』への出演を依頼。 最終的に『タクシー』には起用されなかったものの、 リアリズム・ウェスタン『真昼の決闘』(52)のヒロインに抜擢され、ゲーリー・クーパーの若妻を好演。 ケリーの才能に目をつけたM-G-M社は彼女と専属契約を交わし、 53年の『モガンボ』ではハリウッド・キングのクラーク・ゲイブルと共演。 ジョン・フォード監督の指導のもと、ゲイブルに思いを寄せる清楚な若妻を熱演して、アカデミー助演女優賞にノミネートされた。 リタ・ヘイワースマリリン・モンローのような ハリウッド的なグラマラスな女優にはない清楚でエレガントな魅力よって一躍人気を博し、 ケリーのレディらしさとセクシーさの二面性に注目したアルフレッド・ヒッチコック監督は、彼女を『ダイヤルMを廻せ』(54)のヒロインに起用。 この映画でケリーは遺産目当てに殺されそうになる人妻を演じ、共演者で妻子あるレイ・ミランドとのロマンスが話題となるが、映画は大ヒットを記録。 以後、クールなブロンドの美女を好むヒッチコックのお気に入り女優となって、彼の次回作『裏窓』(54)にも引き続き出演。 ジェームズ・スチュワート扮する婚約者と共に殺人犯探しに奔走するお嬢様を好演して、映画のヒットに一役買った。 他にも戦争映画『トコリの橋』(54)、アクション映画『緑の炎エメラルド』(54)と出演作が相次いで公開され、 非の打ち所のない美貌と「Girl Next Door(隣に住む女の子)」的な親しみやすさで映画ファンから絶大な支持を集めた。 ジョージ・シートン監督の『喝采』(54)では、難役と言われた情緒不安定な人妻ジョージー役を見事に演じて絶賛を浴び、アカデミー主演女優賞を獲得。 ヒッチコックとの3度目の顔合わせとなった『泥棒成金』(55)ではリビエラでの撮影を楽しみながら、 ケーリー・グラントとの軽妙な恋愛合戦で観客を魅了した。 55年にカンヌ映画祭のために南フランス訪れたケリーは、「パリ・マッチ」誌のお膳立てでモナコ王国のレーニエ大公と出会い、意気投合した二人は翌56年に結婚。 ハリウッドの女優が一国の王妃になるというニュースは、映画を地で行くシンデレラ・ストーリーとして世界中の話題をさらった。 ケリーが王女を演じた『白鳥』は、彼女の結婚の話題に便乗して公開されたが興行的に失敗。 最後の出演作『上流社会』(56)は興行的に大きな成功を収めただけでなく、 ビング・クロスビーとデュエットした「トゥルー・ラブ」は100万枚を売り上げる大ヒットを記録した。 ケリーはM-G-Mとの契約が終了するまで俳優業を続けることを望んだが、レーニエ大公からの反対もあって映画界からは引退を表明。 この結婚は著名人を王妃にして話題を作り、モナコに観光客を集めるのが目的だったと言われており、フランス語が喋れず、 アメリカ人で元女優のケリーは部外者扱いされてしまい、モナコの人々と打ち解けるまでに何年もかかった。 最初の頃は王室での生活に寂しさを感じていたものの、レーニエ大公の間に一男二女をもうけ、王妃としての公務も積極的に務めるようになり、 それ以外にもグレース王妃基金、ガーデン・クラブ、モナコ・バレエ団などを設立してモナコの芸術や文化の発展に尽力。 82年の9月13日、ケリーは娘のステファニーとドライブの途中、カーブを曲がりきれずに崖から滑り落ち、翌日脳内出血が原因で死亡。 陰謀説や自殺説まで持ち上がったが、事故の原因はいまだ解明されていない。
クーパー、ゲイブル、ミランド、クロスビー、ウィリアム・ホールデンら共演俳優との関係が常に噂され、 マスコミからはよそよそしく、お高くとまっている女優というレッテルを貼られていたが、演技には真剣に取り組み、撮影現場では陽気に振舞い、 愛想もよかったので仕事仲間からは好かれていた。 映画界を引退した後も、スペクタクル 史劇『キング・オブ・キングス』(61)やヒッチコックの『マーニー』(64)など何度か映画復帰への話が持ち上がったが、 どれも実現することなく11本のみの出演作を残してこの世を去った。

紹介作品

真昼の決闘(52)

出演

モガンボ(53)

出演

ダイヤルMを廻せ!(54)

出演

泥棒成金(54)

出演

喝采(54)

出演

上流社会(56)

出演



MAIN | FILMS | STARS & MAKERS | DICTIONARY | HISTORY | BBS | OTHRES