グランド・ホテル Grand Hotel
公開:
1932年
グランド・ホテル
製作:
M-G-Mスタジオ

ポール・バーン

アーヴィング・G・タルバーグ
監督:
エドマンド・グールデン
原作:
ヴィッキー・バウム
脚本:
ウィリアム・A・ドレイク
撮影:
ウィリアム・H・ダニエルズ
音楽:
ウィリアム・アクスト

チャールズ・マックスウェル
出演:

ベルリンの高級ホテル「グランド・ホテル」に5人の宿泊客がやって来る。 人気が落ちて無気力なロシア人バレリーナ、賭博で地位も名誉も失ってホテルで盗みを働く男爵、事業が危機に瀕した実業家、彼の速記秘書として雇われた実利的な女性、 不治の病に侵されて残り少ない人生を贅沢に謳歌しようとする老人。 彼らはホテルでの1日の滞在の間に、互いに交流を深めながら人生の交錯を繰り広げる。 ベルリンの高級ホテルを舞台に、1930年代にM-G-M社で活躍していた グレタ・ガルボ、ジョン・バリモア、ジョーン・クロフォード、ウォーレス・ビアリー、ライオネル・バリモアの5大スター俳優たちの見事な競演が楽しめる、大スター共演作のはしりとなった良質の群像ドラマ。

ベルリンの二つのホテルでタイピストとして働いていた経験を持つヴィッキー・バウムは、 実際にホテルで起こった実業家とタイピストとのスキャンダルを基にして、ホテルに集った人々の人間模様を描いた小説『Menschen im Hotel』を発表。 バウムは小説を自ら戯曲化してベルリンで上演。 アメリカではM-G-M社が資金を提供し、ウィリアム・A・ドレイクが脚色を手掛けてタイトルも『グランド・ホテル』に変更。 ブロードウェイで30年の11月に初演されて大ヒットを記録。M-G-Mは出資の見返りとして3万5000ドルで映画化権を獲得したが、舞台の成功によって、映画製作前から莫大な利益を手にしていた。 この作品にヒットの可能性を見出したM-G-Mの制作主任アーヴィング・G・タルバーグは、長い間暖めていたアイディアを実戦。 この一本の映画に沢山のスターを集めるという、当時としては革命的なオールスター・キャスト実現のため、M-G-Mは自社専属のドル箱スターたちを召集。 気分屋のプリマ、マダム・グルシンスカヤ役をオファーされたグレタ・ガルボは、27歳でバレエのプリマを演じるには無理があると考え出演を辞退したが、 他のスターとの共演を嫌がって出演を辞退したのだと噂された。そこで、タルバーグはガルボに大女優の特権であるクレジットで名字で表記することを約束して出演の承諾を得た。 ガルボは共演俳優を選択する権利を要求して、グルシンスカヤと恋に落ちるカイゲルン男爵役にサイレント時代にガルボの相手役を務めたジョン・ギルバートを推薦。 タルバーグはトーキー以降落ち目のギルバートの起用に難色を示し、代わりに舞台で人気を博していたジョン・バリモアを抜擢。 ガルボとの共演に大喜びしたバリモアは、M-G-Mと3本の映画に出演する契約を結んだ。 速記者フレムヒェン役をオファーされたジョーン・クロフォードは、自分の出演場面が検閲によってカットされるのではないかと心配して出演を辞退。 タルバーグは上品な撮影を約束して出演を承諾させるが、クロフォードの予想通りアメリカの保守的な地域では彼女の出演シーンは検閲によってカットされた。 実業家プレイジング役をオファーされたウォーレス・ビアリーは、役柄が冷酷すぎると感じて出演を辞退。 タルバーグはメイン・キャラクターの中で彼の役だけがドイツ訛で話すと説得して出演を承諾させた。 健康を害したクリングライン役は当初バスター・キートンが演じる予定だったが、最終的にジョンの兄で演技派俳優のライオネル・バリモアが起用された。 最終的に5人の主役級俳優と、ルイス・ストーンとジーン・ハーショルトの準主役級俳優2人のを加えた豪華な7人のスターの共演が実現。 製作前にはケーリー・グラント、ジミー・デュランテらの出演も発表されていたが、完成した映画には登場しなかった。 監督にはエドマンド・グールディングが起用され、多忙なタルバーグに代わってポール・バーンが製作を代行。 脚本の出来が作品の良し悪しを決めると考えていたタルバーグは、監督とバーンと共に長い時間をかけて脚本を練り上げていった。 70万ドルの予算が組まれ、美術監督のセドリック・ギボンズはアールデコ調の豪華なホテルのセットを製作。 映画は撮影はほとんどセットで行われたため、グランド・ホテルのモデルとなったベルリンに実在した高級ホテル・アドロンは映画には登場しなかった。 映画の撮影は混雑するロビーのシーンから始まり、ロビーを歩くエキストラの靴音をできるだけ低くするために、200足ものウールの靴下を用意してそれを俳優たちの靴にかぶせた。 話題を呼んだガルボとバリモアの共演だったが、撮影前の二人はガルボは冷淡、バリモアはエゴイストだという噂を気にして互いを警戒していたが、撮影が始まると二人は意気投合。 バリモアとの共演に満足したガルボは、プライバシーを重んじる彼女としては珍しくスチール写真の撮影まで許可した。 ガルボは、リハーサル中はロマンティックな雰囲気を出すために赤い照明を使用。本番の撮影では共演者、監督、撮影監督以外のセットへの立ち入りを禁止した。 カリフォルニア州のモントレーで行われた試写を観たハリウッド・レポーター誌は、クロフォードがガルボを見せ場を奪っていると批評。 そこで、タルバーグは追加撮影を行って、ガルボの出演場面を増やした。 追加撮影の2週間後、チャイニーズ・シアターでプレミア上映され、7人ものスターが出演している映画は当時としては大変珍しいということもあって、公開当初から話題を呼んで大ヒットを記録。 第5回アカデミー賞では作品賞1部門のみにノミネートされ、見事受賞。 この映画の成功によってハリウッドではオール・スター映画がブームとなり、『晩餐八時』(33)や『不思議の国のアリス』(33)が作られ、 複数の大スターを起用して限られた時間と場所で展開する主役の存在しない群像劇をグランド・ホテル形式と呼ぶようになった。

M-G-Mは45年にジンジャー・ロジャース、ラナ・ターナー主演で舞台をベルリンからニューヨークに移した『Week-end at the Waldorf』として リメイクし、59年には本家ドイツでも映画化された。 また、89年には演出家のトミー・チューンによるミュージカル版がブロードウェイで上演された。


MAIN | FILMS | STARS & MAKERS | DICTIONARY | HISTORY | BBS | OTHRES