歌手のジムは芸人仲間のライラと婚約していたが、彼女はジムを裏切って彼の友人のダンサー、テッドと結婚。傷心のジムは都会を離れてコテージ「ホリディ・イン」を開業する。彼は芸人志望の女性リンダと出会い二人の間にほのかな恋が芽生える。しかし、ライラに逃げられてホリディ・インにやってきたテッドもリンダに恋してしまい、2人はリンダをめぐって新たな恋愛合戦を開始する。アーヴィング・バーリンの名曲を、ビング・クロスビーの甘い歌声とフレッド・アステアの華麗なダンスで彩った大ヒット・ミュージカル映画。
アーヴィング・バーリンは劇作家のモス・ハートと共に新聞記事やニュース性のある話をもとにしたブロードウェイ・レビュー『As Thousands Cheer』を33年に発表。
19世紀のニューヨークの五番街を再現したセットでセピア色に統一された衣装を着た出演者が踊る第一幕のフィナーレ曲「イースター・パレード」に触発された二人はアメリカの休日をテーマにした曲で構成したミュージカルの製作を計画する。
二人は長い間計画を実現出来ずにいたが、41年にバーリンはパラマウント社で製作者兼監督として活躍していたマーク・サンドリッチにこの企画の映画化を提案し、パラマウントの人気スター、ビング・クロスビー主演のミュージカルとして映画化に取り掛かる。
クロスビーの恋敵役テッド役には、バーリンとサンドイッチの希望でクロスビーのゴルフ仲間だったフレッド・アステアを起用。RKO時代に『コンチネンタル』(34)や『踊らん哉』(37)などジンジャー・ロジャースとのダンス映画を5本演出したサンドリッチ監督の采配のもと、アステアはいつもながらの華麗なダンスを披露するが、今作での過酷なダンス・リハーサルと撮影によってアステアの体重は63.5キロから58キロにまで落ちてしまう。
今作のダンス・ナンバーの中で最大の見せ場となった、爆竹を使ったスピーディなタップダンス・ナンバー「Let's Say It with Firecrackers」では、アステアはキーボードによって操作される爆竹とポケットから取り出すかんしゃく玉の破裂に合わせてタップを踊るという離れ業を披露。撮影には2日かかり、満足できるダンスを踊ることが出来るまで38回も撮り直しが行われたが、それでもアステアはダンスの出来に満足していなかった。
バーリンはこの映画のために「クリスマス」、「大晦日」、「リンカーンの誕生日」、「バレンタイン・デイ」、「ワシントンの誕生日」、「復活祭(イースター)」、「独立記念日」、「感謝祭」の8つのアメリカの休日をテーマにした曲を提供。48年の映画『イースター・パレード』にも使われた名曲「イースター・パレード」以外は全てこの映画のために新たに書き下ろされた曲だが、バーリンが提供した曲の中で「It's a Great Country」だけは映画に使われなかった。
クロスビーがニューイングランド地方の故郷をしのんで歌う「ホワイト・クリスマス」は、42年の5月にレコードが発売されると500万枚もの売上げを記録。レコードのヒット・チャートには17週入り、うち11週は1位となり、ラジオのヒット番組でもトップを32回獲得して季節はずれの大ヒット曲となり、クロスビーとバーリンの最大のヒット曲となっただけでなく、クリスマス・ソングのスタンダード・ナンバーとして今でも人々に親しまれる名曲となる。
ヒロインのリンダ役にはマジョリー・レイノルズが起用されるが、彼女の歌はマーサ・ミアーズによって吹き替えられた。また、「ホリディ・イン」に出演するバンドとしてクロスビーの弟ボブ・クロスビーとボブ・キャッツが登場している。
映画が公開されると観客から絶大な支持を集めて、その年の高収入映画の一本となり、アカデミー賞では原案賞、ミュージカル映画音楽賞、歌曲賞の3部門にノミネートされ、「ホワイト・クリスマス」が歌曲賞を受賞した。
今作の興行的成功に気を良くしたパラマウントは、46年にクロスビー、アステア、バーリンのトリオを再集結させて『ブルー・スカイ』(46)を製作。
53年には再びクロスビーを主演に迎えてワイド・スクリーンの一つビスタヴィジョンを用いて『ホワイト・クリスマス』としてリメイクされ、53年度の興行収入ナンバー・ワンに輝くヒットを記録してクリスマス映画を代表する一本となった。
ちなみに、エコノミー・ホテル・チェーン「ホリディ・イン」の社名はこの映画の原題「Holiday Inn」がもとになっている。
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