ジューン・アリソン June Allyson

本名:
エラ・ガイズマン
エリザベス・テイラー
職業:
俳優
生年:
1917年10月7日
出身国:
アメリカ
出身地:
ニューヨーク州 ブロンクス
没年:
----
代表作:
『姉妹と水兵』(43)
『若草物語』(49)
『グレン・ミラー物語』(54)

幼い頃に両親は離婚し、8歳の時には倒れてきた巨木の幹の下敷きになって背中を痛める大けがをしてしまう。以後、足に金属の強制具をつけた生活を強いられるが、水泳療法を始めて4年後には完全に回復しただけでなくニューヨーク市で開かれた水泳の自由形で優勝するほど上達する。 フレッド・アステアジンジャー・ロジャース主演のダンス映画の大ファンだったアリソンは、水泳療法と平行してダンスも独学で習得して、高校生の頃からブロードウェイのオーディションに参加。彼女は医者になることに憧れていたが、高校を卒業すると学資を稼ぐため舞台に出演し、38年の舞台ミュージカル『Sing Out the News』でコーラス・ガールとしてブロードウェイ・デビューを果たす。 また、舞台だけでなく二巻物の短編映画『Dime a Dance』(37)やワーナー・ブラザーズ社製作の短編ミュージカル映画などニューヨークで製作された映画にも出演。 その後もジェローム・カーンとオスカー・ハマースタインの舞台ミュージカル『Very Warm for May』などに出演し、ベティ・ハットンの代役として出演したコール・ポーターのヒット・ミュージカル『Panama Hattie』での演技が評判となり、舞台を観たブロードウェイの製作者のジョージ・アボットは、アリソンを彼が製作する舞台『Best Foot Forward』に抜擢。振付をジーン・ケリーが担当したこの舞台は、41年に上演されるとアリソンは舞台と共に注目を集め、M-G-M社は43年に舞台と同じキャストを起用して映画版を製作。アリソンもハリウッドに招かれてM-G-Mと専属契約を結び、映画版『Best Foot Forward』でハリウッド・デビューを果たす。 スタジオはアリソンを『Thousands Cheer』(43)や『ガール・クレイジー』(43)などのミュージカル映画に出演させ、スターとしての素質を見出されたアリソンは44年の慰問ミュージカル映画『姉妹と水兵』のヒロインに抜擢される。『姉妹と水兵』はその年の人気作の一本となり、一躍スターとなったアリソンは『雲流るるはてに』(46)や『グッド・ニュース』(47)などミュージカルやコメディ映画を中心に活躍する。 45年にはミュージカル俳優のディック・パウエルと結婚。48年のアクション映画『三銃士』ではジーン・ケリーとの共演を果たし、マーガレット・オブライエンやエリザベス・テイラーと共演したM-G-M創立25周年を記念作『若草物語』(49)では主人公のジョーを演じる。 同年の『甦る熱球』ではジェームズ・スチュワートの妻を演じ、『恋愛準決勝戦』(51)で憧れのフレッド・アステアと共演するチャンスを掴むが、妊娠が発覚して出演は不可能となる。 54年の『グレン・ミラー物語』では再びスチュワートの妻を演じ、その良妻賢母のイメージは好評を博して同年には雑誌「フォトプレイ」と「ウーマンズ・ホーム・コンパニオン」の最優秀女優賞に選出され、55年にはマネー・メイキング・スターの第9位に選出される。『戦略空軍指令』(55)でもスチュワートの妻を演じたが、二人の息が合った夫婦ぶりを見て二人が実際に結婚していると思っていた観客も少なくなかった。 オールスター・キャストのシリアス・ドラマ『重役室』(54)では他のキャストと共にベネチア映画祭の審査員特別賞を受賞。その後も『夜の乗合自動車』(56)や『いとしの殿方』(57)など往年の名作映画のリメイクや、メロドラマ『間奏曲』(57)などに出演し、59年には初めて週替わりのテレビ・ドラマに出演したハリウッド・スターの一人となる。 夫のパウエルが製作を務め、アリソンが出演とホストを務めた『The Dupont Show with June Allyson』は好評を博して2シーズンにわたって放映された。 しかし、60年代以降は映画出演は少なくなり、テレビを中心に活躍。63年に最愛の夫パウエルをガンで亡くし、同年グレン・マクスウェルと再婚するが1年で破局してしまう。 70年に『Fourty Carats』で約20年ぶりにブロードウェイの舞台に立ち、翌71年には『No No Nanette』の全国巡業に参加して、共に高い評価を得た。 76年には元歯科医で俳優のデビッド・アシュロウと3度目の結婚を果たし、夫婦で舞台『My Daughter, Your Son』の全国巡業に参加して好評を博す。 84年からはウィルソンズ・ストアのスポークスウーマンとして数々のコマーシャルに出演。97年には失禁患者の教育と研究のための財団「ジューン・アリソン・ファンデーション」を設立した。
魅力的なハスキー・ボイスと隣の女の子的な親しみやすさを売りにして男女問わずに息の長い人気を獲得し、アリソンのアイドルだったジンジャー・ロジャースは彼女を「全ての男性が結婚したいと望み、全ての女性が友達になりたいと望む女性」と評した。82年に出版された自伝『ジューン・アリソン』は、彼女の生い立ちを正直に綴った内容が好評を博してベストセラーとなった。

紹介作品

グッド・ニュース(47)

出演

若草物語(49)

出演

グレン・ミラー物語(54)

出演



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