ジェームズ・キャグニー James Cagney

本名:
ジェイコブ・フランシス・キャグニー
ジェームズ・キャグニー
職業:
俳優、監督、製作者
生年:
1899年7月17日
出身国:
アメリカ
出身地:
ニューヨーク州 ヨンカーズ
没年:
1986年3月30日
代表作:
『汚れた顔の天使』(38)
『ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ』(42)
『白熱』(49)

10代の頃から家計を支える為にウェイターなど様々な仕事をこなしながら、ボクシングや野球で体を鍛える。23年からグリニッジ・ビレッジのプロビンスタウン・プレイハウスで小道具係として働き始めるが、より良い収入を求めて芸人に転向、結婚後妻と共にアメリカ各地のボードヴィルを巡業、下積み時代のケーリー・グラントが相棒を務めたこともある。やがてブロードウェイの舞台に立つようになり、『Sinner’s Holiday』への出演が切っ掛けとなって1930年にワーナー・ブラザーズ社と契約を結んでハリウッド入りを果たし、同作の映画版で映画デビューを飾る。当時ハリウッドではギャング映画が流行しており、そのブームをリードしていたワーナーはキャグニーを『地獄の一丁目』(31)や『夜の大統領』(31)等のギャング映画に出演させる。同年『民衆の敵』で演じた凶暴で冷酷なキャラクターが好評を得てスターとしての地位を確立、以後、ギャング映画で冷酷非常なキャラクターをダイナミックに演じてエドワード・G・ロビンソンやジョージ・ラフトらと共に暗黒映画のトップ・スターとして活躍する。また、『フットライト・パレード』(33)では芸人時代に培った踊りを披露してマルチ・タレントぶりを披露する。33年に禁酒法が廃止され、ギャング役に疲れたキャグニーは新しい役を求めるようになり、シェークスピア原作の『真夏の夜の夢』(35)や、FBIエージェントを演じた『Gメン』(35)などに出演する。35年の終りにキャグニーは契約中にも関わらずワーナーを離れて、弟のウィリアムと共に独立系の製作会社「グランド・ナショナル・ピクチャーズ」を設立して犯罪ドラマ『グレイト・ガイ』(36)やミュージカル・コメディ『キャグニー ハリウッドに行く』(37)を手掛けて新境地の開拓を試みるが失敗、再びワーナーに戻って『汚れた顔の天使』(38)に出演する。処刑の間際にわざと臆病に振舞うことによって、少年たちのギャングへの憧れを断ち切ろうとする男を熱演して、ニューヨーク批評家協会の男優賞を獲得しただけでなく、ギャング映画の中で彼が演じた惨めなキャラクターがアメリカの犯罪率の低下に寄与したとして警察から表彰される。その後も、ギャング映画『彼奴(きゃつ)は顔役だ!』(39)、ウェスタン『オクラホマ・キッド』(39)、ボクシング・シーンを吹き替えなしで演じた『栄光の都』(49)などに出演して安定した人気を獲得、マネー・メイキング・スターの一人として活躍する。42年の伝記ミュージカル『ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ』では、フレッド・アステアを望んでいたスタジオを説得してブロードウェイの立役者ジョージ・M・コーハン役を勝ち取る。「歌と踊りの人間」と自称するキャグニーは撮影前からダンスの特訓を受けてコーハンを熱演、愛国精神に溢れる今作は大ヒットして、キャグニーに最初で最後のアカデミー主演男優賞をもたらす。独立を希望するキャグニーは、43年に再びワーナーを離れて『キャグニーの新聞記者』(43)など5年間で4本の映画を手掛け、49年にはワーナーに戻って彼の最高傑作となる『白熱』に出演。マザコンの精神異常者という難しい役を熱演して、映画は大きな成功を収める。50年代はヘンリー・フォンダジャック・レモンと共演した『ミスタア・ロバーツ』(55)、再びジョージ・M・コーハンを演じた『エディ・ホイ物語』(55)、ハリウッド黄金期の怪奇スター、ロン・チェイニーを演じた伝記映画『千の顔を持つ男』(57)など様々なジャンルの映画で個性的な演技を披露し、57年にはフィルム・ノワールの名作『拳銃貸します』(42)をリメイクした『地獄への近道』で監督業に挑戦する。映画出演はビリー・ワイルダー監督のハイテンション・コメディ『ワン・ツー・スリー』(61)が最後となり、68年の『アリゾナの勇者』でのナレーションを最後に映画界から離れるが、81年に『ラグタイム』で久々に映画界に復帰して健在ぶりをアピール、84年のテレビ用映画『ファイター・ジョー・モラン』が遺作となる。

紹介作品

白熱(49)

出演

ミスタア・ロバーツ(55)

出演



MAIN | FILMS | STARS & MAKERS | DICTIONARY | HISTORY | BBS | OTHRES