カーク・ダグラス Kirk Douglas

本名:
イサー・ダニエロヴィッチ・デムスキー
カーク・ダグラス
職業:
俳優、製作者、監督
生年:
1916年12月9日
出身国:
アメリカ
出身地:
ニューヨーク州 アムステルダム
没年:
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代表作:
『チャンピオン』(49)
『OK牧場の決斗』(57)
『スパルタカス』(60)

ユダヤ系ロシア移民の家庭に生まれ、生活が厳しかったため子供の頃から新聞配達などをして生計を支えていた。 高校時代から演劇に興味を持ちはじめ、高校卒業後はセント・ローレンス大学に入学。 文学を専攻し、スポーツ万能だった彼はレスリング部で活躍しながら、舞台活動にも精を出していた。 卒業後はニューヨークに移ってアメリカ舞台芸術アカデミーに入学。 苦学生だったダグラスは、プロレスラー、ホテル・ボーイ、劇場の案内係など40種類以上もの仕事をこなして学費を稼ぎながらプロの俳優を目指して勉強に励んだ。 アカデミーを卒業するとブロードウェイのマイナーな舞台で端役を演じていたが、41年には海軍に入隊して太平洋戦線で活躍。 45年に除隊するとニューヨークに戻ってラジオ番組への出演やブロードウェイの舞台に立って経験を積んでいたが、 演劇学校の同級生だったローレン・バコールの紹介で製作者のハル・B・ウォリスと知り合う。 ウォリスのスクリーン・テストを受けて認められるとハリウッドに移り、 46年のフィルム・ノワール『呪いの血』でバーバラ・スタンウィックの相手役として映画デビューを果たして高い評価を獲得。 その後も、レイモンド・チャンドラー原作の『過去を逃れて』(47)や、バート・ランカスターと共演した『暗黒街の復讐』(47)などのフィルム・ノワールに出演して 助演ながらも主演スターに負けない存在感を披露して評価を高め、大ヒットしたソフィスティケーテッド・コメディ『三人の妻への手紙』(49)では物語の鍵となる夫の一人を演じた。 49年の『チャンピオン』では主演を務め、学生時代にスポーツで鍛え抜いた鋼のような肉体と迫真の演技力でエゴと野望に満ちた冷酷非情なボクサーを熱演。 彼の演技は映画と共に好評を博してアカデミー主演男優賞に初ノミネートされた。 『チャンピオン』の成功によってスター街道を歩み始めたダグラスは、50年代に入ると才能ある監督と質の高い作品に恵まれ、 ビリー・ワイルダー監督の『地獄の英雄』(52)では特ダネを捏造するジャーナリストを、 ウィリアム・ワイラー監督の『探偵物語』(52)では悪徳医師の摘発に執念を燃やす鬼刑事を、 ハワード・ホークス監督の『果てしなき蒼空』(52)では西部の開拓者を好演。 ヴィンセント・ミネリ監督の『悪人と美女』(52)では友人を裏切って成功を手に入れた孤独な映画製作者を演じて二度目のオスカー・ノミネーションを果たした。 54年のジューヌ・ベルヌ原作の海洋SF大作『海底二万哩』では陽気な銛打ちを演じて映画を成功に導き、 56年の伝記映画『炎の人ゴッホ』では悲劇に見舞われる狂気の天才画家ゴッホを迫真の演技で熱演して、三度目のオスカー・ノミネートを受けた。 独立プロを設立した友人のランカスターに触発されて、49年には独立プロダクション「ブライナ・カンパニー」を設立。 初めて製作を手掛けたウェスタン『赤い砦』(55)は失敗に終わったものの、 57年には新進気鋭のスタンリー・キューブリックの才能に惚れ込んで戦争ドラマ『突撃』(57)の製作を支援し、主演も兼ねたこの映画は高く評価された。 同年のアクション西部劇『OK牧場の決闘』(57)ではランカスターとの再共演を果たし、病み上がりのガンマン、ドク・ホリディを好演。 60年には『ベン・ハー』(59)に対抗してスペクタクル 史劇『スパルタカス』を企画。 赤狩りでハリウッドを追われたハリウッド・テンのダルトン・トランボの名前をクレジットに載せ、 製作途中で監督をアンソニー・マンからキューブリックに交代させるなど製作者としての手腕を遺憾なく発揮してこの超大作を成功に導いた。 60年代に入っても安定した人気を保ち、ジョン・ウェインと共演した真珠湾攻撃ドラマ『危険な道』(65)とアクション西部劇『戦う幌馬車』(67)、 ランカスターと四度目の共演となった政治スリラー『五月の七日間』(64)、オールスター・キャストの戦争ドラマ『パリは燃えているか』(66)などに出演。 63年にはケン・キージーの小説を元にした舞台劇『カッコーの巣の上で』に出演し、ダグラスはこの高い評価を得た舞台劇の映画化権を獲得して映画化に奔走するが、 どこの映画スタジオは興味を示さず最終的に映画化を断念した。 また、63年には米国務省から親善大使に任命され、81年には長年にわたる人道的な活動が評価されて自由勲章が贈られた。 70年代から80年代は作品に恵まれず、ブライアン・デ・パルマ監督の『フューリー』(78)、アーノルド・シュワルツェネッガー共演のコミカル西部劇『サボテン・ジャック』(79)、 ファラ・フォーセット共演のSF映画『スペース・サタン』(80)、ランカスターとの最後の共演作『タフガイ』(86)などの駄作や失敗作が続き、 82年の『ランボー』ではランボーの上司トラウトマン大佐を演じる予定だったが、脚本巡って対立して出演を辞退した。 88年には自伝『くず屋の息子』を発表。自分の生い立ちを包み隠さず書いたこの本はベストセラーとなり、たちまち売れっ子作家となった彼は『Dance with the Devil』や『The Secret』などの小説を発表した。 91年にはダグラスが乗ったヘリコプターが墜落。2人が死亡し、ダグラスも背中に大怪我を負ったが、奇跡的に生還。 マイケル・J・フォックスの伯父を演じた『遺産相続は命がけ!?』(94)でカムバックを果たし、95年のアカデミー賞では長年の活躍が認められて功労賞が贈られた。 95年には発作の影響で体が不自由になるが、スパルタカスを地で行く不屈の精神で再びカムバックしてコメディ『Diamonds』(99)に出演。 99年にはアメリカ映画協会から生涯功労賞が贈られ、03年のファミリー・ドラマ『グロームバーグ家の人々』では息子のマイケル、最初の妻ダイアナとの共演を果たして元気な姿を披露した。
43年に結婚した女優のダイアナ・ディルと、52年に再婚したアン・バイデンとの間に4人の息子がおり、全員父親同様映画関係の仕事に就いたが、 長男のマイケルは父親が映画化できなかった『カッコーの巣の上で』を、ミロシュ・フォアマン監督とジャック・ニコルソン主演で映画化を実現。 映画は絶賛を浴びて大ヒットを記録し、アカデミー賞では作品、主演男優、主演女優、監督、脚色の主要5部門を受賞する快挙を成し遂げた。 マイケルは製作者としてだけでなく俳優としても成功し、88年の『ウォール街』では父親が三度ノミネートされながら一度も受賞することが出来なかったアカデミー主演男優賞のトロフィーを手にした。

紹介作品

過去を逃れて(47)

出演

海底二万哩(54)

出演

スパルタカス(60)

出演/製作総指揮



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