マルクス兄弟 Marx Brothers

本名:
レナード・マルクス(チコ)
アドルフ・マルクス(ハーポ)
ジュリアス・ヘンリー・マルクス(グルーチョ)
ハーバート・マルクス(ゼッポ)
マルクス兄弟
チコ、ゼッポ、グルーチョ、ハーポ
職業:
俳優
生年:
1887年3月22日 (チコ)
1891年11月28日 (ハーポ)
1888年11月23日 (グルーチョ)
1901年2月25日 (ゼッポ)
出身国:
アメリカ
出身地:
ニューヨーク州 ニューヨーク
没年:
1961年10月11日 (チコ)
1964年9月28日 (ハーポ)
1977年8月19日 (グルーチョ)
1979年11月30日 (ゼッポ)
代表作:
『けだもの組合』(30)
『我輩はカモである』(33)
『オペラは踊る』(35)

洋服屋を営むドイツ系ユダヤ人移民の父親と、旅芸人の両親を持つ母親のもとに5人兄弟として生まれる。 親の影響から舞台生活に憧れていた母親のミニーは、息子たちに幼い頃からピアノやハープを習わせ、チコは右手だけのピアノを、ハーポは自己流のハープをマスターした。 家庭の貧しさから兄弟は学校を中退。母親の勧めで兄弟はチームを組んでボードビルの舞台に立ち、 最初はチコのピアノ、ハーポのハープ、グルーチョのボーイ・ソプラノの美声を売りにしていたが、だじゃれ交じりのコントが受けたことで音楽よりも喜劇がメインとなる。 一座に参加していた叔父アル・シーンは、ハーポの台詞が酷評され、パントマイムが絶賛されたのを知ると、ハーポの台詞を全て削ってしまい、以後ハーポは舞台や映画で喋ることをやめてパントマイム芸に徹するようになった。 また、グルーチョのヒゲは最初は付けヒゲだったが、舞台に遅れてヒゲを糊で貼り付けている暇がなかった時に黒いヒゲを鼻の下に書き込んだところ、これが観客に受けたことから毎回ヒゲを書き込むようになった。 兄弟は何度かのパートナー交代を経ながら舞台出演を続け、四男のガンモことミルトン・マルクスが軍隊に入隊すると、末っ子のゼッポがチームに加わって初期のマルクス兄弟のカルテットが完成する。 長い下積み生活の後、フィラデルフィアで上演した『I'll Say She Is』が17週間の上演を記録するヒット作となり、1924年にはニューヨークでも上演されて絶賛を浴びる。 翌25年に発表した舞台喜劇『ココナッツ』もロングラン・ヒットとなり、28年に発表した『けだもの組合』も大きな成功を収める。 兄弟の才能に目をつけたパラマウント社は5本の映画製作の契約を交わし、第一作として舞台で好評を博した『ココナッツ』(29)を映画化。 4人は『けだもの組合』の舞台を掛け持ちしながら撮影に参加し、兄弟独特のナンセンスなギャグと豪華なレビューで満ちた今作は好評を持って迎えられる。 30年には再び兄弟のヒット舞台を映画化した『けだもの組合』が公開され、こちらも大ヒットを記録する。 31年には初のオリジナル脚本による密入国をテーマにした『いんちき商売』を発表し、翌32年には大学を舞台にした『ご冗談でショ』を発表して、シュールでアナーキーなギャグが満載の彼らの映画は批評家からも観客からも人気を博す。 しかし、33年に公開された『我輩はカモである』は、現在では兄弟の最高傑作の一本に数えられているが、戦争や政治を皮肉った内容が時代を先取りしすぎたため、当時の批評家や観客には受け入れられずに興行的には平凡な成績に終わってしまう。 『我輩〜』の興行的な失敗によって、パラマウントは兄弟と契約を更新することをためらい、3人の引き立て役に甘んじることに嫌気がさしたゼッポは『我輩はカモである』を最後にチームを脱退。その後、ゼッポはタレント・エージェント会社を設立し、後に兄のガンモも会社の運営に参加した。 マルクス兄弟の才能を高く買っていたM-G-M社の敏腕製作者アーヴィング・G・タルバーグは、兄弟を破格の待遇でM-G-Mに招き、3人と過去の映画の改良すべき点を話し合って、観客に受けるギャグのみを採用した野心作『オペラは踊る』(35)を発表。 狭い船室に大勢の人が詰め込まれる有名なシーンをはじめ、今では古典となったギャグが満載の今作はマルクス兄弟最大の大ヒットを記録して、彼らは再びスターの座に返り咲く。37年の『マルクス一番乗り』では製作中にタルバーグの急死という悲劇に見舞われたものの、作品は依然として高い完成度と人気を獲得した。 38年にはRKO社で舞台のヒット戯曲を映画化した『ルーム・サービス』を発表するが、他人の手による素材だったこともあり、兄弟の魅力を活かしきれない出来となる。 グルーチョとハーポは『ルーム・サービス』を最後に引退しようとしていたが、チコだけはM-G-Mとの再契約することを望んだため、チコとの激論の末にグルーチョとハーポは映画界に復帰することを了承する。 しかし、タルバーグの在籍時に比べると彼らに対するM-G-Mの待遇は悪化しており、そんな中で作られた『マルクス兄弟 珍サーカス』(39)、『マルクスの二丁拳銃』(40)、『マルクス兄弟 デパート騒動』(41)は以前の作品に比べると面白さも質も低い作品となり、 この三本を最後に兄弟を引退を表明する。 46年、兄弟は『カサブランカ』(42)のパロディ映画『マルクス捕物帖』で5年ぶりの映画出演を果たし、49年の『ラヴ・ハッピー』が3人が共演した最後の映画となった。 グルーチョは活動の場をラジオやテレビに移し、彼がホストを務めたテレビのクイズ・ショー『You Bet Your Life』は50年から61年まで11年間も続く人気番組となる。また彼はノーマン・クラスナと共に舞台喜劇『エリザベスの時』を執筆し、自ら主演を務めた。 ハーポとチコは時折テレビのバラエティ・ショーに出演し、60年のテレビ・ドラマ『The Incredible Jewel Robbery』では3人の共演が11年ぶりに実現して好評を博した。 ビリー・ワイルダー監督は『アパートの鍵貸します』(60)の後、マルクス兄弟を主演に迎えて国連を舞台にしたコメディ『A Day at the United Nations』を企画。しかし、ハーポがテレビ番組のリハーサル中に心臓発作で倒れてしまい、それを聞いた保険会社は兄弟の保険を引き受ける事をためらったために映画化は実現せずに終わる。 59年にグルーチョは自伝『Groucho and Me』を発表し、61年にはハーポが『Harpo Speaks! (ハーポが喋る!)』のタイトルで自伝を発表した。

紹介作品

ココナッツ(29)

出演

我輩はカモである(33)

出演

オペラは踊る(35)

出演



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