ローマの休日 Roman Holiday
公開:
1953年
ローマの休日
製作:
パラマウント・スタジオ

ウィリアム・ワイラー

ロバート・ワイラー
監督:
原作:
イアン・マクレラン・ハンター

ダルトン・トランボ
脚本:
イアン・マクレラン・ハンター

ジョン・ダイトン
撮影:
フランツ・プラナー

アンリ・アルカン
音楽:
ジョルジュ・オーリック
出演:

ヨーロッパを表敬訪問中のアン王女は、自由のない王女としての生活に嫌気がさして密かに宮殿を抜け出す。道端で眠り込んだアンに出会った新聞記者のジョーは、彼女の正体を知ると一世一代のチャンスとばかりに彼女の行動を新聞記事のネタにするため、正体を偽ってアンにローマ市内を案内する。やがて二人の間に恋が芽生えるが、切ない別れが二人を待ち受ける。名匠ウィリアム・ワイラー監督が赤狩りの重圧から逃れ、ランナウェイ映画としてイタリアで撮ったメルヘンチックなおとぎ話。そのせいか、シリアスな映画専門のワイラーにしては遊び心にあふれている。

脚本は、当時ハリウッド・テンの一人としてハリウッドから締め出されていたダルトン・トランボが執筆し、彼は友人のイアン・M・ハンターの名前を借りてこの脚本を発表する。最初フランク・キャプラがこの作品に興味を示し、エリザベス・テイラーとケーリー・グラント主演で映画化を進めるが、彼が提示した高額な制作費にスタジオは難色を示し、キャプラに代わってワイラーが起用される。マッカーシーの共産党狩りにうんざりしていたワイラーは、スタジオに全篇イタリアで撮影する事を要求するが、その代わりに製作費をおさえるためモノクロで撮影する事を承諾する。映画のラストはなかなか決まらず、中には『ヒズ・ガール・フライデー』(40)の脚本家ベン・ヘクトが改稿したアンとジョーがラストで結ばれるバージョンもあったが、最終的にトランボのオリジナル脚本に書かれていたジョーが1人孤独に宮殿を去るというほろ苦いエンディングに落ち着く。スクリーン・テストを終えたオードリー・ヘプバーンが最後にさり気なく見せたウィンクがワーラーの心を掴み、起用の決め手となってハリウッドでは無名だったにも関わらず主役に抜擢される。ハリウッドの有名スターと監督を前にアガってしまい、ぎこちない演技をするヘプバーンをリラックスさせるために共演のグレゴリー・ペックが考え出したアイディアが有名な「真実の口」のシーン。ペックとワイラーは、ヘプバーンにペックが口に手を入れた後、手を袖の中に隠す事を教えずに撮影し、彼女のナチュラルな演技を引き出し、リラックスさせる事に成功する。ペックは彼女にスターの素質を見出し、クレジットに彼女の名前を自分の名前の後に付けるという新人にしては異例のスター俳優並みの待遇をスタジオに打診する。しかしペックの先見の明が間違っていなかった事は、その後の彼女のキャリアが証明している。54年のアカデミー賞では作品賞を含む9部門でノミネートされ、映画初主演のヘプバーンが主演女優賞を獲得し、ハンターがオリジナル脚本賞を受賞するものの、後年彼の告白によって脚本はトランボによって書かれたという事実が判明して93年トランボにオスカー像が授与される。


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