大学生のショウとフィリップは同級生のデビッドを絞殺し、死体を衣装箱につめる。
二人は更なるスリルを求めて、デビッドの婚約者ジャネットと両親、そして教師のルパートらをアパートに招いてカクテル・パーティを催す。
衣装箱の上に食べ物や酒を置いて二人は完全犯罪を楽しんでいたが、ルパートは二人の行動に疑問を持ちはじめる。
ヒッチコックにとって初のカラー映画で、劇中と実際の上映時間が同時進行し、始めから終りまでを一つの継続したショットで撮影した野心的な実験作。
独立プロダクション「トランスアトランティック・ピクチャーズ」を設立したヒッチコックは、プロダクションの第1作としてイングリッド・バーグマンを起用した『山羊座のもとに』を企画するが、バーグマンの予定が詰まっていたので製作は延期される。
そこでヒッチコックは、ロンドンのウエスト・エンドの舞台を見て感銘を受けた、
実際に起こったレオポルド・ロブの殺人事件を基にしてパトリック・ハミルトンが29年に発表した舞台劇『Rope's End (ロープの端)』の映画化を企画。
かねてから、カット割りやモンタージュといった映画的なテクニックは一切使わずに、2時間の出来事を2時間で見せる映画を撮りたいと考えていたヒッチコックは、ヒューム・クローニンに物語の進行とフィルムの進行に時間的なズレのない物語の構成を依頼。
その後、ブロードウェイの劇作家アーサー・ローレンツによってセリフが追加される。ローレンツは戯曲に忠実な脚本化を行うが、当時のプロダクション・コードの規制もあって殺人を犯した2人の男性がホモセクシャルだという設定は曖昧にされた。
ヒッチコックは主役のルパート役にケーリー・グラントを希望したが、RKO社との専属契約があったので実現せず、これが初の顔合わせとなったジェームズ・スチュワートを30万ドルの出演料で起用。
ピアニストのフィリップ役には『夜の人々』(48)で注目したファーリー・グレンジャーを起用し、相棒のショウ役はモンゴメリー・クリフトを望んだが、クリフトは興味を示さず最終的にジョン・ドールに決まる。
ヒッチコックはこの野心的な映画の撮影のためにフィルムの最大量1000フィート(10分)ごとに撮影する「テン・ミニッツ・テイク」を採用。
撮影準備に数ヶ月かけて俳優とキャメラの詳細な動きを決め、出演俳優たちは舞台で演じる時と同じ様にセリフを覚え、撮影開始前に15日間かけて俳優、キャメラ、小道具、照明、記録係り全員で入念なリハーサルが行われた。
フィルムとフィルムを自然につなげるために、各フィルムの始めと終りには俳優や家具などのクローズ・アップが撮られることになる。
このため、テクニカラーの技術顧問を務めたポール・ヒルは、接写してもピントを合わせる事が出来るように改良したテクニカラー用のキャメラを提供。
俳優の移動と同時に特製クレーンに据えられたキャメラも円滑に移動させるために、セットの床にはキャメラの動きを示す順番を円で囲んだ印が書き込まれ、
美術監督のペリー・ファーガソンはすべての壁はレールの上すべるように移動させることが出来る三部屋構成のアパートのセットを製作。
すべての家具にも台車を取り付けて、キャメラの移動に合わせて移動できるようにした。
俳優とキャメラが絶えず移動するため、録音には通常の吊りマイクが使えなかったので、4箇所に1本ずつマイクを吊り、補助マイクとして2本少し高い位置から吊って問題を解決した。
しかし、壁や家具を動かす音が大きすぎてセリフが聞き取ににくかったため、撮影終了後に全てのセリフは録音し直された。
ヒッチコックは時間の経過を表現する為にアパートから見える景色は写真やスクリーン・プロセスではなく、本物そっくりの模型を制作。
サイクロラマと呼ばれた33 x 33メートルの巨大なマンハッタンの縮小模型によって、映画の舞台となる54丁目と1番街の交差点の角にある建物から見える56キロメートル四方のマンハッタンのスカイラインが正確に再現された。
雲は本物らしく見せるために綿ではなくファイバーグラスを使用。150個もの変圧器を用意して、8000個の白熱球と200個のネオンサインを使ってマンハッタンの夜景が再現された。
空や雲の動きや電球の点灯といった、サイクロラマの時間の経過を表現を制御するために47個のスイッチが設置され、これらは照明係によって操作された。
サイクロラマは物語の進行に合わせて水色、夕焼け、宵闇、夜へと移り変わっていくが、最初に撮影された夕焼けの色が絵葉書のように派手な色だったため、背景の色を調整して5フィート分(約50分)が撮り直された。
すべてが新しい試みだったためトラブルも多く、小道具や家具が所定の位置に配置されていないことは日常茶飯事で、間違ったキューが出されたり、俳優がセリフを間違えたりして何度も撮り直しが行われることも少なくなかった。
また、撮影監督のジョセフ・バレンタインは2.7トンのキャメラを載せた移動車をよけそこねて足を轢かれてしまい、キャメラが動きすぎてアパートのセットの壁に穴をあけたこともあった。
撮影には21日間かかったが、その半分は夕焼けの色彩調整に費やされた。
実験的なプロジェクトだったため制作費は150万ドルもかかったが、批評家からはこれまでで最も革命的なテクニックと評され、興行的にも僅かながら利益を上げるヒットとなる。
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