サウンド・オブ・ミュージック The Sound of Music
公開:
1965年
サウンド・オブ・ミュージック
製作:
20世紀フォックス・スタジオ

ロバート・ワイズ
監督:
ロバート・ワイズ
原作:
リチャード・ロジャース

オスカー・ハマースタイン二世
脚本:
アーネスト・レーマン
撮影:
テッド・マッコード
音楽:
リチャード・ロジャース (作曲)

オスカー・ハマースタイン二世 (作詞)
出演:
ジュリー・アンドリュース

クリストファー・プラマー

エレノア・パーカー

オーストリアで自由奔放に生きる修道女マリアは、院長の命令でフォン・トラップ海軍大佐の子供達の家庭教師を務めることになる。厳格な父親の下で育った7人の子供達にマリアは手を焼かされるものの、得意の歌を通して子供達と交流を深めてゆき、やがては厳格なトラップ大佐とも恋が芽生えて、2人は結ばれる。しかし、ナチスの恐怖がオーストリアに忍び寄り、一家は音楽祭を利用して亡命を試みる。自然溢れるオーストリアを舞台にマリアとトラップ一家との交流を描くミュージカル 大作。映画を離れてスタンダード・ナンバーとして広く歌われている「ドレミの歌」や「エーデルワイス」等のロジャースとハマースタィンによる親しみやすい歌は、美しく雄大なザルツブルグの風景を、トッドAO方式のワイド・スクリーンに余すところなく捕らえてロケーション効果を存分に活かした『エデンの東』(55)の名カメラマン、デッド・マッコードによる撮影と相まって、ブロードウェイ・ミュージカルの素晴らしさと、映画独特のダイナミックさを巧みに融合させた良質のエンターテイメント映画に仕上がっている。

トラップ一家は実在の人物で、彼らは38年にナチス・ドイツがオーストリアを併合するとヨーロッパ各国を経て42年にアメリカに渡る。49年にマリアは『トラップ・ファミリー物語』を出版し、56年には西ドイツで一家の活躍を描いた『菩提樹』が製作される。映画は好評を博して58年にはオーストリア出国後の一家の活躍を描いた『続・菩提樹』が作られる。演出家のヴィンセント・ドナヒューと女優のメリー・マーティンは『菩提樹』のミュージカル化を企画して、『太平洋』や『王様と私』のヒット・メーカー、リチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタィン二世に作詞と作曲を依頼する。ロジャースとハマースタインのコンビによる9本目のミュージカルは、1959年の11月にメリー・マーティン主演で開幕し1963年の6月までに1443回もの公演を記録したロングラン・ヒットとなる。しかし、ハマースタインが60年に亡くなり、この作品が二人の最後の作品となる。過去に『オクラホマ!』(55)、『回転木馬』(55)、『王様と私』(56)、『南太平洋』(58)の4本のロジャースとハマースタインのミュージカルを映画化してきた20世紀フォックス社が映画化に興味を示して、60年に映画化権を獲得。『王様と私』の脚本を手掛けたアーネスト・レーマンに映画用の脚本執筆を依頼する。映画化に際しては3曲が削られ、「自信をもって」と「何か良いこと」の2曲が新たに付け加えられるが、映画の製作が始まったときハマースタィンは既に亡くなっていたので、ロジャースが作曲とともに作詞も手掛ける。監督には最初ウィリアム・ワイラーが予定されていたが、スケジュールが合わず『ウェスト・サイド物語』(61)で成功を収めたばかりのロバート・ワイズが起用される。舞台でマリアを演じたメリー・マーティンは当時50歳で、クローズアップが多用される映画でマリアを演じるには無理があるため、新たに若い俳優が起用されることになる。ドリス・デイ、オードリー・へプバーン、デボラ・カーらが候補に上がるが、最終的にこの作品の撮影時は『メリー・ポピンズ』(64)の公開前で、映画界ではまだ無名だったジュリー・アンドリュースが大抜擢される。ちょうど映画版『マイ・フェア・レディ』(64) で舞台の当り役だったイライザ役をオードリー・ヘプバーンに奪われて落ち込んでいた時だったので、このニュースを聞いて元気を取り戻し、彼女は自分の持ち味を最大に生かして健康で貞淑なマリア像を作りあげる。トラップ大佐役にはクリストファー・プラマーが起用されるが、彼の歌はビル・リーによって吹き替えられる。トラップ大佐の7人の子供たちは全員オーディションで選ばれるが、ほとんどが演技初体験の素人だった。 また、『マイ・フェア・レディ』でオードリー・ヘプバーンの、『王様と私』でデボラ・カーの歌声を吹き替えたマーニ・ニクソンがシスター・ソフィア役で唯一の映画出演を果たしている。 映画が公開されると観客から絶大な支持を得て、その年最大のヒットを記録しただけでなく、アメリカの興行収入記録を塗り替える記録的な大ヒットとなる。 第38回アカデミー賞では10部門で候補に上り、作品賞、監督賞、音響賞、編集賞、編曲賞の5部門を獲得する。日本でもアメリカ同様大ヒットするが、日本での初公開時には、ワイズ監督の指示で修道院長たちが歌う「すべての山に登れ」がカットされていた。


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