白い恐怖 Spellbound
公開:
1945年
白い恐怖
製作:
セルズニック・インターナショナル

デビッド・O・セルズニック
監督:
原作:
ヒラリー・セイント・ジョージ・ソーンダース

ジョン・パーマー
脚本:
ベン・ヘクト
撮影:
ジョージ・バーンズ
音楽:
ミクロス・ローザ
出演:

「緑の荘園」と呼ばれる精神病院の新院長に赴任したエドワーズ博士。 美貌の女医ピーターソンは精神医学界に於いて高名な彼に心を奪われてゆくが、ある日、彼女はエドワーズが白と黒の縞模様に対して異常な恐怖を抱いていることに気づく。 ピーターソンは彼が名前も知らない記憶焼失の患者ジョンである事を突き止めるが、彼は自分が本物のエドワーズ博士を殺害したと思い込んでしまう。 彼女はジョンの失われた記憶を辿ることによって、事件の裏に隠された意外な事実を暴いてゆく。 名匠アルフレッド・ヒッチコック監督が精神的な問題に真っ向から取り組んだ、スリルとサスペンスに満ちたニューロティック・スリラーの傑作。

ヒッチコックは雇い主であるデビッド・O・セルズニックが精神療法による治療の可能性をテーマにした映画の製作を望んでいると知ると、 27年にジョン・パーマーとヒラリー・エイダン・セイント・ジョージ・ソーンダーズの二人が、フランシス・ピーディングのペンネームで発表した小説『The House of Dr. Edwardes (ドクター・エドワーズの家)』に興味を示し、映画化とドラマ化の権利を獲得する。 ヒッチコックが故郷のイギリスに戻って手掛けた2本の短編映画『ボン・ボヤージュ』(44)と『マダガスカルの冒険』(44)の脚本を手掛けたアンガス・マクフェイルに『ドクター・エドワーズの家』の脚本化を依頼。 しかし、ヒッチコックとマクフェイルは脚本を完成させることが出来ず、アメリカに戻ったヒッチコックは新たにベン・ヘクトを雇い入れる。 2人は『失われた週末』(45)の撮影にも使われたニューヨーク市のベルビュー病院の精神病棟をはじめ、コネチカット州やニューヨーク州にある精神病院をまわってリサーチを行い、ヘクトはヒッチコックがまとめた詳細なアウトラインをもとにして脚本を完成させる。 完成した脚本には恋愛の要素はほとんど含まれていなかったが、あとでセルズニックによって付け加えられた。 セルズニックはヒロインのピーターソンの役に『ブルックリン横丁』(44)のドロシー・マグァイアを望んでいたが実現せず、既に引退していたグレタ・ガルボをこの映画でカムバックさせようとしたが失敗に終わる。 その後、セルズニックは専属契約していたイングリッド・バーグマンに出演を依頼。彼女は恋愛映画とは思えない複雑な内容の映画に出ることに乗り気ではなかったが、セルズニックに請われて出演を承諾する。 エドワーズ役にはジョセフ・コットンが予定されていたが、最終的に当時売り出し中だったグレゴリー・ペックを起用。 セルズニックはマーチソン博士役に『ラインの監視』(43)のポール・ルーカスを希望していたが実現せず、『レベッカ』(40)と『断崖』(41)にも出演したヒッチコック映画の常連俳優レオ・G・キャロルが抜擢される。 ヒッチコックはエドワーズが見る夢のシークエンスのデザインを、シューレアリズムの画家サルバドール・ダリに依頼。 彼はダリの絵画に見られる超現実的なシャープでミステリアスな影のある映像を求めて屋外での撮影を希望したが、予算的な問題を理由にセルズニックから反対され、撮影所内での撮影を余儀なくされた。 ダリは100枚以上のスケッチと5枚の油絵を描き、そのスケッチを基にして特撮担当のレックス・ウィンピーが映像化を行うが、完成した夢のシーンは20分もあり、時間的にも長すぎたたうえに、あまりにもシュールで複雑な内容となってしまう。 セルズニックは新たな夢のシークエンスの演出を『モロッコ』(30)のジョセフ・フォン・スタンバーグ監督に依頼しようとしたが、最終的に美術監督のウィリアム・キャメロン・メンジーズが担当。 しかし、メンジーズは完成したエピソードが気に入らず、彼の希望でメンジーズの名前はクレジットに出なかった。 ヒッチコックは真犯人が銃をピーターソンに向けるシーンで、遠近感を際立たせるために普通よりも大き目の銃を使用。 また、犯人がその銃で自殺を遂げた直後に数コマの赤色のテクニカラー・フィルムを挿入し、それはモノクロの画面を見てきた観客に鮮烈な血のイメージを連想させた。 セルズニックは音楽をバーナード・ハーマンに担当させたようとしたが、ハーマンの仕事が忙しく実現せず、『ファンタジア』(40)のレオナルド・ストコフスキーの名前も挙がったが、セルズニックは浪費癖のあるストコフスキーの起用に反対する。 最終的に起用されたミクロス・ローザは、電子楽器のテルミンを使って素晴らしい音楽を作曲して、見事アカデミー作曲賞を獲得し、以後精神病を表現するときにはテルミンを使うことが定番となった。 200万ドルの予算で完成したこの映画は、批評家と観客の両方から絶大な支持を受け、 ニューヨークのラジオシティ・ミュージック・ホールでは800万ドルの収益を上げて興行的に大きな成功を収める。 アカデミー賞では作品賞と監督賞を含む6部門にノミネートされ、作曲賞を獲得した。


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