ビクター・フレミング Victor Fleming

職業:
製作者、監督、撮影監督
ビクター・フレミング
生年:
1883年2月23日
出身国:
アメリカ
出身地:
カリフォルニア州 パサディナ
没年:
1949年1月6日
代表作:
『我は海の子』(37)
『オズの魔法使』(39)
『風と共に去りぬ』(39)

カー・レーサーとして活躍していたが、アラン・ドワン監督の撮影助手として映画界入りして、1915年には撮影監督としてD・W・グリフィス監督や当時大スターだったダグラス・フェアバンクスの下で働き『The Good Bad Man』(16)や『ダグラス大王』(19)などを手掛ける。20年にフェアバンクス主演の『暗雲晴れて』で監督デビューを果たして、翌年の『臆病男』から一人立ちする。22年にはパラマウント社と契約を交わして「イット・ガール」クララ・ボウ主演の『人罠』(26)や『フラ』(27)、エミール・ヤニングスのハリウッド・デビュー作にしてアカデミー主演男優賞を獲得した『肉体の道』(27)を手掛ける。29年にはウェスタン『ヴァージニアン』を手掛けて、主演のゲーリー・クーパーは一躍スターダムにのしあがる。32年にはM-G-M社に移り、「爆弾娘」ジーン・ハーロウを主演に迎えて冒険映画『紅塵』(32)と、ハリウッド風刺劇の傑作『爆弾の頬紅』(33)を手掛ける。その後も『ホワイト・シスター』(33)、『宝島』(34)、スペンサー・トレイシーにアカデミー主演男優賞をもたらしたラドヤード・キプリングの小説の完全な映画化『我は海の子』(37)、クラーク・ゲイブル主演の『テスト・パイロット』(38)を手掛けてロマンスからコメディ、アクション映画まであらゆるジャンルの作品でその特異な才能を遺憾なく発揮して、M-G-Mで最も信頼できる監督として活躍する。39年にはミュージカル・ファンタジー『オズの魔法使』と超ベストセラー小説の映画化『風と共に去りぬ』を手掛けるが、『オズ〜』はスタジオから無理やり押し付けられた仕事の一つで、『風〜』は製作者のデビッド・O・セルズニックと対立して監督の座を降ろされたジョージ・キューカー監督のピンチヒッターとして監督に就任する。『風〜』の撮影は予想以上に混乱を極め、フレミングは主演のヴィヴィアン・リーと対立して神経衰弱になって、途中サム・ウッド監督が手掛けるものの、何とか映画を完成させる。『オズ〜』と『風〜』はM-G-Mのドル箱映画として大きな成功を収め、期せずして共にハリウッド黄金期を代表する名画となり、『風〜』はアカデミー賞9部門を獲得して、フレミングに監督賞をもたらす。その後もトレイシーとイングリッド・バーグマン主演の『ジキル博士とハイド氏』(41)や、『Tortilla Flat』(42)、『Guy Named Joe』(43)を手掛けて、48年にはバーグマンが熱望して敏腕プロデューサーのウォルター・ウェンジャーが製作した超大作史劇『ジャンヌ・ダーク』を手掛けるが、作品公開の翌年に急死する。監督として以外にも、腕の良いレーサーやパイロット、猛獣狩りのハンターとして知られ、『紅塵』や『テスト〜』に出演したゲイブルと仲がよく、自分を男の中の男と考えていたが、皮肉にもクララ・ボウ、ジーン・ハーロウ、ジュディ・ガ-ランド、ヴィヴィアン・リー、イングリッド・バーグマンらハリウッドを代表する女優たちの代表作も彼によって作り出された。

紹介作品

オズの魔法使(39)

監督

風と共に去りぬ(39)

監督



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