ウォルター・マッソー  Walter Matthau

本名:
ウォルター・マッチャンスカヤスキー
ウォルター・マッソー
職業:
俳優、監督、製作者、脚本家
生年:
1920年10月1日
出身国:
アメリカ
出身地:
ニューヨーク州 ニューヨーク
没年:
2000年7月1日
代表作:
『恋人よ帰れ!我が胸に』(66)
『おかしな二人』(68)
『がんばれ!ベアーズ』(91)

ポーランド移民の息子として生まれるが、父親は3歳のときに蒸発し、兄と母親と共にニューヨークのロウアー・イーストサイドで貧しい少年時代を過ごす。 4歳のときには宗教劇の舞台に立ち、14歳でポーランド語で『ハムレット』を演じたが、 この時には俳優になろうとは考えず、高校ではバスケットボールや陸上競技などのスポーツで活躍した。 高校を卒業すると、人形工場、ブティック、ボクシングのやフットボールのコーチなどいろいろな職を転々としたが、第二次世界大戦最中の42年には空軍に入隊。 ジェームズ・スチュワートの部下としてB24爆撃機に乗り込み、ヨーロッパ戦線で青銅星章を6つを受けるほどの活躍を見せた。 軍隊内の劇団に参加したことがきっかけで演劇の面白さに目覚め、復員後はコロムビア大学でジャーナリズムを専攻。 ニューヨークのドラマティック・ワークショップで演技の修行を積み、48年にレックス・ハリソン主演の舞台『1000日のアン』の大司教役の代役としてブロードウェイ・デビューを果たす。 同48年には女優のグレイス・ジョンソンと結婚。 55年のコメディ劇『Will Success Spoil Rock Hunter?』がロングランとなる大ヒットとなってマッソーの知名度も上昇し、 同年には『ケンタッキー人』(55)で主演のバート・ランカスターと対立する悪役を演じて映画デビューを飾った。 その後も『赤い砦』(55)、『群集の中の一つの顔』(56)、『シャレード』(63)、『未知への飛行』(64)などに出演し、 60年には『The Gangster Story』で主演と監督を務めたが、なかなか芽が出ずに長年悪役や脇役に甘んじてきた。 59年にはキャロル・グレースと再婚。 62年には、後にピンクパンサー・シリーズの一編として映画化されたブロードウェイの舞台劇『A Shot in the Dark』での演技が絶賛されて、トニー賞の助演男優賞を獲得。 65年のニール・サイモン原作の大ヒット舞台劇『おかしな二人』では、几帳面で潔癖症のフェリクスを翻弄する大雑把でいい加減なオスカーを好演してトニー賞の主演男優賞に輝いた。 翌66年にはビリー・ワイルダー監督の人情喜劇『恋人よ帰れ!わが胸に』に出演。 撮影中に心臓発作に襲われて生死の間をさまよったが、初共演となったジャック・レモンの狡猾な義兄を飄々と演じて見事アカデミー賞の助演男優賞を受賞した。 この映画の成功によって遅咲きの成功を手に入れたマッソーは、以後ユニークな個性を売りにした喜劇役者として人気を博し、 出世作となった舞台劇を映画化した『おかしな二人』(68)ではレモンを共演に迎えてはまり役のオスカーを好演。 イングリッド・バーグマン共演のコメディ『サボテンの花』(69)やバーブラ・ストライサンド共演のミュージカル大作『ハロー・ドーリー』(69)などに出演して安定した人気を保ち、 71年にはマネー・メイキング・スターの第7位に選出された。 また、盟友レモンが監督デビューを果たした『コッチおじさん』(71)では嫌われ者の老人を演じ、レモンの演出の手腕と共にマッソーの演技は高い評価を得てアカデミー主演男優賞にノミネートされた。 『突破口』(73)、『マシンガン・パニック』(73)、『サブウェイ・パニック』(74)では拳銃片手に派手なアクションを演じて新境地を開拓し、 ヒット舞台の三度目の映画化『フロント・ページ』(74)では、ワイルダー演出のもと、レモン扮する新聞記者をこき使う編集長ウォルターを演じた。 大ヒット作『がんばれ!ベアーズ』(76)では落ちこぼれ子供野球チームの監督に扮し、 ニール・サイモンの舞台劇の映画化『サンシャイン・ボーイズ』(78)では、短気な老コメディアンを演じて往年の名コメディアン、ジョージ・バーンズと絶妙な笑いを披露。 二度目のオスカー主演男優賞ノミネーションを果たした。 ワイルダー監督の遺作となった『新・おかしな二人 バディ・バディ』(81)ではレモンと4度目の共演を果たし、 80年代以降は脇役や助演が多くなるが、オリバー・ストーン監督の政治サスペンス『JFK』(91)、往年の人気漫画の実写映画化『わんぱくデニス』(93)、アインシュタインに扮した『星に想いを』(94) などで印象的な演技を披露した。 93年の『ラブリー・オールドメン』ではレモンとの12年ぶりの共演が実現。 ロケ地の寒気が原因で撮影終了後両側肺炎で入院したが、この頑固老人コンビの恋のさや当てを描いたコメディはが大ヒットを記録し、 翌95年には続編『ラブリー・オールドメン 釣り大将Love Love日記』が作られ、『カリブは最高』(97)や30年ぶりの続編『おかしな二人2』(98)でも二人は往年の凸凹コンビぶりを披露して映画ファンを楽しませた。 『恋人よ帰れ〜』の撮影中に心臓発作に襲われて以来、何度か手術を受けていたが、『電話で抱きしめて』(00)に出演後の2000年の7月1日心臓発作でこの世を去った。
『おかしな二人』や『サンシャイン・ボーイズ』など数多くの傑作コメディに出演したマッソーだが、意外にも本人はコメディ俳優として見られることを嫌っていた。 息子のデイヴィッド・マッソーは俳優として『エアポート'80』(79)などに出演。チャールズは監督として『SFモンド・ムービー』(88)や、マッソーも出演した『グラスハープ/草の竪琴』(95)などを演出した。

紹介作品

シャレード(63)

出演



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