ウォルター・プランケット Walter Plunkett

愛称:
プランキー
ウォルター・プランケット
職業:
衣装デザイナー、俳優
生年:
1902年6月5日
出身国:
アメリカ
出身地:
カリフォルニア州 オークランド
没年:
1981年10月24日
代表作:
『リオ・リタ』(29)
『風と共に去りぬ』(39)
『巴里のアメリカ人』(51)

『風と共に去りぬ』(39)バーベキュー・ドレス・スケッチ バークレイのUCLAで法律を学びながら、演劇グループに入って演技を学び、卒業後はニューヨークに移ってブロードウェイの舞台などに出演。 その後、ハリウッドに移って『メリー・ウィドウ』(25)などの映画に端役として出演したが、ダンサーのルース・セント・デニースの衣装デザインを手伝ったことが切っ掛けとなって衣装デザイナーに転向。 26年にRKO社の前身となるフィルム・ブッキング・オフィス(FBO)に就職する。 当時スタジオでは衣装の製作はほとんど行わず、レンタルが中心だったため衣装のレンタル手配や予算の管理が主な仕事だったが、 連続活劇などで使う派手な衣装はレンタルよりも自分たちで作ったほうが経済的だと分かると、スタジオは新たに衣装制作部門を設立。 趣味で絵を描いていたものの、衣装デザインの教育を受けていなかったプランケットは、裁縫係りとして衣装を手掛けながらデザインのノウハウを学んでいった。 29年、スタジオがRKOとして再出発すると衣装部門のチーフ・デザイナーに任命され、 2色カラー映画『リオ・リタ』(29)では主演のビーブ・ダニエルズにトルコ・ブルーとウォーターメロン・カラーを組み合わせたドレスなどの豪華な衣装をデザイン。 これらの衣装はダニエルズを満足させただけでなく、絶妙な色の組み合わせは他の衣装デザイナーに大きな影響を与えた。 RKOの西部劇大作『シマロン』(31)では、ヒロインのアイリーン・ダンのために1890年代に流行した羊脚型の袖のドレスをデザイン。 監督のウェズリー・ラッグルズは時代考証に忠実なデザインは観客に違和感を与えると考えていたが、映画が公開されるとこのドレスは大きな話題となった。 32年にはスタジオと衝突して一時期RKOを離れたが、その後和解して復帰。 アイリーン・ダンの『泰西侠盗伝』(34)やフレッド・アステアジンジャー・ロジャース共演の 『空中レヴュー時代』(34)や『コンチネンタル』(34)などヒット作の衣装をデザイン。 33年の『若草物語』では、男性的な性格のキャサリン・ヘプバーンには他の出演者よりもシンプルなドレスを提供。 プランケットはこの映画で年代物の素材を再現してキンガム・チェックのエプロンやヴィクトリア王朝時代の花柄プリントをあしらったパーティ・ドレスを手掛け、 これら優れたデザインの衣装は絶大な人気を博して小売店で大量にコピーされた。 プランケットは衣装デザインだけでなく、衣装部門の運営、予算管理、人材確保までスタジオの衣装部門全体を取り仕切っていたが、スタジオ上層部は彼の才能を正当に評価しようとせず、契約書も交わしていなかった。 週給75ドルという低い賃金と待遇に憤慨したプランケットは35年にスタジオを去り、翌36年には時代劇のスペシャリストとして再びRKOに雇われるが、以後フリーランスの衣装デザイナーとして活躍。 39年の『カッスル夫妻』ではモデルとなったアイリーン・カッスルと共同で衣装を手掛け、彼がデザインしたアステアの衣装は究極のダンディズムとして高い評価を得た。 『風と共に去りぬ』(39)カーテン・ドレス・スケッチ 独立製作者のデヴィッド・O・セルズニックは、時代劇の衣装を得意とするプランケットの才能を見込んで超大作『風と共に去りぬ』(39)の衣装デザイナーに任命。 プランケットはデザインを始める前に映画の舞台となるアトランタへ頻繁に訪れて原作者のマーガレット・ミッチェルから話を聞き、 南部を取材して当時の衣装の一部をサンプルとして持ち帰って衣装に使う素材の選択を入念に行った。 クラーク・ゲイブルの衣装は彼の専属のテイラー、エディ・シュミットと共同で手掛け、ゲイブルの大きな頭のバランスをとるために肩にパットを入れたスーツをデザイン。 ヴィヴィアン・リーの起用は撮影開始直前に決まったために衣装の製作期間は非常に短かったが、 小枝の模様をあしらった緑のリボンでウエストを絞った白のバーベキュー・ドレスや、スカーレットが緑のカーテンを使って仕立てるカーテン・ドレスなど 19世紀のクリノン・スタイル(馬毛と麻で作られたフープをスカートの下につけて裾を大きく広げたドレス)のドレスをデザイン。 この映画のために5500着もの衣装が用意され、中でもバーべキュー・ドレスは映画の公開同時に絶大な人気を博して30年代に一番多くコピーされたドレスとなった。 南北戦争当時の衣装に30年代の流行を巧みに取り入れて新しいスタイルを生み出したプランケットは時代をリードするファッション・デザイナーとして大きな注目を集め、 45年にはM-G-M社に招かれてラナ・ターナー主演の『大地は怒る』(47)や、キャサリン・ヘプバーン主演の『愛の調べ』(47)や『アダム氏とマダム』(49)などの衣装を担当。 『アニーよ銃をとれ』(50)ではジュディ・ガーランドの衣装を全てデザインしたが、主役がベティ・ハットンに交代し、 彼女の要望でヘレン・ローズが起用されたため、プランケットはハットン以外の出演者の衣装を手掛けた。 51年にはアイリーン・シャラフ、オリー・ケリーらと共にジーン・ケリー主演のミュージカル大作『巴里のアメリカ人』の衣装を担当して初のアカデミー衣装デザイン賞を受賞。 その後もミュージカル『雨に唄えば』(52)、『略奪された7人の花嫁』(54)や、プランケットがもっとも気に入った衣装となった『愛情の花咲く樹』(57)、シネラマ大作『西部開拓史』(63)などの衣装を手掛け、 65年にM-G-Mとの契約が終了すると引退。 40年間で260本以上もの映画衣装をデザインし、アメリカ映画芸術科学アカデミーは『風と共に去りぬ』のバーベキュー・ドレスを映画の衣装デザイン史上最も優れたドレスと評した。

紹介作品

若草物語(33)

衣装デザイン

コンチネンタル(34)

衣装デザイン

駅馬車(39)

衣装デザイン

風と共に去りぬ(39)

衣装デザイン

ミニヴァー夫人(42)

衣装デザイン

若草物語(48)

衣装デザイン

アニーよ銃をとれ(50)

衣装デザイン

巴里のアメリカ人(51)

衣装デザイン

雨に唄えば(52)

衣装デザイン



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