ユル・ブリンナー Yul Brynner

本名:
Taidje Khan
ユル・ブリンナー
職業:
俳優、監督、製作者
生年:
1915年7月11日
出身国:
ソ連
出身地:
サハリン
没年:
1985年10月10日
代表作:
『王様と私』(56)
『十戒』(56)
『荒野の七人』(60)

スイス国籍のモンゴル人の父親とルーマニア系のジプシーの母親との間に生まれ、幼い頃に北京に移住して中国大陸を転々とする生活を送る。10歳の時に一家はフランスに移住し、ブリンナーは学校に通いはじめるが、学校生活になじめずに中退。ジプシーから音楽の手ほどきを受けて13歳でパリのナイトクラブでギター弾きとなり、ついでサーカス団に入って空中ブランコの曲芸師として活躍する。17歳の時に事故を起こしてサーカスを辞め、以後俳優を志すようになって、ピトエフ・レパートリー一座に入って演技を学びながらソルボンヌ大学で哲学を学び学士号を取得する。41年にアメリカに渡り、演技コーチ、マイケル・チェーホフの俳優養成クラスに入って演技を磨き、同年にはシェークスピアの『十二夜』で初舞台を踏む。第二次世界大戦時はラジオで国際放送のアナウンサーをしていたが、戦後はCBSテレビのテレビ・シリーズ『Mr. Jones and His Neighbors』に出演、女優のヴァージニア・ギルモアと知り合って44年に結婚する。ブロードウェイの舞台『Lute Song』ではメアリー・マーティンと共演を果たして注目を集め、48年にはテレビ初のトーク・ショー『ミスター&ミセス』にギルモアと共に出演しながら、テレビ番組の演出も手掛ける。49年にラズロ・ベネディク監督の『ニューヨーク港』で映画デビューを果たし、50年には舞台女優メアリー・マーティンの薦めで、作詞作曲家コンビ、ロジャースとハマースタインが手掛けた新作舞台ミュージカル『王様と私』のオーディションに参加。オリエンタルな風貌と、ジプシー民謡を歌ったユニークさが買われてシャムの王様役に抜擢される。51年2月26日に初演されると、舞台と共にブリンナーの演技は大絶賛を浴び、舞台公演中に衣装デザイナーのアイリーン・シャラフの薦めでそり上げたツルツルの坊主頭は彼のトレード・マークとなる。56年に製作された映画版でも当たり役となった王様役を演じて映画をヒットさせ、アカデミー主演男優賞を獲得する。同年にはセシル・B・デミル監督の遺作となったスペクタクル 史劇『十戒』でモーゼと対立するエジプト王ファラオを、イングリッド・バーグマンのハリウッド復帰作『追想』ではペテン師のボーニンを演じて、主役を引き立てながらも観客に強烈な印象を与える演技を披露して大スターとしての地位を歩み始める。『ソロモンとシバの女王』(59)では急死したタイロン・パワーに代わってソロモン王を演じ、60年には黒澤明監督の名作『七人の侍』(54)の舞台を西部に置き換えたウェスタン『荒野の七人』に出演。自らリメイク権を獲得した今作で、ブリンナーはオリジナルで志村喬が演じたリーダーを演じ、スティーブ・マックィーンやチャールズ・ブロンソンといった若手スターにも引けを取らないアクションを披露。映画は好評を博して、66年に製作された続編『続・荒野の七人』にも同じ役で出演する。アクション・スターとしての地位を確立したブリンナーは、コサック兵の隊長を演じた『隊長ブリーバ』(62)や、メキシコの革命家を演じた『戦うパンチョ・ビラ』(68)などのアドベンチャー映画で派手なアクションとエスニックな風貌を生かしたエギゾチックな魅力をふりまく。73年のマイケル・クライトン監督のSF映画『ウェストワールド』では、『荒野の七人』のガンマン役をほうふつさせるアンドロイドのガンマンを演じ、ロボットの無機質な雰囲気を出すために息を止めて演技を行う。72年に製作されたテレビ版『王様と私』では久しぶりにシャムの王様に扮し、77年の5月からは再びブロードウェイに戻って『王様と私』のリバイバル公演に出演、ブロードウェイのみならずロンドンでも好評を博す。ヘビー・スモーカーだったブリンナーは83年に肺癌の診断を受けるが、癌の悪化で続演が不可能となった1985年の5月まで、51年の初演以来4621回もの上演で王様役を演じ続けた。余命いくばくもない事を知ったブリンナーは、死の直前に禁煙を訴えるテレビのコマーシャルに出演。このコマーシャルは彼の死後に放映されて、全米の人々に喫煙の恐ろしさを人々に訴えた。

紹介作品

王様と私(56)

出演



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