軍需工場を運営する冷酷な実業家カービーは、工業用地の買収に乗り出すが、
風変わりなヴァンダーホフ老人の一家が立ち退こうとせず計画は思い通りに進まないでいた。
一家の娘アリスと付き合っているカービーの一人息子で副社長のトニーは、
父親の命令で説得に行くが、逆に一家の自由な生き方に感銘して影響を受けてしまう。
事態を憂慮したカービーは、自ら一家を訪れるが、逆に感化されて人生の何たるかを知ることになる。
アメリカの良心と呼ばれたフランク・キャプラ監督が、拝金主義をあざ笑い、上流社会を皮肉ることによって人生に大切なものを思い出させる良質の社会風刺ドラマ。
ブロードウェイの人気作家ジョージ・S・カウフマンとモス・ハートが手掛けた舞台劇『我が家の楽園』
はロングランを記録するヒットとなり、映画が封切られた時もまだブロードウェイで上演されるほどの人気を保っていた。
コロムビア社はこのヒット戯曲の映画化権を20万ドルで獲得。
ハートウォーミング・コメディには定評のあるフランク・キャプラが演出を手掛け、
キャプラのアカデミー賞受賞作『或る夜の出来事』(34)の脚本家ロバート・リスキンが脚色を手掛けた。
ヴァンダーホフ老人に扮したライオネル・バリモアやアリスに扮したジーン・アーサーなどキャプラ映画の常連俳優が出演し、
これが初めてのキャプラ映画となった社長の息子トニー役のジェームズ・スチュワートはこの作品でキャプラと意気投合。
この後『スミス都へ行く』(39)と『素晴らしき哉!人生』(46)でも二人はコンビを組んで映画史に残る名作を手掛けた。
撮影はキャプラの前作『失はれた地平線』(37)のセットのそばで撮影され、
キャプラは成功した舞台劇を基にしながらも、手堅い演出によって彼独特の楽天的なテイスト溢れる作品に仕上げた。
仕事漬けの毎日に嫌気がさし、仕事を辞めて残りの人生を気ままに生きるバリモア扮するヴァンダーホフ老を筆頭に、
自分達のしたい事をしながら生活するヴァンダホフ家はどこか奇妙で空想的ながら、キャプラ独特のキャラクター描写によって魅力的に描かれており、
人々が嫌なことを忘れて踊り回って映画が終わるというのもキャプラらしい楽天主義に溢れている。
1938年8月23日に海外のマスコミ向けの試写会が行われ、キャプラは上映途中で劇場を抜け出して2歳の息子ジョンが入院している病院に駆けつけたが、その甲斐も空しくジョンは脳溢血で死亡した。
映画は大ヒットを記録してその年の興行収入トップ10入りを果たし、第11回アカデミー賞では7部門にノミネートされて、作品賞とキャプラに3度目の監督賞をもたらした。
|