「レオナルド・ディカプリオ」

映画「タイタニック」に出演している、日本でも大人気の俳優「レオ」こと「レオナルド・ディカプリオ」。
下平さやかアナも大ファンということなので、その生い立ちから人気の秘密までを簡単にまとめてみました。


「プロフィール」

本名:レオナルド・ディカプリオ
生年月日:1974年11月11日
出生地:ロサンゼルス
瞳の色:ブルー・グリーン
言語:英語、ドイツ語


「出演映画」

1991年クリッター3
(Clitters3)
1992年ボディーヒート
(Poison lvy)
1993年ボーイズ・ライフ
(The Boys' Life)
1993年ギルバート・グレイプ
(What's Eating Gilbert Greape?)
1995年クイック&デッド
(The Quick and Dead)
1995年バスケットボール・ダイアリーズ
(The Basketball Diarise)
1995年太陽と月に背いて
(Total Eclipse)
1996年ロミオ&ジュリエット
(William Shakespear's Romeo and Juliet)
1996年マイ・ルーム
(Marvin's Room)
1997年タイタニック
(Titanic)


レオナルドは、1974年11月11日ドイツ人の母とイタリア人の父との間に、ロサンゼルスで生まれた。母が妊娠中にイタリアで美術館に立ち寄り、レオナルド・ダ・ビンチの絵の前でおなかを蹴ったことから、レオナルドと名づけられた。ヒッピーだった両親はレオが1歳になる前に別れたが、今でも協力して息子のマネージメントにあたっている。売春婦やドラッグ中毒者が溜まっているような所で育った彼は「ハリウッドで育つというのは不愉快なこと」と言っている。

レオは幼い頃から「うるさいガキ」と有名になるくらい活発で落ち着きはなく、宿題にも手をつけない子供だった。3歳の時、「ロンパールーム」(子供向け教育番組)で初めてのテレビ出演を果たすが、収録中も落ち着きがなくスタッフにセットからはずされた。その後9年間は、オーディションを受けるがカメラの前に立つ機会は訪れなかった。しかし、14歳の時30本のテレビCM、教育番組に出演するようになる。15歳の時テレビシリーズ「バックマン家の人々」などに登場し、16歳の時初めてのレギュラー、人気シリーズ「愉快なシーバー家」で他の出演者とは桁違いの才能を見せつける。

1991年にB級ホラー映画シリーズ「クリッター3」に出演するが、興行成績は良くなかった。

1992年に公開され、端役で出演の「ボディーヒート」は、劇場では不評を買ったがレオの映画界進出は順調にいっていた。

1993年公開の「ボーイズ・ライフ」の役にレオは、400人の中から選ばれたが、この映画のために「愉快なシーバー家」のレギュラーを降りる。この映画は、あまりにも不評だったため2週間で打ち切られたが、批評家の受けは上々で、レオの好感の持てるナチュラルな演技が、名優を食ったと評判になった。
この頃、新聞、業界紙、ティーンエイジャー向けの雑誌などで、レオを誉めたたえる記事が見られるようになった。

1993年に公開された「ギルバート・グレイプ」では、脳障害を持つ少年を演じた。役にはハンサムすぎるという意見も多く聞かれたが、精神的にハンディキャップを負った人々と時間を共にし、役作りに反映された。レオは際立った演技で目を引いたが、またもや興行成績は良くなかった。
レオは、世界各地で話題をふりまきつつあり、割のいい仕事を選ぶこともできたが、芸術面を重視し続けた。

「タイタニック」の前に唯一出演した商業性の高い映画「クイック&デッド」では、向こう見ずで反抗的なガンマンを演じた。この映画も、レオの評価は傷つかなかったが、興行成績を上げることはできなかった。アメリカではすぐに打ち切られたが、海外では好評を博した。

次に出演した映画「The Foot Shooting Party」(日本未公開)では、各地を転々とするロックスターを演じたが、レオが出演していることはあまり知られていない。

1995年公開の「バスケットボール・ダイアリーズ」でも、これまでの作品と同じくレオの演技は絶賛されたが、映画の評判は良くなかった。
この頃、レオの私生活に世間の興味が集中した。恋愛関係の噂やクラブでのいざこざなどの記事が出るが、レオはほとんどの記事は大げさ、けんか騒ぎに関してはでっち上げだと弁解した。

次に公開した映画「太陽と月に背いて」では、男性とのラヴシーンを経験し、初めてのヌードを披露した。しかし、レオが出演した映画の中で最悪の評価を得た。
この頃レオは、母親と住んでいた家を出てロサンゼルスの豪邸に移り住んだ。車もシルバーのBMWに乗り換えている。

1996年公開の「ロミオとジュリエット」の撮影は、メキシコ・シティーで行われた。レオの夜遊び癖はここでも治まらい。しかし、この映画でレオは、看板俳優としての地位を確立する。プレミア上映会では、モデルのクリスティン・ザングと腕を組んで登場し、レオの恋人が明かになった。この映画は公開1週目で1400万ドルを上げ、アメリカでの興行成績ランキングのトップに踊り出た。最終的には約5000万ドルを稼ぎ出し、他の国でも成功を収めた。

「タイタニック」の前に出演した映画「マイ・ルーム」は、主役ではないものの、とても重要なキャラクターである。レオは十代の不良少年を演じた。

ハリウッド史上最高の、1億7000万ドルの制作費をかけた「タイタニック」は、「ターミネーター」で知られるジェームス・キャメロン監督の超大作である。労働者階級の画家と上流階級の女の子が恋に落ち、そんな時、船が沈み始めるというラブストーリー。この映画は興行成績週間ランキングで、日米共に首位を獲得している。

このように、成功を見込まれた作品だけを選べるにもかかわらず、低予算でも面白みのある作品を選び、その演技力を見せつけた結果が、今のレオの人気に結びついているのではないかと思うのである。
現在も、レオは「僕にとって大切なのは、振り返ったときに良かったと思える作品に出ること」と語っている。それと「名声のために、商業性の高い映画に出るつもりはない」とも。このような姿勢を貫いていくならば、今後も今の人気が落ちていくことはないだろう。 レオは現在、同世代を代表する実力派俳優として、世界で注目されている。

(主な参考資料:シンコーミュージック発行「レオナルド・ディカプリオ・アルバム」、
株式会社イン・ロック発行「ムービー・スター'98年2月号」)


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