ジャズの歴史と,ジャズのスタイル早分かり


スタイル名称 2つのスタイルの違い
ディキシーランド・ジャズ
スイング・ジャズ
Dixieland Jazz
Swing Jazz
クラシック・ジャズ(下記参照)を2つに大まかに分けると,ディキシーランド・ジャズとスイング・ジャズになります。ジャズの黎明期,最初のグループ演奏としてのジャズはニューオリンズに興りました(ディキシーはもともとアメリカ南部の諸州を指す俗語)。1917年にニューヨークへ進出したオリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンド(ニューオリンズ出身)によって,ディキシーランド・ジャズの名は広まります。ルイ・アームストロングやキング・オリヴァーなどが有名です。ディキシーは大体管楽器にピアノ,バンジョーなどを加える7人以下の編成が中心で,譜面に依らないソロを重視。中規模のコンボ・ジャズが主体でした。スイング・ジャズはニューオリンズWャズが次第に広がり,商業化していく過程で成立したもの。ベニー・グッドマン楽団,チャーリー・バーネット楽団など白人をリーダーとするバンドも増えます。大規模なビッグoンド編成をとり,ソロよりもアンサンブルを重視したダンス音楽的な色彩が強まります。
モダン・ジャズ
クラシック・ジャズ
Modern Jazz
Classical Jazz
ジャズの分類方法は幾つもありますが,一番大きな分け方は,1940年の後半ごろを境に,それ以前のジャズと以降のジャズを分けるやり方です。「トムとジェリ−」の後ろで掛かっている音楽のように,それ以前のジャズは大きい編成,全体のアレンジや曲重視,2拍ノリの傾向があるのに対し,これ以降のジャズは小さい編成で即興演奏重視になり,拍数も4拍になってスピード感が加わります。ジャズが,単なる「トムとジェリーの伴奏みたいな音楽」ではなく,ジャズという音楽としてその様式を確立したという点で,これ以前とこれ以降のジャズは大きく異なっています。前者をクラシック・ジャズ,後者をモダン・ジャズと呼んでいます。もちろん,これは一般論で,クラシック・ジャズ期にも,優れて即興的な作品があるのはいうまでもありません。
クール・ジャズ
Cool Jazz
「クールなジャズ」ではなく,クール・ジャズという熟語を使うと,ジャズではひとつの特殊な意味を持ちます。バップの特徴はメロディの置き換えや跳躍などにありますが(下記参照),同じ試みを,純然とした実験として(理論的に)展開した一群の白人ジャズ・エリートがいました。彼等のジャズは理知的ですが,バップ・ジャズのもつ情感豊かなこってり感,味わいには欠けています。というより,意図的にそうすることによって,バップ・ジャズのあり方を理知的に追求したのが,クール・ジャズです。その頂点に君臨したのが,盲目の白人ピアニスト,レニー・トリスターノ。彼は「クール・スクール」と俗称されるように,リー・コニッツ,ウォーン・マーシュ,ロニー・ボール,スタン・ゲッツなど優秀な白人の門下生を輩出しました。ただ,やっぱり音楽は人間がやるもの。理論的に精緻を極めようが,血沸き肉踊る熱いものがなければ,それは片手落ちというもの。優秀な門下生ほど,却ってクール・ジャズの偏りを悟ってトリスターノ門下を離れていったのは皮肉な結末でした。トリスターノの代表作「鬼才トリスターノ」は,極度の緊張感に満ちた,ストイックな美意識溢れる作品です。
中間派
サード・ストリーム
(Intermidiate group)
Third Stream
この2語はしばしば混同されていて,かなり詳しい人の間にも間違って使っている人がいるようです。「中間派」は,実は大橋巨泉(ジャズ好きのバブルなオヤジです)が使い出した用語で,モダン・ジャズとクラシック・ジャズの「中間」のことを指すと思っていれば良いです。ベン・ウェブスターやコールマン・ホーキンスらスイング時代の巨人たちは,バップ時代に入った後も,モダン・ジャズの若手を柔軟に採り入れつつ,スイング・ジャズの形態や奏法から完全には逸脱しない演奏で多くのアルバムを録音しました。それまで,彼らをうまく一括りにできる用語はなかったので,巨泉さんの用語は一人歩きし,見事に定着したというわけです(一介の素人にむしろ上手く言い表されたのが悔しいんでしょう。ジャズ批評家の書いた本では頑なに使われていません:笑)。いっぽう,ジャズの理論化を推し進めるクール・ジャズの動きは,やがてクラシックの作編曲法と接近することになります。近代以降のクラシックの精緻化された作編曲技法と,ジャズの自由な即興性をうまく合体させ,包括的な音楽を生み出そうという動きを「サード・ストリーム」と呼びます。こちらは歴としたプロのジャズ理論家(作編曲家)ガンサー・シュラーが1957年に提唱した概念です。モダン・ジャズと折衷するのが,スイング・ジャズなのかクラシックなのかの違いだと覚えると分かりやすいでしょう。
ウェスト・コースト
イースト・コースト
West Coast
East Coast
先ほどの新主流派やモダン・ジャズといった分類が音楽イディオムの違いに基づいていたのと違い,こちらは,読んで字の如く「西海岸=ロサンゼルスやサンフランシスコ」在住のジャズ演奏家か,それとも「東海岸=ニューヨーク」在住のジャズ演奏家かという分類です。しかし,黒人のジャズ演奏家が多かった東海岸のジャズは,いきおいバップ色の強いホットなジャズになり,一方の西海岸のジャズは白人が中心であったので,お洒落で軽めの,クールなジャズになりました。クラシック・ジャズからモダン・ジャズへの移行期には同じ「トムとジェリ−」から出発した2つのジャズが,次第に土地柄の影響で異なるスタイルになったわけです。西海岸ジャズの代表者としては,ショーティ・ロジャースやマーティ・ペイチなどがいます。ただ,西海岸にも,ソウルフルな演奏の出来る黒人のジャズメンはいましたし,逆もまた然り。あくまで一般的な分類であることは変わりありません。
ビ・バップ
ハード・バップ
Be-Bop
Hard-Bop

もともとジャズの出発点は「借り物の音楽」です。楽器は全て西洋の楽器。そこに土着音楽,ブルース,労働歌など黒人音楽が混ざり合ってできたものです。このため,ジャズの演奏家にとって「ジャズのアイデンティティとは何か」は,永遠のテーマ。モダン・ジャズは,この問いに正面から取り組もうという,実験音楽としての試みから出発しました。「ビ・バップ」はその試みが生み出した,ジャズ史上初めての本格的な成果です。それまでのジャズで使われていた素材は,おもに当時の流行音楽や映画の主題歌などで(「トムとジェリー」に似てるゆえんです)ジャズ奏者が作曲したものではありませんでした。そこでまずジャズメンは,それらの曲からコード進行の「起承転結パターン」だけを取り出し,オフ・ビートやコードの細かな置き換え,派手で調子外れに跳躍したメロディなどを用いて,原曲をまるでピカソの絵のように,全く別の特徴的な曲にデフォルメして演奏したのです。これがビ・バップのスタイルです(例1)。その後,ジャズメンもオリジナルなコード進行で曲を作るようになり,当初,実験音楽の色彩が濃かったビ・バップも,よりこなれてメロディアスに洗練さ れます。これをハード・バップと呼びます。ビ・バップの発展の過程で,揺り戻しが来たと考えるといいでしょう。(例1Groovin' HighHow High the Moon。片方のメロディを覚えて,もう片方に合わせて歌ってみましょう。前者の曲は後者の曲パターンを借りていることが分かります ※JASRACのウェブページ狩りを察知しましたので,参考用のMIDIの公開は一旦停止します。彼らの手の及ばない海外のサイトをお探し下さい。ごめんなさい。詳しくは青字をクリック。
新主流派
新伝承派
New-Mainstream Jazz
Neo-Classicism
Neo-Traditionalism

モード・ジャズが登場したのは1950年代の終わり頃で,それから3年ほどはこの新しい音楽へ,バップ・イディオム漬けのミュージシャンが適応する時間に費やされます。しかし,次第にミュージシャンがこのモード手法を理解し,モード手法を採り入れる人と採り入れない人との住み分けが終わると,それまでのハード・バップが持っていた複雑な「起承転結」に新しいモード演奏と作曲の概念を上乗せしたら,もっとオリジナルな音楽を作れるのではないかという考えが出てきます。いわば,実験と咀嚼の段階のモード・ジャズから,洗練の段階への移行です。このアイデアに基づいて新しいジャズを作り出したのが,新主流派と呼ばれる人たちです。モード・ジャズはコード進行にほとんど規則がないため,耳に効果的に響くならどんなコード進行であっても良いと解釈されます。これまで考えもつかなかったような響きを持つ,斬新な「起承転結」の曲が次々に編み出されました(バップジャズの典型とモード・ジャズの典型)。ハービー・ハンコックの「処女航海」,ウェイン・ショーター「スピーク・ノー・イーヴル」の2枚は,内容的にも第一級の銘盤で新主流派を聴くのに絶好の作品です。(※JASRACのウェブページ狩りを察知しましたので,ここに置いていた参考用のMIDIの公開は一旦停止します。彼らの手の及ばない海外のサイトからお探し下さい。ごめんなさい。詳しくは青字をクリック。
 一方の「新伝承派」は,新主流派とはあまり関係がありません。モード・ジャズの登場以降,ジャズの演奏は,いかなる「起承転結」もあり得るということを推し進める前衛音楽,そのような多様化のなかで本来のジャズのルーツを探るアフリカ回帰音楽,ちょうどそのころ登場したシンセサイザーに新たな可能性を求めるフュージョンなどなど百花繚乱になり,混迷の時代へとなだれ込みます。1970年代を通じたその状況の中で,改めてアコースティックなモダン・ジャズに立ち戻ろうとしたのが新伝承派と呼ばれる,当時の若手演奏家たちです。ウイントン・マルサリスはその代表格。最近では彼等の演奏を酷評する批評家が多く,それを真似してかファンのなかでもそういう意見が多勢を占めているようです。しかし,彼等の存在がなければ,いまほど贅沢にアコースティックな新譜を聴くことはできなかったでしょう。一度は難しい顔して聴き惚れていたくせに,状況が変わった途端,手のひらを返したように「新伝承派という特定のイデオロギーに属している=全て駄盤」という短絡的な発想をするのは,自分の耳に自信のないスネ夫くん的人間がやることであると思われますがいかがでしょう?私 はいまでも,ウイントンの「ブラック・コーズ」,大好きです。
フュージョン
fusion
直訳すると「融合」。その名の通り,ジャズと他のスタイルとを融合させて,ジャズの音楽的行き詰まりを打破しようと考えたミュージシャンが中心となって,1970年代に隆盛を極めたスタイルあるいはムーブメントです。広義にはジャズ・ロックやクロス・オーバー・ミュージックなどを含みますが,平たくは「シンセの入った聴きやすいジャズ」のことと考えて良いでしょう。」
エヴァンス派
キース系
北欧系(ECM系)
Bill Evans -
Keith Jarrett -
Northern European Pianisms
読んで字の如く,ジャズの中でも,知的で思索的,クラシックを聴いているような清涼感とリリシズムを持った一連の作品や演奏家を,俗にこういう言いまわしで呼んでいます。
 ジャズ・ピアニスト,ビル・エヴァンスは,マイルス・デイヴィスらとともにモード手法を開拓した人物であるばかりでなく,クラシックの理論にも通暁し,それをジャズの世界へ持ちこんで,ホットではあったものの些かオツムの弱かったジャズに,深い内省と叙情の表現をもたらした人物です。特にハーモニックな表現において彼の果たした功績の大きさは計り知れないものがあります。新主流派以降のジャズが,プレスリー程度の大衆音楽以上の存在として社会的な認知をされるようになったのは,この人の存在ゆえのことです。特にピアニストの場合,この人の影響は巨大でした。彼を範として,大人の香り漂う抒情的で美しい演奏をするピアニストを,俗にエヴァンス派と総称します。余談ながら,ハービー・ハンコックやシダー・ウォルトンなどの黒人ピアニストも,等しくエヴァンスの影響下にあるのですが,一般にはあまり彼等をエヴァンス派とはいいません。あくまでエヴァンス派は,白人らしい透明感が基調にあることが求められるからでしょう。
 さて,ジャズメンが住みにくいアメリカを離れてヨーロッパに移住したりするうちに,ヨーロッパでもジャズは広く認められるようになります。1970年代にジャズが混迷の時代に入った頃,かの地で育まれたジャズが最初にアメリカのジャズへ風穴を開けることになりました。そのきっかけを作ったレーベルが1969年にドイツで設立されたECMです。その後,キース・ジャレットというピアニストがこのECMに多くの録音を残し,そこで白人にしか演奏できないような「北欧系」ジャズ演奏の鋳型を作り上げたことによって,1980年代以降北欧系という新しい(白人ならではの)ジャズがヨーロッパ全土に広がることになります。現在では北欧系のジャズの裾野は広く,本場アメリカのジャズとはまるで違う,独自の地位を築いているといっても過言ではありません。
フリー・ジャズ
ロフト・ジャズ
(前衛ジャズ)
Free Jazz
Loft Jazz
このいずれかのカテゴリーを好むファンの方からすると,ここにあげた三者を一緒くたにしているのは気然らんということになりますが,この系統のジャズは思想的背景はどうあれ,個々の楽器の常識的な奏法に依らない一連の音楽であるという共通項を持っています。モードがコード進行からの解放であったように,フリーはメロディ,コード,リズム全てからの解放という思想的背景があります。このうち前衛tリージャズは1960年代以降に出現したジャズで,オーネットRールマンやアンソニー・ブラクストン,セシル・テイラーなどが有名。拳で鍵盤を叩く(パーカッシブ奏法),絶叫のような音(フリーキー・トーン)でサックスを鳴らすなど,既成の楽器の奏法に頼らない自由な(滅茶苦茶な?)奏法に特徴があります。ロフトWャズの出現はもう少し後の事で,音楽的には似ているのですが,こちらは若手の前衛演奏家が,賃料の安いロフト(倉庫)を根城に演奏活動を始めたことに名前の由来があります。デヴィッド・マレイやオリヴァー・レイクなどが有名です。
M−BASE派
M-BASE
1980年代,新伝承派(前述)によってジャズがアコースティック回帰をなしましたが,これと対立する動きを見せたのが,M−BASE派です。ジャズを基調に,ラップやソウル,ファンク音楽やエスニック音楽など,当時隆盛を極めた音楽スタイルを貪欲に取り入れた形でジャズを模索したのがM−BASE派です。ジェリ・アレンやスティーヴ・コールマンなどが有名です。