1990年代のジャズ vol. 23


★★★★1/2
Moncef Genoud Trio "Together" (Elephant : EL 2221)
prelude my hope* together O.M.S. ahlan oua sahlan new anatol simple waltz it could happen to you summer time blues for my father
Moncef Genoud (p) Frédéric Folmer (b, bass-g) Thierry Hochtätter (ds) Youssou N' Dour (vo)*
最近初来日も果たした1961年チュニジア出身モンセフ・ジュヌは,生まれながらに盲目。ジュネーヴ音楽院ジャズ科で即興演奏の教鞭を執るピアノ弾きです。2才でスイスへ養子に出されるも,その先がジャズ好きの家庭だったため音楽に開眼。ローザンヌ盲学校を経てジュネーヴ音楽院へ進み,クラシック・ピアノを修学。1986年に学士号を獲りました。ジャズは,アシーユ・スコッティ,アンリ・シェーらに師事し,1986年にはハロルド・ダンコと知遇を得て,ニューヨークへ武者修行にも出ましたが,基本的に1979年以降は独学だったようです。日本で話題になったのは最近ながら経歴は結構長く,1983年にはもうジャズ屋としてプロ入り。リーダー作も1989年の『ウェイティング・フォー・バース』以降,5枚ほど録音。テテ・モントリューやミシェル・ペトルチアーニの存命中には,ツアーで前座も務めたんだそうです。打鍵が圧倒的に神経質で硬いのを除けば,リーダーのピアノの質感はティエリー・ラングとエイドリアン・フレイを足して二で割った辺りですか。彼のリーダー盤を聴くのは1997年に出た『イッツ・ユー』以来。正直同盤を聴いた印象は余り芳しいものではなく,本盤を聴いても,やはりサイドメンともどもややバタバタした演奏は相変わらず。線が細いですし,テテ気取りながらスイングしない乗りはぎこちなさが残ります。技術的にはB級レベルでしょう。しかし,前作に比べると作編曲を含めた音楽性は随分まとまりましたし,三者各々技量を自覚。トリオとしても随分こなれました。ぎくしゃくした演奏自体を気にしないのであれば,良くできたトリオ作だと思います。

★★★★1/2
Michel Herr "Notes of Life" (Igloo : IGL 142)
le coeur à l' endroit distant echoes the out side in notes of life strange ideas blank page tape or glue ? beauty where it is
Michel Herr (p) Bert Joris (tp, flh) Wolfgang Engstfeld (ts) Riccardo Del Fra (b) Dré Pallemaerts (ds)
現代ベルギーのジャズ界に君臨する大御所ミシェル・ハーは1949年2月16日ブリュッセル生まれ。活動歴は1970年代からと長く共演歴も豊富な彼が,広く知られるようになったのは1984年のこと。トゥーツ・シールマンスと組んだコンボによってでした。リーダー作は多く,特に1989年発表の『イントゥイションズ』は同年のベルギー批評家賞(サックス賞)に選ばれ,フランスのジャズ・ホット誌上では5つ星を獲得するなど名盤の誉れ高い作品となりました。近年は作編曲面の評価が高いようで,ACTビッグ・バンドの音楽監督を始め,アーチ・シェップを迎えた映画『ジャスト・フレンズ』の音楽を担当。ファブリース・アルマンのサイドメンとして吹き込んだ『ループ・ザ・ループ』がベルギー年間最優秀盤に選定された1998年には,ベルギー批評家協会から最優秀作曲賞,編曲賞を受けるとともに,殿堂入り認定を受けています。同じ年に,レギュラー・コンボで吹き込んだ本盤はまさしく,そうした近年の彼を象徴する内容。4拍にもシャッフル・ビートにも拘らないリズム,全曲重度に書き込まれた,映画音楽の如く北欧詩情溢れる曲想。これで,芯の太い演奏をするベルギーの腕利き達が演奏していなかったら,さぞ飴を垂れ流すばかりの作品になったでしょう。骨のある演奏陣のお陰で,演奏も楽曲に見劣りしないだけの音を出すことに成功。作品としてのレベルは非常に高いと思います。欲を言えば,あまりに綺麗すぎ,ソツがなさすぎますか(笑)。白川の清きに魚も棲みかねる。完璧すぎるものには人間,親しみが沸きません。ソロに入った途端,熱に任せてゴリゴリやる人がいたりして,しかもその演奏が滅法格好良かったりすれば,立派すぎる意匠の中に適度なエグ味が加わり,傾聴のみならず愛聴する作品になるかと。・・まあ,こんなのはもう贅沢でしょうねえ。大御所の名に恥じぬ第一級のベルギアン・ジャズです。甲種推薦。

★★★★
Rich Perry Quartet "So in Love" (Steeplechase : SCCD 31447)
eiderdown little waltz so in love spring is here moon and sand my foolish heart in your own sweet way
Rich Perry (ts) Renee Rosnes (p) Peter Washington (b) Billy Drummond (ds)
1976年にニューヨークへ進出したリーダーは,サド=メル楽団の一員として長く活動を支えた白人テナー。地味ながら燻し銀の味わいを誇り,湿り気を帯びたソフトなトーンで玄人受けする渋味が身上です。そんなスタイルからもご想像の通り,基本的にキャリアの大半はジャズオケのソリスト。現在も,後輩にあたるマリア・シュナイダー楽団や,クレイトン=ハミルトン楽団などに加わってテナーを吹く傍ら,ヴァンガード・オーケストラでフロントを務めているようです。最近すっかり脱力系テナーとして地に足の付いているリック・マーギッツァとは,上記オケで盛んに共演していましたから,彼をクール・トーンの使い手へ解脱させたのは,案外と先輩格の彼だったかも知れません。演奏そのまま控えめな彼は,ソロ活動を本格化したのも1990年代以降と遅め。大半は懇意のスティープルで,現在まで11枚を録音。同じレーベルで吹き込みを続けるハロルド・ダンコとは殊の外馬が合い,彼のリーダー盤に数多く参加しているのはご存じの通りです。本盤は彼のスティープル第5作にあたる1998年盤。(ダンコにハーシュフィールドとスコット・コリーが加わる)いつもの仲良し組から,思い切って1ランク上の顔触れに換えて臨み,発表当時は数少ないファンの間で「ペリー最高作?」なんて話題を呼んだものでした。拍節の取り方がソフトな彼は,くだんの仲良し組が脇だと総ゆるフン状態になることも少なくありません。一方ロスネス夫妻とワシントンは,ワイスコフ兄も贔屓のシャープなリズム隊で,個人技は折り紙付き。実際,出来自体はいつものソロ作より明らかに一段上です。ただ,リズム隊がソリッドなぶん,やはりスティープル特有の脆い集音が,特にピアノを鉄琴みたく痩せた音で鳴らしてしまうのが気に掛かる。ジョージ・コリガンもここが好きみたいですけど,端正で打鍵がクリアな人に,ここは思いの外冷淡。他の3人が主役に外枠をはめるかの如く作用し,今ひとつ分離して聞かせてしまうのは,この集音に依るところ大。スティープルのお好きなペリーさん。一度余所に出張して,同じメンバーで一枚作ってみては。きっと本人も驚くほど良いレコードになると思います。

★★★★1/2
Maarten Van Der Grinten & Jesse Van Ruller "Van Der & Van" (A-Records : AL 73191)
you do something to me too late now angel fallen again new feet ev'ry time we say goodbye rul grint I won't dance chi-chi / freight trane little man, you've had a busy day
Maarten Van Der Grinten, Jesse Van Ruller (guitars)
カレル・ボエリーと組んだカルテット盤が某誌で高い評価を受けるなど,すっかり日本でも人気の高いギタリストになったジェシ・ヴァン・ルーラー。同じ欧州勢でもあり,やや軟弱路線で日本受けしているイメージがどことなくヤン・ラングレンとだぶってしまうためか,つい日本レーベルに飼い殺しされやしないかと要らぬ心配をしたり。ただ,ミケル・ボルストラップがウェザー・リポート賛美のアルバムを録音した際には,請われて手を貸すなど,実は新しめのプレイもこなす器用さも併せ持つ彼。保守派一辺倒のラングレンとはひと味違い,視野は広い。ただの大人しい飼い犬と思ったら足下を掬われます。本盤も,彼の温故知新のギタリズムが良く出た二重奏。筆頭奏者のグリンテン氏がオーソドックスかつ堅実に歌を紡ぐのに対し,ルーラーはギターを持ち替え,必要とあればワウ音も臆面もなく使う。バッキングに回ってもあれこれ搦め手を出しては,演奏に起伏を作っていく。そういえば少し前に話題を呼んだ二重奏盤がもうひとつありましたけれど,そこでも配役はジム・ホールとパット・メセニーでしたねえ。同じ楽器で二重奏をやるときの勘所は案外こんなもので,ツッコミとボケ(という表現が拙ければ,攻め手と受け手)が必要って事なんでしょう。実際,話題性では同盤に遠く及ばない作品ですけど,出来では引けを取らないどころかそれ以上にいい仕立て上がり。奏者が若い分,演奏にもメリハリがあって愉しい。スタンダード半分,両者のオリジナル半分。即興性と連携性をバランス良く聴かせられるよう,周到に準備して臨んだのが良く分かります。ギター二本のみで紡がれる暖かい音は寛ぎ感たっぷりで,最高品質のBGMとしても機能。ジャズは小理屈抜きでただのんびり聴くと仰る方でも,持っていて損はありますまい。

★★★★1/4
The Bill Holman Band "A View from the Side" (JVC : VICJ-5175)
no joy in mudville any dude'll do but beautiful petaluma lu I didn't ask make my day the peacocks a view from the side Tennessee waltz lightnin'
Bill Holman (cond) Larry Morgan, Bill Perkins, Pete Christlieb, Ray Herrmann, Bob Efford (winds) Carl Saunders, Frank Szabo, Ron Stout, Bob Summers (tp, flh) Jack Redmond, Bob Enevoldsen, Andy martin, Kenny Shroyer (tb) Rich Eames (p) Dave Carpenter (b) Bob Leatherbarrow (ds) Doug MacDonald (g)
かつて黄金期のスタン・ケントン楽団を支えた名匠ビル・ホルマンは,1950年代の終わりとともに,シーンから姿を消してしまいました。それだけに1988年彼が突如,キャピトル盤『グレート・ビッグ・バンド』いらい実に28年振りの新作を出したときには,オールド・ファンも皆たまげたものです。本盤は1995年に出たもので,1975年以降率いてきた楽団による,2枚目の吹き込み。一枚に数年掛かるのも頷ける緻密な編曲芸は,全く風化作用なし。冒頭から複数のユニゾンが組んず解れつ絡み合いながら,徐々に厚みを増してクライマックスに到達する。誰もが半世紀前の西海岸へタイム・スリップしてしまうサウンド・カラーは,まさしくワン&オンリーです。変わったところがあるとすれば,意匠を音に換える面々ですか。「当たり前だろ,40年経ってるんだし」と仰るあなた,ちょっと待った!本盤の顔触れは臨時編成ではなく,ホルマン楽団の構成員です。合奏中,アーティキュレーションが見事に揃っているのもレギュラー故でしょう。それだけに,各ソリストとして看板を掲げ始めた途端,魔術師ホルマンを以てしても誤魔化しようのない過去との落差が露呈する。巧いソロと腑抜けなソロのばらつきを前に,半世紀前のホルマン楽団にはキラ星の如くスターが揃っていたことを想起してしまう。既にCD時代となり,誰でも軽々と一枚看板を張れる時代になってしまった。なまじ彼の編曲芸が変わらずそこにあるからこそ,半世紀の間にジャズが失ったものの大きさを否応なく感じます。

★★★★1/4
Rita Marcotulli "Night Caller" (Label Bleu : LBLC 6551 HM 83)
night caller day caller eccesso mirror of desire indecisione at midnight siva autoritratto
Rita Marcotulli (p, synth) Nils Petter Molvaer (tp) Tore Brunborg (sax) Michel Benita (b) Jon Christensen, Anders Kjellberg (ds)
北欧ジャズが好きで堪らないのにイタリア人。1959年ローマに生まれたマルコチュリ女史は,聖チェチーリア音楽院を出たのち,1984年に発リーダー作『サマー』を発表して一人立ちしました。1992年に発表した本盤は,国内盤で日の目を見た『オスロ・パーティ』の次作にあたる,彼女4枚目のリーダー作。冒頭,6分を超える北欧系フリーを,うにょうにょベントの気持ち悪いシンセ和音つきで聴かされたときは,真面目にCDの破砕を検討いたしましたが,脂汗が出るのはこの冒頭だけ。それ以降に聴けるのは,むしろ愚直なほど一途なガルバレク〜ホイーラー第二世代の美学です。ガルバレクそっくりな音色で切々と語るブリュンボルクと,元はホイーラー系ながら,時にエフェクターを通して当時代性を担保するラッパ。ベースはデイヴ・ホランド気分。ヘタウマな大御所クリステンセンの太鼓が相乗りする上,録音はレインボウ・スタジオでコンシャウスが担当ですから,ラベル・ブリュなのは完全に建前。実質上ECMの傀儡政権と化しているのは誰の目にも明らかです。果たして音の方は,フリー・フォームがより重度なほかは模範的ですらある。作曲上の美意識は,自由度高めに『フォト・ウィズ』辺りを指向。ピアノのアプローチも,「ジョン・テイラーとボボ・ステンソンがアイドルです」と臆面もなく宣誓しており,イタリア人らしい甘めの叙情性はほとんど見あたりません。彼女は作編曲力もかなりのもので,フリーの鞭を硬質なリリシズムの飴で折半して聴かせる匙加減は心憎い。各人の技量も高次元に安定しており,崩れた演奏はもう全く駄目ですという方でない限り,さほど抵抗なく聴けるんじゃないかと思います。

★★★★
Stan Sulzmann and Marc Copland "Never at All" (FMR : CD05-28193)
sirens of the deep never at all new-ness rain forest harri phobos and demios eris journey guinivere
Marc Copland (p, key) Stan Sulzmann (sax, fl)
英国の木管奏者サルツマンといえば,ジョン・テイラー『ポーズ・アンド・シンク・アゲイン』で,扇情的なアルトを吹いていた人物。活動歴は1960年代後半からと長く,リーダー作もちょこちょこ録音してはいるにも拘わらず,話題に上ることはまずありません。理由の一端には,彼自身が,魅力的なはずのサックス吹きとしてよりも,作編曲家としての活動へ力を注いできたことが挙げられるでしょう。もともと彼はギル・エヴァンスやマイク・ギブス,クラーク=ボーラン楽団やケニー・ホイーラー吹奏楽団への参加が象徴するようにジャズオケ活動が長く,共作名義を含めた7枚のリーダー作も,多くが吹奏楽団や弦楽四重奏,トロンボーン四重奏など,変則的な顔合わせでした。本盤は1992年の作品で,前世紀末から円熟味を増してきたマーク・コープランドを迎えた二重奏。やや意外な気がしますけれど,2人は1970年代から長い交流があり,本盤も,1986年のブラックネル音楽祭へ参加することになったコープランドが,サルツマンへ連絡を取って共演依頼をしたのが契機とか。編成からも明らかなとおり,しっとりしたバラード主体。ECM傍系の静謐な音に,より柔らかい叙情性を加味。意匠のせいか,かつて炎の如くブローしていたサルツマンも丁寧に音を運び,武骨な表情を奥に秘めつつ落ち着いた演奏。本人も自負するだけに,サルツマンの作曲力は期待以上で,半分を自作して十二分に貢献。やイ僚侏茲砲藁息が出ます。良いことずくめの本盤で唯一気になるのは,全体の半分を占めるシンセ・トラックですか。サックスと絡む´┃が一応の効果を挙げる反面,フルート合奏のい鉢Δ忙箸錣譴襦ぐ嫂淺毀昔討淵リンバ風ストリングスにはゲンナリ。減点の大半は,取って付けたような2曲のアレンジに起因します。

★★★★1/4
Wayne Shorter "High Life" (Verve : 529 224-2)
children of the night at the fair maya on the milky way express Pandora awakened virgo rising high life midnight in Carlotta's hair black swan: in memory of Susan Portlynn Romeo
Wayne Shorter (ss, as, ts, bs) Rachel Z (p, synth, seq) David Gilmore (g) Marcus Miller (b, bcl, prog) Lenny Castro, Airto Moreira (perc) Will Calhorn, Terri Lyne Carrington (ds) et al.
その大物さゆえに,あっし的には新譜ではまず買わない人物と化しているショーター氏。そんな大御所もお構いなく250円にしてしまう某所のシュールな値付けに唖然呆然な本盤は,1995年の作品です。作編曲家としては間違いなく超一流。マーカス・ミラーのドスの利いた電化ベースでグルーヴに腰を据え,精緻な木管オブリガード効果を最大限に生かす,スティーリー的アレンジ術をさらに純化した形で援用。冒険的に転調しながら敷衍される楽曲構成は,『ジョイライダー』の含蓄をさらに豊かなものとし,かつて『スピーク・ノー・イーヴル』でジャズの新たな扉を開けた才気を,いかんなく証明しておりましょう。楽曲だけ取れば,文句無くあと半星はあげられます。ところが,どういうわけかリード奏者としては驚くほど格が落ちてしまった。いわゆる二枚目でこそありませんでしたけど,この人の演奏は決してヘタではなかった。にもかかわらず,久々に耳に入れた彼のサックス(特にソプラノ)はすっかり艶を無くし,運指は怪しくなり,音はヨレ,ピッチも千鳥足に。どう好意的に聴いても,意図的にそうしている演奏ではありません。なまじロックやファンクを取り込んだ楽曲本体が,ジャズ版『トゥー・アゲンスト・ネイチャー』はたまた『カマキリアド』さながらの緻密さを披瀝し,黒いザヴィヌル・シンジケート的スリルをもたらしているだけに,かなり惜しいと思います。今頃11年落ちの本盤を聴くような人間ですから,発売当時,これがどう評価されたのか知る由もありません。しかし,聴き手がショーターに期待するものの違いは,本盤の評価を大きく分けたんじゃないでしょうか。個人的には,本盤で最も面白く聴いたのは注意深くサックスを外した各種木管の分厚い管配置。デイヴ・ダグラス然り,ポール・ヒラー然り,クレア・フィッシャー然り,ステファヌ・ギョーム然り。モダン・ジャズ期以降日陰にあった各種木管を,全く新しい文脈に置き換えて1990年代に復権させたのは果たして誰か。ここまで影響力があるとなると,遡って探求してみる価値は充分にあるでしょうねえ。

★★★★1/2
Dado Moroni Trio "Out of the Night" (Jazz Focus : JFCD032)
embraceable you ne-ne the cup bearers out of the night alone at last seven steps to heaven bella Carolina Basie-cally ain't misbehavin' black beauty embraceable you
Dado Moroni (p) Ira Coleman (b) Bill Goodwin (ds) Joe Magnarelli (tp, flh)

ダド・モローニは1990年代半ばにカナダへ来訪した際,地元レーベル【ジャズ・フォーカス】の社長フィリップ・ベイカーに請われて北米デビュー作『インサイツ』を録音しました。こうして続編が出るということは,恐らく同盤,評判も良かったんでしょう。本盤を録音した1998年3月,彼はたまたま前の週末からシアトルで開催されたジャズ・フェスティバルに本盤のトリオで参加。この機を捉えた関係者が,週末を挟んだ月曜早々の録音を持ちかけたんだとか。この際,音楽祭で共演し意気投合したマグナレリが相乗り。トリオを銘打っていながら,実際は大半の曲でジョー・マグナレリの味わい深いラッパとフリューゲルが扇の要を形成することになった由縁は,こんなところにあった模様です。「なんだ,詐欺じゃないか」とご立腹の皆さんは,ぜひ『インサイツ』の中身を思い出しましょう。興に乗るとゴリゴリとしたモード・ピアノも弾くことのあるモローニ。しかし本来はバリー・ハリスの現代版とでも言いたくなるような,メロディックでオーソドックスな右手が基調。もともとあまり技巧派ではなく,線も細い彼は,主役を張ってバリバリ弾くとタッチも粗くなり,ミスも目立ってしまいます。本当にトリオだった前作をもう一つの出来に終わらせてしまったのは,恒星向きではない彼のスタイルと技量にありました。トリオ編成では,自分が中心に居座れるかわり,等身大以上の背伸びも強いられてしまう。その愚を敢えて避け,マグナレリのファットなラッパを核に据えて,自分は惑星に徹したこと,トータルの出来映えを優先するワン・フォー・オール的な姿勢でアルバムを作ったことが,本盤最大の成功要因。マグナレリにフロントを任せることで,彼本来の中庸なピアノがほぼ等身大で輝く好結果をもたらしました。実に好趣味でバランスの良い作品に仕上がっています。お薦め作。

★★★★1/4
S.Gibellini, P.Birro, M.Negri "Funny Men" (Le Parc : 508-2)
signor blu all'imbrunire out of a drum kilim Mister L.C. shadowman the wiz of five strings pair-impair inventore soul sister funny men
Sandro Gibellini (g) Paolo Birro (p) Mauro Negri (sax)
現在ではすっかり髪の毛も後退してしまったイタリアの知性派パオロ・ビッロ。彼が自作『フェア・プレイ』を発表し,本国での評価を確立するより少し前,1993年夏ミラノで録音した変則トリオ作がこれです。ビル・エヴァンス作の標題曲を掉尾に置いて,残りは全て3人のオリジナルを持ち寄った体裁。エヴァンスやトミフラに通じる趣味の良いタッチで丸みや品位を与えるビッロは,ジム・ホール風のアプローチでカッティングを入れては軽やかなスイング感をもたらすサンドロ・ジベリーニとともに,小粋でリラックスした雰囲気の核を作り,若いネグリを遊ばせる。拍を刻む太鼓と重いベースがいないせいもあるでしょうが,演奏はスイスイ淀みなくスイングし,羽根のように軽やか。近所のおじさんたちが集まって,自宅のリビングで談笑しているような,くつろいだ三重奏。人数が一人増えたぶん,息詰まる対話になるはずのものが巧く緩衝され,いっそう普段着仕様で人懐こい『アンダーカレント』になっている。細かいことを言えば,割って入ったサックスは若気の至りかまだ音色は発展途上ですし,時折音を外したり濁らせてしまったりもしてるんですけど,気になるほどのものでもありません。各人持ち寄った曲はどれもメロディックで小洒落ていますし,代わる代わる話題を振っては,スムースに流れをリードするピアノとギターの巧さも心憎いばかり。取り立てて目を見張るような冒険的アプローチも,技巧の披瀝もないのに,ついついもう一度掛けてはニコニコしたくなる暖かな音。何枚持っていても困らないレコードの典型といえましょう。

(2006. 7. 26)