

この噺、文章で書くと、いったいどういうオチなのかよく分からない。そういう意味で、「見立てオチ」の一種であり、高座で見るべき噺の一つだが、その徹底したケチぶりが頭一つ分抜きん出ているので、取り上げた。『饅頭恐い』もそうだが、上方落語はちょっとした素材を思いきり膨らませるのが得意である。肝心のオチだが、高座で見ると、木にぶら下げられた男を演ずる咄家は上に掲げた握りこぶしを小指から順に開いていく。そして、最後に中指を離した時、天を突くがごとくに掲げられたその手はいかなる形をなしているか、想像して欲しい。人差し指と親指で輪を作る...伝統的に「おゼゼ」を表す形になってはいまいか。つまり始末の極意とは「おゼゼを離さない」こと、というオチである。
今日、証券取引法違反容疑で逮捕目前だった、自民党の新井将敬議員が自から命を絶った。「始末の極意」はかように命懸けなのである。[19.Feb 98]