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ショスタコーヴィチ

ショスタコーヴィチの顔写真

 

●経歴

 

レニングラード音楽院で学ぶ。 交響曲第1番ヘ短調 で内外に広く知られ、1920年代には西ヨーロッパのモダニズムの傾向を吸収した斬新な作風を展開した。ソ連における<社会主義レアリズム>の理念の定着によって、1936年、ソ連共産党より批判される。その後、第2次世界大戦をはさむ10年間は、伝統的様式を重んじた壮大な作品を生んだ。1948年、再び批判を受けるが、スターリンの死後、ソ連共産党第20回大会にてフルシチョフのスターリン批判後、平和革命移行や平和共存路線の発表がされ、緊張緩和<雪解け>の気運が高まり、60年代からは西ヨーロッパの前衛的技法に近づき、人間の内面的苦悩を表現する傑作を残す。常にソ連音楽の第一人者であると同時に20世紀最大の作曲家の一人。

 

編著:井上和男、発行者:株式会社 三省堂

 

 

●革命10周年と20周年

 

音楽院卒業制作の『交響曲第1op.10で若手作曲家としての鮮烈なデビューを飾ったショスタコーヴィチは、大学院に在学しつつなおも進路を決め兼ねていた。ピアニストとしても将来を嘱望されていたからである。新生ソ連を代表するピアニストとして19271月に第1回ショパン・コンクールに参加したこと(急に盲腸炎にかかったこともあって、結果は名誉賞状。第1位はオボーリン )、その傍ら新作の『ピアノ・ソナタop.12(1)を各地で演奏していたこと、同年3月末の国立出版所音楽部門アジテーション部から、秋に控えた10月革命10周年を記念する交響曲を委嘱されたことは、この不安定な立場を物語る。この時期の作風が作曲家のアイデンティティーを保ちながらも作品ごとにかなりの変動するのは、ようやく20歳を超えたばかりの進路に迷う作曲家の証しであるばかりでなく、創作に後年のようには当局の干渉がなく、革命というモダニズムにふさわしい前衛芸術が溢れかえっていた、当時のソヴィエトの状況の反映でもある。

 

著:森泰彦、発行者:日本コロムビア株式会社、CD番号:COCO-75719

 

 

●作品(交響曲)

 

交響曲第1番ヘ短調 op.10

 

第1楽章 アレグレット-アレグロ・ノン・トロッポ

第2楽章 アレグロ(Scherzo)

第3楽章 レント-アレグロ-アタッカ

第4楽章 レント-アレグロ・モルト

 

 1925年、ショスタコーヴィチが僅か19歳で完成させた交響曲第1番は、彼の生涯を決定する作品となった。以後作曲家として生活することに決めたのは、まさにこの作品の成功によるものだった。又この第1番は、ショスタコーヴィチの15曲に及ぶ交響曲のフォルムや語法を決定した作品でもある。

 3年前に父親を亡くし、翌年自ら結核を病み、経済的に困窮したショスタコーヴィチは、ピアニストとして映画館を転々とする。これは演奏会に出かけることも、創作にとりかかることもできない辛い仕事でもあった。交響曲の作曲が本格的に進められたのはその職を退いた後のことで、1925年になって、音楽院の卒業作品として提出された。その際指導にあたったグラズノフは、第1楽章冒頭の不協和音について最も常套的な処理を要求するなど、厳しい質問をつけた。グラズノフへの敬愛と音楽的に譲れぬ一線の板ばさみになったショスタコーヴィチは、結局後者をとった。最も公開演奏への道が開かれたのは、グラズノフの功績だった。初演は1926年5月12日、ニコライ・マリコ指揮のレニングラード・フィルによって行われた。聴衆の熱い支持を受けたこの作品は、2年後にはブルーノ・ワルター、更に翌年にはレオポルド・ストコフスキーの指揮で、欧米でも演奏された。

 レーニンが亡くなったのは1924年のこと、スターリン体制が確立されたのは、この作品の初演から1年後の話である。最も先鋭的だったマルクス・レーニン主義のイデオロギーに基づく世界革命への夢は、ソ連において一時的に芸術の革命を推進した。ロシア・アヴァンギャルドの時代であった。しかしレーニンの死後、一国社会主義へと路線を転じていくにつれて、国家の目的に芸術を従属させる、悪名高い社会主義リアリズムへの流れが力を増すのである。ショスタコーヴィチが創作活動に入った1920年代の半ばは、まだ両者の動きが拮抗しており、2つの立場を代表する音楽家の団体が勢力を争っていた。このためショスタコーヴィチの交響曲第1番、特に後半部分に対しては、双方から微妙な評価が下り、彼を悩ませることになった。1926年には、ショスタコーヴィチはいくつかの作品を破棄したという。

 4楽章からなる交響曲第1番は、つづく第2〜4番などと比べてみれば、遥かに新古典主義的な形式感を保っている。ただそこに含まれる響きやエピソードの性格は、尖った革命の匂いとこの時代のチャップリンの映画に通じるメンタリティを示している。ストラヴィンスキーゆずりとみえる、音色とリズムの多様性も目を引く。

  1楽章 でなにより印象に残るのは、トランペットとファゴットの掛け合いに始まる序奏部である。ヘ短調という主題を暗示しながら、半音階的に変化する和音も冴えている。序奏部(全311小節57小節を数える)の要素の支配が強いことは、第1楽章のみならず、この交響曲全体の大きな特徴である。第1主題は行進曲風、第2主題はワルツと、両主題は全く対照的な性格であらわれるが、いずれも序奏のファゴットのモティーフに由来する。展開部の後半と再現部では、第1主題と第2主題の巧妙な合体とみられる。

  2楽章 は、四分音符=192という速度が指定されるスケルツォ楽章。後年の交響曲にもしばしば見られる逃走劇風の無窮動が、第1番で、既に見事に書かれているのだ。トリオの主題は、第1楽章冒頭のモティーフをロシアの民族的な旋律に近づけていったものである。ここではスクリャービンを継承するかのようにピアノが活用されている。そのうち楽章の終わり近くにみる、主和音の強奏、連打で音楽の流れを変える大胆なアイディアは、今日のシュニトケに受け継がれていった。

 緩徐楽章にあたる第3楽章とフィナーレはつづけて演奏される。やはり序奏主題に基づく 第3楽章 の抒情は、チャイコフスキーというより、マーラーやシェーンベルクに近い。7度にわたる広い跳躍音程や増音程、半音階などの使用が目立つからである。 第4楽章 は速度などの変化も大きく、まるで映画音楽のように劇的な展開をみせるが、一応ソナタ形式による楽章である。後年の作品で、より重い意味を匂わせながら用いられる語法が、ここでは非常に自在に繰り出されているようだ。とはいえ、最後の交響曲である第15番にも顔をみせる『ニーベルングの指輪』の「運命の動機」に、若きショスタコーヴィチは何を託そうとしたのだろうか。

 

著:大宅緒、発行者:Warner CompanyCD番号:WPCC5859 4509-90849-2

発行者:ポリグラム、CD番号:Po F00G204556レナード・バーンスタイン指揮シカゴ交響楽団

発行者:東芝EMI(EMIクラシックス)CD番号:TOCE8762、マリス・ヤンソンス指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

発行者:ポリグラム(フィリップス)CD番号:POCL1433、シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団

発行者:ポニーキャニオン(キャニオンクラシックス)CD番号:PCCL00351、ウラディーミル・フェドセーエフ指揮モスクワ放送交響楽団

発行者:ドイツ・シャルプラッテン、レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル

発行者:ロンドン、ベルナルト・ハイティンク指揮ロンドン交響楽団

発行者:CBS・ソニー、ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団

発行者:ロンドン、ジャン・マルティノン指揮ロンドン交響楽団

発行者:RCA(RVC)、トスカニーニ指揮NBC交響楽団

発行者:メロディア、コンドラシン指揮モスクワ・フィル

発行者:ポニーキャニオン(キャニオンクラシックス)CD番号:PCCL00351、ウラディーミル・フェドセーエフ指揮モスクワ放送交響楽団

発行者:BMGビクター(RCA)CD番号:BVCC746、ユーリ・テミルカーノフ指揮サンクトペテルブルク・フィル

発行者:シャンドス、CD番号:CHAN8411、ネーメ・ヤルヴィ指揮スコットランド国立管弦楽団

199586日ザルツブルク祝祭大劇場にて生演奏、ゲオルク・ショルティ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

1993426日ウィーン・ムジークフェライン大ホールにて生演奏、ネヴィル・マリナー指揮グスタフ・マーラー・ユーゲント・オーケストラ

 

 

交響曲第2番ロ短調 op.14 「十月革命に捧げる」

 

第1部 <混沌>

金管の入り

<行進曲>

その確保と展開

《怒りの日》的動機初出と展開

推移部

アレグロ・モルト

第2部 構成主義的フーガ開始

構成主義的フーガ.打楽器の入り

構成主義的フーガ.金管の入り

中断とクライマックス

収束部

第3部 サイレン1と合唱第1

合唱第2

間奏

合唱第3

サイレン2

サイレン3と間奏

サイレン4

合唱第4(最終)連

シュプレヒコール

第4部 再現とフィナーレ

 

19276月、つまりベルク自身も立ち会った『ヴォツェック』のレニングラード初演の翌月に、『交響曲第2op.14』は1か月弱で作曲され、早くも10月に出版されて、レニングラード・フィルハーモニー協会主催のコンクールで「10月革命を記念する最も優れた交響作品」として最高賞を獲得した。115日と6日のニコライ・マリコ指揮レニングラード・フィルによる初演は、作品を知る者にとっては驚くべきことに、熱狂的な成功となった。マリコ自身の記録するところによれば、作曲者は熱心に練習に立ち会い、容易に妥協せず、指揮者をてこずらせた。月末の再演の機会にチャイコフスキーの『ピアノ協奏曲第1番』の独奏者ともなったショスタコーヴィチは、この曲でも抒情性を排除した早いテンポを譲らず、マリコを憤慨させたという。1920年代の若手芸術家らしい傍若無人な行動と音楽の好みは、やがて国家統制が強まると影に退くことになった。

卒業制作だったためもあって古典的な外形をもっていた『第1番』に対して、『交響曲第2番』はこの上なく激しい対比を示す。合唱付きで古典的な楽式から自由な単一楽章形式、無調どころか既存の音楽概念さえ離れ、未来主義や構成主義のロシア・アヴァンギャルド芸術に接近する音響主義、当時のポスターやビラを思わせるあからさまで直接的な革命賛美。1作ごとに前作を知る聴き手の意表をついて戸惑わせる交響作家ショスタコーヴィチの歩みは、いよいよここに始まる。

楽器編成は、木管3-2-2-2、金管4-3-3-1、ティンパニ、打楽器4種、嬰へ音のサイレン(金管で代用できるが、本録音では実際に使われている)、グロッケンシュピール、弦楽、混声合唱。全曲は「混沌から闘争を経て勝利」、という伝統的なドラマトゥルギーによっており、構成の上ではベートーヴェンの『第九』やマーラーの『第2番』の終楽章を思わせる。

殆ど聞こえない大太鼓のトレモノの上に、7声部の弦楽が下から順に、絶えずより小さな音価で入ってきて整然とした混沌を作り出し、金管の和音を背景に、弱音器つきのトランペットが力のない旋律を奏でる。チューバのソロを経て、ラルゴの音楽は突如として急速なマーチに移る。その目まぐるしい展開の中で、全曲の統一手段のひとつであるグレゴリオ聖歌『怒りの日』冒頭(ファーミーファーレ)を思わせる動機がトランペットから始まる。唐突な変ト長調の和音を区切りに短い推移部を駆け抜ける音楽は、低弦のe音に収縮し、名高い13声部のフガートが独奏ヴァイオリンから開始される。全声部が主題の共通性を持たずに対位法的に独立した大胆な部分は、突然断ち切られ、3つの3和音の上でホルンがffffのレチタティーヴォを告知する。熱狂は徐々に覚め、初めて抒情性のある旋律が弱音で歌われる。

この静寂を一瞬にして破るのは、マーラーのような超自然的な金管の呼び声ではなく、労働者の革命にふさわしい工場のサイレンの強奏である。それに答えて、混声合唱が、一世を風靡した詩人、アレクサンドル・イリッチ・ベズィメーンスキイ(18981973)4連からなるアジビラ風の詩を歌い始める。通作される有節詩は、しかしながらいずれも最初の4行が対立法的に、残りが和声的に扱われ、伴奏や間奏に既出の主題動機が用いられることで確実に統一されている(なお第2連に続く間奏の弦のピッツィカートは、初演に際して作曲者がアルコに変えることを強いられたもの。今日では楽譜通りに演奏される)。「10月」という語の初出と共に再現した全曲冒頭の<混沌>は、サイレンの強烈なクレッシェンドによって打ち破られ、斬新なシュプレヒコールを挟んで、『交響曲第2番「十月革命に捧げる」』は、全く両義性のない輝かしいロ長調で凱歌をあげて簡潔に閉じられる。

詳細に調べるほどに見事な作品であることが明らかな半面、実際のロシア革命の評価そのものが益々両義的で不安定となった現在、この作品は新たな別の難解さを獲得したかのようだ。

 

著:森泰彦、発行者:日本コロムビア株式会社、(デンオン)CD番号:COCO75719エリアフ・インバル指揮ウィーン交響楽団

ブラズコフ指揮レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団

グレン・グールド指揮ロイヤル・フィル

 

 

交響曲第3番変ホ長調 op.20 「メーデー」

 

発行者:日本コロムビア(デンオン)CD番号:COCO75444エリアフ・インバル指揮ウィーン交響楽団

発行者:ビクター、CD番号:V VICC400013、ゲンナジ・ロジェストヴェンスキー指揮ソビエト国立文化省交響楽団

グレン・グールド指揮ロイヤル・フィル

 

 

交響曲第4番ハ短調 op.43

 

第1楽章 アレグレット・ポコ・モデラート

第2楽章 モデラート・コン・モート

第3楽章 ラルゴ-アレグロ

 

1楽章 は強烈に始まる下行音型の序奏に続いて、冒頭に上行音型を持つ行進曲風の第1主題が示され、いくつもの動機を含むこの主題が副次主題も加えて展開されてゆく。第2主題はファゴット独奏による抒情的なもので、さらに第3主題も出た後、第1主題が再現して展開部に入る。そして、プレストで弦のフガートとなって巨大なクライマックスを作ってゆき、短い再現部を経て、最後は極端に拡大された序奏に続いて、第2、第3、第1主題と回想して、静かにこの楽章を閉じる。

2楽章 8分の3拍子のレントラー風の、且つマーラーのそれのように風刺的な口調をも交えたスケルツォで、ABABAの明快な形をとり、両端楽章に比べて極端に短い。主部の主要主題は常に対立法的に展開され、中間部の主題は交響曲第51楽章の主要主題に酷似している。そして、コーダに現れる打楽器のリズムは、後にチェロ協奏曲第2番や交響曲第15に引用されることになる。

3楽章 1楽章の第1主題と第2主題から導かれた4分の4拍子の、これもマーラーを思わせる葬送行進曲で始まり、やがてアレグロ、4分の3拍子に転じて、スクルツォ風の諧謔的な音楽が展開され、さらに舞曲風の楽想が次々と導入されて、軽妙で無邪気なだけにかえって異様な気分を作ってゆく。そして、2台のティンパニの連打によっていよいよフィナーレに入り、金管が壮大なコラールを奏して、巨大なクライマックスを築いてゆくが、再び葬送の気分が戻ってきて、最後はチェレスタの響きを残しながら静かに全曲を閉じる。

 

著:歌崎和彦、発行者:東芝EMI株式会社、CD番号:TOCE-8747 CDC 5 55476 2、サイモン・ラトル指揮バーミンガム市交響楽団

CD番号:WPCC5859 9031-76261-2

コンドラシン指揮モスクワ・フィル

1993127日プレイエルホールにて生演奏、セミヨン・ビシュコフ指揮パリ管弦楽団

 

 

交響曲第5番ニ短調 op.47 (「革命」)

 

第1楽章 モデラート-アレグロ・ノン・トロッポ

序奏主題

1主題a

1主題b

2主題

コーデッタ

展開部序

展開部本体.1主題a

展開部本体.2主題

“Durchbruch”、マーチ

再現部. 1主題a

再現部. 2主題

再現部. コーデッタ

コーダ

第2楽章 アレグレット

スケルツォ主部前半

スケルツォ主部前半の変奏された反復

スケルツォ主部後半

2主題

スケルツォ主部後半の反復

トリオ:前半

トリオ前半の反復

トリオ後半

トリオ後半の反復

スケルツォ再現:前半とその反復

スケルツォ再現:後半(誤った調で)

スケルツォ再現:後半(正しい調で)

コーダ(エピローグ)

第3楽章 ラルゴ

1主題a

1主題b

2主題

3主題

再現と展開:第1主題a

再現と展開:第1主題b

2主題再現

3主題再現(コーダ)

第4楽章 アレグロ・ノン・トロッポ

1主題a

1主題b

2主題

1主題a(コーデッタ/展開部)

2主題

1主題bの再現

歌曲op.46,No.1の引用(ヴァイオリン)

1主題aの再現

コーダ(1主題)

 

第一次世界大戦以後の交響曲の中で、およそショスタコーヴィチの『交響曲第5op.47』ほどの人気作品はないだろう。政治体制やイデオロギー、それに20世紀音楽に対する立場の違いにゆえに批判する人々が少なくなかったかにも関わらず、この交響曲は初演から今日に至るまで、専門家・一般愛好家を問わず、揺るぎのない評価を獲得している。ソヴィエト連邦が瓦解し、ドラマティックな種類の現代音楽が大きく変化した現在、もはやこの作品の価値評価を揺るがす要素はなくなったかのように思える。

しかしよく知られたこの交響曲は多くの議論を呼ぶ問題作であり、その点は初演時と殆ど変わらないし、新生ロシアが安定した国家となり、ショスタコーヴィチについてのあらゆる資料が批判的に整理されない限り、この議論に終止符が打たれる可能性はない。一旦ショスタコーヴィチは『交響曲第5op.47』でスターリン体制に多少なりとも妥協したり迎合したりしたのか。作品の真のテーマは何か。全曲の終結は悲観的な解決なのか、それとも救いのない悲劇なのか。全曲最終部分の正しいメトロノーム指定は遅い方か速い方か。作曲者と作品の真意をめぐる論議は尽きることがなく、作品は両義的なままである。そもそも演奏解釈の出発点である出版譜においてさえ。

1936年に初めに2回も機関紙『プラウダ』の批判を浴び、歌劇『ムツェンスク郡のマクベス夫人』の栄えある作曲者から、一転して「人民の敵」呼ばわりさえされるようになったショスタコーヴィチは、四面楚歌の状況にも関わらず、トゥハチェフスキ元帥や演出家メイエルホリドらに擁護されながら、『交響曲第4op.43、『プーシキンの詩による4つのロマンスop.46』、それに数曲の 映画音楽 劇音楽 などの作品を次々に完成する。5月末には最初の子である長女ガリーナがレニングラード(現ペテルブルク)のアパートで誕生した。1937年に春に母校レニングラード音楽院の作曲教師に就任した30歳の作曲家は、この年の418日に『交響曲第5op.47』に着手し、720日に完成する。第3楽章のラルゴは、僅か3日間で書かれたという。楽器編成は木管3-2-3-3、金管4-3-3-1、ティンパニ、多数の打楽器、チェレスタ、ハープ2台、ピアノ、弦楽。前作の『交響曲第4op.43より大幅に縮小されており、金管が休む第3楽章では、弦が8声部に分割される。

新作の交響曲は、「第1回ソヴィエト音楽旬間」の一環として、19371121日にレニングラード・フィルハーモニーの大ホールで、革命20周年を記念して注目のうちに初演され、熱狂的な喝采を浴びた。指揮は翌年にレニングラード・フィルの指揮者に就任することになった若いエウゲニ・ムラヴィンスキー(19031988)で、以後ショスタコーヴィチの重要な作品の初演を任されることになる。(ちなみにエウゲニ・ムラヴィンスキーは1982年までに『交響曲第5op.47』を計102回も戸外で指揮し、数回の録音と併せて、この作品のスタンダードな演奏解釈を確立した)。初演は1939年。

批判後に発表された最初の大作であり、作曲者自身が批判に対する回答であると広言したこと、革命を記念して初演されたこと、こうしたことが多かれ少なかれ内外に宣伝されたことによって、『交響曲第5op.47』は、ソ連とショスタコーヴィチの支持者からも反対者からも、『プラウダ』批判を真剣に受け止めた結果であるとみなされた。外国の支持者は、正しい批判によってショスタコーヴィチの創作が深まったと賞賛し、反対者は、強権政治による創作の自由の抑圧と芸術家の政治体制への妥協を非難したのである。

こうした議論にも関わらず、『交響曲第5op.47』は、ソ連内外を問わず、たちまち人気を獲得し、レパートリーの中に定着した。ここでも賞賛者は作品とそれを生み出した政治体制を称え、批判者は人気を作品の通俗性に帰した。人気交響曲は多くの人々にとってショスタコーヴィチの代名詞となり、批判からこの作品の成功による名誉回復の経緯は、作曲者のイメージ決定づけるものとなった。

しかし私たちは事実経過が決してこのように単純ではなかったことを知っている。批判に応えて完成された最初の大作は、実のところ、1961年まで初演されなかった『交響曲第4番』だったし、『プラウダ』の批判は、身分の上下や職業のいかんを問わず多数のソヴィエト市民を死に追いやった「大粛清」の、文化政策における対応物だった。実際、ショスタコーヴィチの支持者トゥハチェフスキイ元帥は、『交響曲第5番』創作のさなかの19376月に、他のソ連陸軍将官7人と共に陰謀を企てたかどにより秘密裁判にかけられ、銃殺されているのだ。批判にどう答えるかがショウスタコーヴィチにとってまさに死活問題だったことは想像に難くない。文字通り身体的な生死を賭けた問題として、同時に、真実を表現する近代の芸術家の、精神の生死を賭けた問題として。

『交響曲第5番』は、その意味で批判に対するこの上なく見事で大胆な回答といえるだろう。古典的な楽式を踏まえ、厳選された楽想を緻密に展開した論理的でスキのない構成は、『交響曲第2番』から『交響曲第4番』までの難解さを払拭し、<音楽のかわりに荒唐無稽>などという批判を許さない。全曲のドラマトゥルギーは、表面上は「苦悩から勝利へ」という伝統的な図式に合致し、イデオロギー上の要請にも応えている。しかしここに採用されたわかりやすさは、例えば批判された当の作品である『マクベス夫人』の第4幕などと共通するものであり、ショスタコーヴィチにとって新しいものでないし、必ずしも妥協の産物とは言えない。終結部こそ一見ハッピー・エンドに見えるものの、全曲の大半は個人や社会の悲劇的な現実に通ずるきわめて内面的な音楽であり、国家やスターリンを称える安易なカンタータや19世紀的スタイルによる民族音楽の俗悪な編曲を大量に生み出すことになった当局の「社会主義レアリズム」よりも遥かに、言葉の真の意味で「社会主義的」であり、「レアリズム」である。内容が不明瞭であるがゆえに純楽器的な交響曲そのものが疑惑の対象となり兼ねない時期に、ショスタコーヴィチは最も困難な課題を自らに課し、かえってその最高傑作のひとつを誕生させたのである。2度目の世界大戦を間近にひかえ、世界中で芸術が危機に瀕していた時期に。

1楽章 は以後ショスタコーヴィチの作品にしばしば見られる、ゆったりしたテンポをとり、モットー風の序奏主題を含む3つの主題を持ったソナタ楽章。構成はきわめて明快で特別な説明を要しないが、いわば悲劇が起こってしまった後の孤独な個人の内面に対応するかのような抒情的下行音階が巨大な構造物の第1主題に選ばれていること、これがリストの『ファウスト交響曲』のように、シベリウスやマーラーのように、再現部がコーダのように収縮していること、『交響曲第4番』終楽章と同様にチェレスタの寂しい明滅と共にフェイド・アウトして終わることなどに留意しておきたい。

2楽章 は珍しくも教科書通りの形式によるスケルツォ。反復がそのつど別のオーケストレーションで作曲し直されているものの、音楽そのものは、それぞれ古典時代と変わりない両部分の反復をもった、スケルツォ-トリオ-スケルツォ・ダ・カーポの3部形式をなす(『交響曲第15番』参照)。マーラーの流れを汲む自虐的な皮肉なユーモアに貫かれた音楽は、表面上の多彩さにも関わらず、例えばスケルツォ冒頭動機に由来する(a-g-f-es-f-dからe-d-c-d-h)など強固に統一されている。

3楽章 が、第1楽章と共に全曲の核心をなす緩徐楽章。ロシア民謡風の主題に始まる静かな嬰へ短調の音楽は、ショスタコーヴィチには珍しく主観的な悲しみと嘆きの感情を直接法であらわにして激しく高潮し、死に絶えるように(モレンド)消えてゆく。大粛清とアウシュビッツの恐怖をまざまざと喚び起こす大胆な肉声。これが当局に理解されていたなら、作曲者の命運はここで尽きていたかもしれない。

この真摯な内面的世界の静寂は、第4楽章 で暴力的な粗野な響きで一瞬のうちに破られる。速いテンポでは華麗で名技的なオーケストラのショー・ピースのように響きかねない冒頭部分は、ショスタコーヴィチの4分音符88というメトロノーム指示を出発点とすれば、きわめて非人間的な不気味さを発揮し、個人の内面を粗暴にも土足で踏みにじる何者かの到来と感じられる。インデックスに明らかなように、ソナタ形式を下敷きとした構成は独特で、「時が来ればやがて、野蛮な男が乱暴に塗りつぶした下から天才の描いた美しい真実がきっと姿を現すだろう。そのように、苦しみぬいた私の魂から迷いが消え、初めの頃の清らかな日々の幻影が心の中に湧き上がる」という大意のプーシキンの詩につけられた歌曲「復活」(上記op.46の第1)の、後半のピアノ伴奏音型の引用が希望の光明を仄めかせた後、第1主題が流刑囚の行進のようにゆっくりと再現し、最後に祝祭的なニ長調の音楽が輝かしく全曲を閉じる、というプロセスは、決して単純明快な解釈を許さない。

 

著:森泰彦、発行者:日本コロムビア株式会社、(デンオン)CD番号:COCO75719エリアフ・インバル指揮ウィーン交響楽団

発行者:ポリグラム(ロンドン)CD番号:POCL1455、ゲオルク・ショルティ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

発行者:日本フォノグラム、CD番号:PHCP1704、セミヨン・ビシュコフ指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

発行者:ビクター、CD番号:V VDC25026、エウゲニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団

発行者:キング(ロシアン・ディスク)CD番号:KKCC6521、エウゲニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団

発行者:日本コロムビア(デンオン)CD番号:COCO6766、カレル・アンチェル指揮チェコ・フィル

発行者:ポリグラム(ロンドン)CD番号:POCL1576、シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団

発行者:ポリグラム(ロンドン)CD番号:F00L290503、ベルナルト・ハイティンク指揮ロイヤル・アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

発行者:ポリドール、CD番号:F32L20159、ウラディーミル・アシュケナージ指揮ロイヤル・フィル

発行者:日本コロムビア(デンオン)CD番号:COCO75719エリアフ・インバル指揮ウィーン交響楽団

発行者:Weaジャパン、CD番号:WPCS4692ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ指揮ナショナル交響楽団

発行者:CBS・ソニー、レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル(複数)

発行者:エンジェル(東芝EMI)アンドレ・プレヴィン指揮シカゴ交響楽団

発行者:RCA(RVC)アンドレ・プレヴィン指揮ロンドン交響楽団

発行者:メロディア、エウゲニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィル(複数)

発行者:RCA(RVC)、ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団

発行者:CBS・ソニー、ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団

発行者:ロンドン、ベルナルト・ハイティンク指揮ロンドン交響楽団

シルヴェストリ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

ケルテス指揮スイス・ロマンド管弦楽団

スクロヴァチェフスキー指揮ミネアポリス交響楽団(現:ミネソタ管弦楽団)

発行者:メロディア、マキシム・ショスタコーヴィチ指揮ソヴィエト国立交響楽団

発行者:グラモフォン(ポリドール)ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ指揮ワシントン・ナショナル交響楽団

発行者:日本コロムビア、レオポルド・ストコフスキー指揮ニューヨーク・スタジオ交響楽団

発行者:メロディア、コンドラシン指揮モスクワ・フィル

発行者:グラモフォン(ポリドール)、ロヴィツキ指揮ワルシャワ国立フィル

 

 

交響曲第6番ロ短調 op.54

 

第1楽章 ラルゴ

第2楽章 アレグロ

第3楽章 プレスト

 

1楽章は、作品全体の半分以上をも占める長大な楽章であり、瞑想的ともいえる雰囲気と叙情的な性格に楽章全体が支配されている。全く自由な形式で書かれていることが、コーダが付加された二部形式と考えることも不可能ではない。

2楽章は、やはり全く自由な形式による楽章であり、スケルツォ風の軽快な曲想と明るくのびのびとした性格が特色になっている。

3楽章は、自由なロンド・ソナタ形式によるフィナーレで、軽快な運動性に富んでおり、徐々に熱狂の度を高めて盛り上がりをみせ、白熱的なクライマックスを築きあげて結末を迎える。

 

著:柴田龍一、発行者:ドイツグラモフォン、CD番号:POCG-30015 459 396-2レナード・バーンスタイン指揮シカゴ交響楽団

発行者:BMGビクター(メロディア)CD番号:BVCX4004、エウゲニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィル

レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル

レオポルド・ストコフスキー指揮シカゴ交響楽団

コンドラシン指揮モスクワ・フィル

199555日ガスタイクホールにて生演奏、チョン・ミュンフン指揮バイエルン放送交響楽団

3楽章のみ

1995919日東京芸術劇場にて生演奏、チョン・ミュンフン指揮フィルハーモニア管弦楽団

 

 

交響曲第7番ハ長調 op.60 「レニングラード」

 

発行者:ポリグラム、CD番号:Po F00G204556レナード・バーンスタイン指揮シカゴ交響楽団

レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル

エウゲニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィル

トスカニーニ指揮NBC交響楽団

発行者:ポリグラム(ロンドン)CD番号:POCL1751、ウラディーミル・アシュケナージ指揮サンクトペテルブルク・フィル

発行者:Weaジャパン、CD番号:WPCC4763ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ指揮ナショナル交響楽団

 

 

交響曲第8番ハ短調 op.65

 

第1楽章 アダージョ

第2楽章 アレグレット

第3楽章 アレグロ・ノン・トロッポ

第4楽章 ラルゴ

第5楽章 アレグレット

 

1楽章 はアーチ型で3つの主要主題から組み立てられる。冒頭に2声の対位法でいきなり始まる序奏主題は、第1楽章ばかりではなく、全曲の胚芽となる根本主題と言える。

2楽章 は変ニ長調で、短2度下行と完全5度下行によって全曲冒頭と強く関連づけられた主部の主要主題は、軍隊のパレードを思わせる。

3楽章 はもうひとつのスケルツォ楽章で中心に当たる。うって変わって極めて急速な無窮動。2分の2拍子というより1小節1拍のリズムで、アクセントのある小節や他の主題が重ねられたことによって変拍子となる4分音符の運動が全体を貫く。機械的なトッカータ音形、溜息音形の音程をオクターヴに拡大したいわば「叫び」の主題、両者の展開といった単純な要素の無限の順列組み合わせや変奏からなる主部に対して、短い中間部はショスタコーヴィチ得意のギャロップのリズムによるサーカス音楽。何かに憑かれたような前進は、いよいよブレーキを失って、そのまま次の楽章に突入する。

4楽章 は葬送のリズムによるパッサカリア。嬰ト短調の主題はまたしても明らかに第1楽章の序奏主題に由来し、はじめ徐々に声部数を増やしてゆく。最初の主題が全奏から単旋律までそれと気づかれぬまま声部数を単旋律まで減らしていったのと同じように、ショスタコーヴィチは音量を再弱音に保ったまま音楽を膨らませる。

5楽章 はハ長調が親しみ深い明るい調ではなく、寧ろ遠隔な影の薄いものと感じられるならば、それはこの不安定な転調と、本来遠隔なはずの嬰ト短調を執拗に続けたお陰だろう。同じハ短調からハ長調に進む《交響曲第5番ハ短調op.67「運命」のベートーヴェンが入念な推移部によっていやが上にも輝かしい勝利に到達したのに比べ、ショスタコーヴィチがその反対を目指したことは歴然としている。913でと同じように、意気揚々とする筈だった<勝利の主題>は、ファリャの《三角帽子》の代官の主題のように、ファゴットに委ねられ、一向に景気は上がらない。結局大声で国や野党や独裁者を称えるられない作曲者などの知識人への自虐的な嘲笑とも、どんな状況でもしぶとく生きていく大衆への揶揄ともとれる、ちょっと考えれば背筋が寒くなる主題だ。終わりであると共に始まりである陳腐なc-d-cの音形は言うまでもなく全曲の序奏主題に遡り、次々と繰り出される豊富な楽想の平凡さは、マーラーの《交響曲第7番》の終楽章を連想させる。しかしマーラーの《交響曲第3番》でも同様にそうだったように、第1楽章の巨大なクライマックスが拭い去ることのでいないリアリティーのように偽りの長閑な気分をぶち壊し、各楽章が益々意気消沈して再現した後、《交響曲第8番》は悲劇的なハ長調の明るい響きのうちに、彼方へ消えてゆく。例え戦争が終わっても世の中が良くなる筈がないと確信しながら。

そしてショスタコーヴィチたちの危惧はその通りになった。戦後の蜜月は長く続かず、冷戦の中で政権最後の時期のスターリンは、益々恐怖政治を強めていったのだ。その中で批判を浴びたこの《交響曲第8番》は<雪解け>まで暫く黙殺され、冷戦の最中で現代音楽が盛んになった西側でも一時の人気の反動のように、戦争を題材にした機会音楽のように暫く忘れられた。度重ねて演奏・録音されるようになったのは、1980年代になってからである。

 

著:森泰彦、発行者:日本コロムビア株式会社、(デンオン)CD番号:COCO78910エリアフ・インバル指揮ウィーン交響楽団

 

CD番号:WPCC5859 9031-74719-2

発行者:フィリップス、CD番号:422 442-2、エウゲニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィル

アンドレ・プレヴィン指揮ロンドン交響楽団

コンドラシン指揮モスクワ・フィル

199367日ベルリン・フィルハーモニーホールにて生演奏、 ワレリー・ゲルギエフ指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

199383日キール城にて生演奏、ワレリー・ゲルギエフ指揮キーロフ歌劇場管弦楽団

 

 

交響曲第9番変ホ長調 op.70

 

第1楽章 アレグロ

第2楽章 モデラート

第3楽章 プレスト

第4楽章 ラルゴ

第5楽章 アレグレット

 

第二次世界大戦中に、ショスタコーヴィチは大叙事詩ともいうべき規模を誇る2つの交響曲を書いた。となれば、連合軍側の勝利を記念する次なる交響曲として、 第7番「レニングラード」8との三幅対をなすような大作が望まれたのもあながち不自然なことではないだろう。一時は「讃歌つきの勝利の交響曲を作曲中」と伝えられたこともあった。1945年のことで当局をはじめ人々の期待を裏切る、演奏時間にして30分にも満たない、ある種の諧謔に覆われた交響曲だった。そのため作品自体は今日の目からみれば高い完成度を示しているにもかかわらず、公的には妥当な評価を受けることができなかった。同年9月、慣例にしたがって作曲家同盟で、作曲者とリヒテルによる2台ピアノによる試演を経て、本来なら新暦11月の革命記念日の式典で演奏されるはずだったが、初演の舞台は11月3日、ムラヴィンスキー指揮のレニングラード・フィルによる、戦後初のシーズン開きの演奏会となった。

『証言』のショスタコーヴィチは、確信犯であることを認めていた。「スターリンを神格化する曲を私は書けなかった。全くできなかったのだ。第9交響曲を書いていたとき、自分が何に向かって歩いているかを知っていた」 注)。 整った形式を持ちながら、奇妙な仕掛けも目立つこの交響曲の演奏は、指揮者のスタンスとオーケストラの性能によって、様々な結果を生む。仕掛けの部分をマイルドに処理すれば、明朗快活な「勝利の交響曲」にもなるだろう。しかし大曲の録音の後、満を持したかのようにこの第9番にのぞんだロストロポーヴィチ指揮、ナショナル交響楽団の演奏は、重心の低い響きを作り、自在なテンポの変化を交え、明らかに凱旋の気分とは対極にある世界に踏み込んでいる。もし1945年当時にこのような演奏が出現していれば、この作品は文字通りショスタコーヴィチの第9になりえたかもしれない、と想像する。

1楽章 は、提示部の反復を伴うソナタ形式。変ホ長調の第1主題に対して、定式どおりに変ロ長調の第2主題が登場する。ただし第1主題の中では、変ホ長調の主和音を分散させるや、c-gesという三全音がトリラーまで加えて強調される。第1主題部の終わりには他の調に迷い込みかけながら(弦の強烈なテヌートに注目)、態勢を立て直して入る第2主題はより勇壮なマーチのように始まる。が、ついてくるのはピッコロ1本。この第2主題を金管が吹こうとすればスネアが邪魔し、提示部は終わってしまう。展開部は、《イギリスの詩による6つのロマンス》の<王様の出陣>(王様の後ろに兵隊はついてこなかったと歌う)や、《バービー・ヤール》の<ユーモア>(王様も処刑できなかったという英雄ユーモアの話)の章など、一連の王様ものに通じている。ポルカの引用もある。展開部以降も古来権力の象徴であった金管は道化役を演じ続け、第2主題の再来を焦るあたりは、殆ど《音楽の冗談》めいている。

2楽章 は全曲の中では緩徐楽章の位置にあるが、スコアは“Moderato四分音符=208“と指示される。このため300小節を超える楽章とはいえ、指揮者によって演奏時間にかなりの差が生じている(ゲオルク・ショルティはなんと5分台、晩年の レナード・バーンスタイン のライブは9分台)。ムスティスラフ・ロストロポーヴィチは遅い方から数えておそらく5本の指に入るだろう。つまりアダージョに近いという解釈である。第1楽章の変ホ長調に対して、第2楽章はずっと遠いロ短調と、調性関係も、両楽章の性格の対比を印象づける。

以下の楽章は続けて演奏される。 3楽章 は、ト長調のスケルツォである。チャイコフスキーのバレエ音楽を思わせる軽やかさに始まるが、トリオの部分で嬰へ短調の重い響きが力を増すと、スケルツォ主部はもとの姿で回帰することができない。

4楽章 は、全34小節、“Largo 四分音符=84”との設定の下、葬送のファンファーレとファゴットのレチタティーヴォから成る。ショスタコーヴィチがこのような場面でファゴットを前面に出すのは珍しい。普段はとぼけた三枚目に回ることが多いからである。

ファゴットが本来の役どころに戻ったところで、ロンド形式の 5楽章 に入る。ムスティスラフ・ロストロポーヴィチはスコアの指示以上に細かいテンポの変化を設定して、音楽の展開に対応している。ことに再現部で、オーケストラの総奏にタンバリンを加えて第1主題が回帰してきたところでは、効果的なブレーキがかかる。民族舞曲の身振りで大団円、というわけだが、その幕切れには不気味な裂け目も用意されている。

 

著:大宅緒、発行者:Warner CompanyCD番号:WPCC5859 4509-90849-2

)水野忠夫訳

 

発行者:ポリグラム(ロンドン)CD番号:POCL1576、シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団

発行者:日本コロムビア(デンオン)CD番号:COCO75444エリアフ・インバル指揮ウィーン交響楽団

セルゲイ・クーセヴィツキー指揮ボストン交響楽団

発行者:BMGビクター(RCA)CD番号:BVCC746、ユーリ・テミルカーノフ指揮サンクトペテルブルク・フィル

発行者:ビクター、CD番号:V VICC400058、ゲンナジ・ロジェストヴェンスキー指揮ソビエト国立文化省交響楽団

コンドラシン指揮モスクワ・フィル

 

 

交響曲第10番ホ短調 op.93

 

第1楽章 モデラート

第2楽章 アレグロ

第3楽章 モデラート

第4楽章 アンダンテ-アレグロ

 

1楽章 は、国の圧制の犠牲者に捧げられ、交響曲第8の引用が全体を覆う哀歌である。

2楽章 (=スターリンの肖像)では、踏みつけるようなリズムと唐突な休止部分が、アジアの暴君のイメージを喚起し、支配体制の血塗られた履歴を象徴するムソログスキーの歌劇《ボリス・ゴデゥノフ》からの引用で終わる。

3楽章 と 第4楽章 は、個人の存在が無に帰してしまう屈辱を味わう様子を描いており、それはショスタコーヴィチ自身の名前のイニシャル=DSCHのモチーフではっきり示させている。極めて個人的な要素を使いながら、それが「サーカスの音楽」の耳障りな調子によって殆どかき消されてしまうのである。

 

著:Sigrid Neef、訳:河合拓始/エムアンドエムインターナショナル、発行者:BMGビクター株式会社(メロディア)CD番号:BVCX-4007 74321-25198-2、エウゲニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団

CD番号:WPCC5859 9031-74529-2

ヘルヴェルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

発行者:東芝EMICD番号:TOCE8623、マリス・ヤンソンス指揮フィラデルフィア管弦楽団

発行者:BMGビクター(メロディア)CD番号:BVCX4004、エウゲニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィル

エウゲニ・スヴェトラーノフ指揮ソヴィエト国立交響楽団

199557日ウィーン・ムジークフェライン大ホールにて生演奏、ウラディーミル・フェドセーエフ指揮ウィーン交響楽団

 

 

交響曲11番ト短調「1905年」 op.103

 

第1楽章 宮殿広場(アダージョ)

第2楽章 19(血の日曜日事件)(アレグロ)

第3楽章 永遠の追憶(アダージョ)

第4楽章 警鐘(アレグロ・ノン・トロッポ)

 

1楽章 は冬のペテルブルクの王宮の前が描かれるアダージョの楽章。血に染まる金曜日の静かな、しかし不気味な予感を秘めた音楽で、帝政ロシアの重圧を思わせる。革命歌「聞け、人々よ」、民謡「囚われ人」が引用される。

2楽章 は低弦で始まるアレグロが惨劇を描き出す。自作の「10の詩曲」の中の「19日」のテーマが引用され、民衆の示威行動から惨劇まで生々しく再現される。

3楽章 は犠牲者のレクイエムと言うべきアダージョ。革命歌「同志は倒れ」をヴィオラが歌うが、中間部は幾分明るくなる。

4楽章 はアレグロ・ノン・トロッポによるロンド形式をとる楽章。金管による決然とした革命歌「狂乱した暴君よ」に始まり、エピソードは弦楽器により「ワルシャワ労働歌」が引用され、不屈の民衆の力を誇示するかのようである。圧倒的なクライマックスが築き上げられた後、イングリッシュホルンに哀しげなメロディが託され、最後には行き場のない怒りの旋律の中、犠牲者を弔うかのようにチューブラ・ベルが乱打される。

 

著:諸石幸生、発行者:東芝EMI株式会社、CD番号:TOCE-9469 7243 555601 2 4、マリス・ヤンソンス指揮フィラデルフィア管弦楽団

CD番号:WPCC5344 9031-76262-2

発行者:キング(ロシアンディスク)CD番号:KKCC6503、エウゲニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィル

発行者:ポリドール、CD番号:POCL1659、ウラディーミル・アシュケナージ指揮サンクトペテルブルク・フィル

発行者:日本コロムビア(デンオン)CD番号:COCO78920エリアフ・インバル指揮ウィーン交響楽団

 

 

交響曲第12番ニ短調 op.112 1917年」

 

ドミトリー・ドミトリエヴィチ・ショスタコーヴィチ(1906-75)は、生涯に全部で15曲の交響曲を残しているが、そこには、ロシア革命をテーマにした作品を4曲ほど見出すことができる。そして、その中の一つであるこの交響曲第12番は、1961年秋のソヴィエト共産党第22回大会を祝賀するための作品として企画されたものであり、レーニンと彼を支持する民衆の情熱が音に昇華された1曲とされている。しかし、ショスタコーヴィチ自身は、「レーニンのポートレートを描くつもりで作曲を開始したが、最後には全く別のものになってしまった。」とこの交響曲について述べている。

 

第1楽章 革命のペトログラード(モデラート-アレグロ-アタッカ)

第2楽章 ラズリフ(アレグロ〔リステッソ・テンポ〕-アダージョ-アタッカ)

第3楽章 オーロラ号(リステッソ・テンポ-アレグロ-アタッカ)

第4楽章 人類の夜明け(リステッソ・テンポ-アレグロ-モデラート)

 

1楽章は、重々しい序奏部が付されたソナタ形式による楽章であり、ペトログラードの街に起こった革命の重苦しく不安な雰囲気が描かれている。

2楽章は、三部形式による楽章である。ラズリフとは、ペトログラード近郊の美しい湖とその湖畔の地名であるが、レーニンは、ロシア革命の年にこの土地に滞在していたという。

3楽章は、オーロラ(アウローラ)とは、皇帝に反旗を翻し、ペトログラードのネヴァ河から冬宮を砲撃した巡洋艦の名である。特に描画的傾向の濃い音楽になっている。

4楽章は、革命による人類の夜明けを象徴するようなフィナーレであり、巨大なクライマックスに到達する。

 

著:柴田龍一、発行者:BMGビクター株式会社、CD番号:BVCX-4026 74321-46966-2、エウゲニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団

 

 

交響曲第13番変ロ短調 op.113 「バービー・ヤール」

 

1.        バービー・ヤール

2.        ユーモア

3.        店で

4.        恐れ

5.        立身出生

 

《バービー・ヤール》は、ショスタコーヴィチの交響曲の中でも、かなり特殊な地位を占める作品といえる。彼の声楽つきの交響曲は全部で4曲を数えるが、そのうち独唱を含むうえに多楽章からなり、しかも大編成のオーケストラを要求するのは、この《バービー・ヤール》のみである。

バービー・ヤールとは、現在のウクライナ共和国の首都、キエフ市の郊外にある谷あいの地名である。この地では、第2次世界大戦中、ドイツ軍によってユダヤ人を始め、ロシア人、ウクライナ人を含めた数知れぬ人々が犠牲となった。しかしロシアにおけるユダヤ人への弾圧の歴史は、帝政時代から旧ソ連へと受け継がれていったものだ。196111月に発表された、当時28歳のエウゲーニー・エフトゥシェンコの手になる詩『バービー・ヤール』は、その旧ソ連のユダヤ人問題に言及した、まさに「雪解け」時代の産物であった。

ショスタコーヴィチの《バービー・ヤール》は、このエフトゥシェンコの詩との出会いから生まれた。当初は現行の第1楽章のみの、単一楽章の声楽つき交響詩(19624月浄書完成)となるはずだったが、やがて構想はふくらみ、エフトゥシェンコの旧作や書き下ろしを加えて、全5楽章の交響曲に至ったのである。初演は19621218日、キリル・コンドラシン指揮のモスクワ・フィルハーモニー管弦楽団、V.グロマッツキー(バス)、ロシア共和国合唱団、グネーシン音楽大学合唱団によって行われた。

ところで、《バービー・ヤール》の着想から初演に至る期間には、この作曲家にとって重要なふたつの出来事があった。まず19611230日、交響曲第4が、作曲以来およそ四半世紀ぶりに初演されたのである。1936年春、予定された初演に向けて数回のリハーサルを重ねながら、ショスタコーヴィチ自身が理由を明かさぬまま総譜をひき上げたという、いわくつきの、幻の交響曲だった。さらには1962年末の《バービー・ヤール》の初演から8日後には、交響曲第4の初演中止と深く関わるとみられる歌劇《ムツェンスク郡のマクベス夫人》を改訂した、《カテリーナ・イズマイロヴァ》の初演をも迎えている。この《カテリーナ》の方には、《バービー・ヤール》と隣り合わせの、op.114という新しい作品番号が与えられた。

交響曲第4と《ムツェンスク郡のマクベス夫人》。ふたつの問題作と近接したところから生まれた《バービー・ヤール》の初演も波瀾含みだった。第1楽章の歌詞の変更を指示されるという事態を生じたのである。

 

著:大宅緒、発行者:日本コロムビア(デンオン)CD番号:COCO75887エリアフ・インバル指揮ウィーン交響楽団

ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団

発行者:ポリグラム(グラモフォン)CD番号:POCG10010、ネーメ・ヤルヴィ指揮エーテボリ交響楽団

コンドラシン指揮モスクワ・フィル

1995917日ベルリン・コンツェルトハウス大ホールにて生演奏、ミハイル・ユローフスキー指揮ベルリン放送交響楽団

 

 

交響曲第14番ト短調 op.135 「死者の歌」

 

第1楽章  深い所より(死者のミサ)

第2楽章  マラゲーニャ

第3楽章  ローレライ

第4楽章  自殺

第5楽章  心して

第6楽章  マダム、ご覧なさい!

第7楽章  ラ・サンテ監獄にて

第8楽章  コンスタンティノープルのサルタンへのザポロージェ・コザックの返事

第9楽章  オオ、デルウィーク!

第10楽章 詩人の死

第11楽章 結び

 

この曲のタイトル「死者の歌」は旧ソ連版楽譜には存在せず、曲がベンジャミン・ブリテンに捧げられた際に英語で付けられた。またソ連版のリプリント楽譜である日本の全音によるスコア等にある「ト短調」という表記もソ連版にはない。

詞の作者である、ロルカ、アポリネール、リルケについては今さら説明の必要はないだろう。キュヘルベケルは帝政時代ロシアの詩人、評論家で、詞の中に出てくるデルウィーク、そしてプーシキンと同級生だったことがある。彼はデカブリストの乱で死刑判決を受け、シベリアの流刑地で死んだ。

尚全曲はアタッカで続けて演奏される部分を含み、構成としては@第1楽章A第211楽章、となる。

またこれは外見上はどうみても交響曲ではなくて、小オーケストラ伴奏付きの声楽作品である。ロマン派以降、シンフォニーの概念が大きく変わったことを考慮しても、マーラーの「大地の歌」(ヨーロッパでは交響曲扱いせず、ヴォーカル・ミュージックと把握する指揮者もいる。ロリン・マゼールなど)以上に交響曲らしくない。

寧ろ、放っておけば声楽作品扱いになるこの曲を、敢えて「交響曲」と呼んだところに作曲家の戦略を感じる、という説を私も支持したい。タイトルひとつの違いで、この作品とそれにつけられた歌詞は、以後数倍の関心と聴衆、録音を呼ぶこととなった。実際これはそれにふさわしい、ショスタコーヴィチにとっても最高の作品のひとつとなった。またあちこちにクラスター的な用法(8楽章の後半はその例としてよく言及される)12音列的な手法(5楽章冒頭のシロフォンや、第3楽章後半、このCDでは518分過ぎ、全音スコアの62ページからのソプラノなど)が使われ、音楽史に現れたあらゆる方法が顔を出す。

 

著:渡辺和彦、発行者:TELDECCD番号:LC-6019 0630-17514-2ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ指揮モスクワ・アカデミー交響楽団員

 

発行者:ソニー、CD番号:SRCR9534レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル

ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団

発行者:日本コロムビア(デンオン)CD番号:COCO78821エリアフ・インバル指揮ウィーン交響楽団

発行者:ポリドール(グラモフォン)CD番号:POCG1709、ネーメ・ヤルヴィ指揮エーテボリ交響楽団

バルシャイ指揮モスクワ室内管弦楽団

 

 

交響曲第15番イ長調 op.141

 

第1楽章 アレグレット

第2楽章 アダージョ

第3楽章 アレグレット

第4楽章 アダージョ-アレグレット

 

ショスタコーヴィチの交響曲第15番は、1971729日に完成された。作曲者65歳の年の作品である。そして、これが彼の最後の交響曲作品となった。彼がまだ十代の若者であった時期の交響曲第1で順調に始まったかのように思える創作活動も、その後は、主に彼の周囲の政治的な問題が原因で、必ずしも順風満帆に伸びていったわけではない。というか、他のどのような交響曲(シンフォ)作曲家(ニスト)の辿った道筋よりも、彼の場合複雑に錯綜したものであった。途中、幾度も後退したり、曲線的に進んでみたり、或いは「だまし絵」的な方法を用いたり、変化球を投げ続けるような対処の仕方をしながら、彼は全く独自のとしか形容しようのないような、風変わりな交響曲(シンフォ)作曲家(ニスト)としての成長の仕方を続けたのである。そして、その彼がついに辿りついたのが、この第15番の交響曲であった(勿論、この当時、彼につきまとい、苦しめ続けていた政治的問題は、以前とそれ程大差はなかった)

それにしても、この交響曲はなんとわかった到達点なのだろう。一聴すれば明らかなように、ここにはロッシーニの『ウィリアム・テル』や、ワーグナーの『ワルキューレ』などからの引用がある。さらに、それに加えて、ショスタコーヴィチ自身の作品からの引用、パロディなども多い。それらによって、この交響曲の根幹が形づくられているといっても過言ではないほどだ。それらの持つ意味を考えることが、多分、この交響曲を正確に把握するためのキイであるのは、いうまでもない。とはいっても、ここには殆ど唐突に出てくる『ウィリアム・テル』は何なのだろうか。まさか、ショスタコーヴィチがアメリカのヒット・テレビ番組『ローン・レンジャー』を好んで観ていたというわけでもあるまい。いずれにせよ、この作曲家の最後の交響曲は大きな謎を抱え込んだままである。

1楽章は鐘とフルートにより、軽妙に始まる。かなり込み入った展開の後、何の脈絡もなくロッシーニの『ウィリアムテル』序曲の最終部分の主題冒頭が、前後5回に渡って引用される。この引用句には常に4小節の楽句が先立って奏されるが、これは独自の12音技法によっている。

2楽章 は第1楽章とは対照的な内向的な性格。冒頭、ほの暗く響く金管のコラールの後、独奏チェロによる深い折りのような旋律が出る。進行していくに従って、この楽章は次第に葬送行進曲風の性格を明らかにしていく。トロンボーン独奏による旋律も印象的。

3楽章 は前章から切れ目なく入る。この作曲家ならではのスケルツォ。シニカルな第1主題は12音で構成されている。中間部では性格の異なった主題が独奏ヴァイオリンに出て、トランペットもファンファーレ風の旋律を出す。結尾における打楽器合奏が、この楽章の性格を決定づける。

4楽章 は、冒頭ワーグナーの『ワルキューレ』における『運命の動機』が引用される。この引用の意味は、ヴォータン、ジークムント、ブリュンヒルデらの関係から、いくつか推測できよう。さらに、ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』の冒頭部も聴こえてくる。中間部というべき部分でのパッサカリアの主題は、ショウスタコーヴィチ自身の『交響曲第7番』の第1楽章と関係を持っている。最後は各主題などが性格を変えて再現し、やがて疑問符をつけたままのように終えていく。

 

著:吉井亜彦(つぐひこ)、発行者:ポニーキャニオン(キャニオンクラシックス)CD番号:PCCL00351、ウラディーミル・フェドセーエフ指揮モスクワ放送交響楽団

 

CD番号:WPCC5859 9031-74560-2

ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団

発行者:ポリグラム(フィリップス)CD番号:POCL1433、シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団

発行者:ポニーキャニオン(キャニオンクラシックス)CD番号:PCCL00351、ウラディーミル・フェドセーエフ指揮モスクワ放送交響楽団

マキシム・ショスタコーヴィチ指揮モスクワ放送交響楽団

発行者:ビクター、CD番号:V VICC400014、ゲンナジ・ロジェストヴェンスキー指揮ソビエト国立文化省交響楽団

 

 

アイネ・クライネ・シンフォニー ハ長調op.49a (弦楽四重奏曲第1)

 

第1楽章 モデラート

第2楽章 モデラート

第3楽章 アレグロ・モルト

第4楽章 アレグロ

 

ディミトリ・ショスタコーヴィチが1938年に初めて書いた弦楽四重奏曲は、当初あくまでも個人的な指慣らし用の試作でしかなかった。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲集に匹敵するような、15の弦楽四重奏曲からなる壮大な連作などを書くつもりなど毛頭なかった。そればかりか、スターリン政権の厳しい監視の目にさらされながら“公的”な性格を持つ交響曲の作曲に追われる中で、弦楽四重奏曲は、作曲者にとって気苦労から解放された歓迎すべき骨休みであった。最初の弦楽四重奏曲(49という作品番号から、いかに彼がこの音楽ジャンルに挑戦したのが遅かったかが窺えるが)を作曲したのは、彼が丁度交響曲第5で大成功を収めた時だった。4は、初演直前に「人民の敵」「大裁家」と批判され、刃向かえば命に関わるような忠告を受けたため、初演を取りやめざるを得なくなっていたが、交響曲第5を以って彼は作曲家として華々しく再評価された。最初の弦楽四重奏曲は、その直後の安らぎのひと時に書かれた。

弦楽四重奏曲第1番ハ長調op.49(1938)は、作品全体を通して、生意気な革命家でありながら、独断的ではないアヴァンギャルドの旗手でだった、若い頃のショスタコーヴィチを思い起こさせる。19歳の時に書かれた最初の交響曲のように、32歳の彼が書いた弦楽四重奏曲は4楽章形式を保っているが、内的には全く独自の途を歩んでいる。素晴らしいピアニストだったショスタコーヴィチが室内楽を書くときは、大抵の場合人前で演奏をするチャンスを得るため(ひいてはピアノを弾いて出演料を稼ぐため)であり、2つのピアノ・ソナタとピアノ・トリオ、そして後に書かれたピアノ五重奏曲もそのような作品だった。しかし、ここで書かれたのは自分自身が演奏に参加しない編成のものである。次の弦楽四重奏曲が書かれるのは6年も先のことである。作品は、“ナイーヴ”な調性ハ長調で書かれ、全く気負った所がなく、演奏も僅か15分程で終わってしまうもので、渦巻きのような大騒ぎで終わるが、別の終わり方になっていても不思議はない。というのも、曲は一見和やかでありながら一種の不安が常に付きまとっており、いかなる政治的圧力に対しても、平然として距離をおくことができる彼の姿勢が現れているからである。

1楽章 は迅速なアレグロではなく展開部もない。複数の主題が純粋に叙情的に発展し、驚くべき複数の和声とリズムに合わせて奏でられる。音楽は、個々のパートの自由な演奏によって豊かになっていく。

2楽章 では、ショスタコーヴィチがロシアの伝統を巧みに取り入れているのが喜ばしい。何故ならば、交響曲にロシア風の色合いが用いられる時にはナショナリズムやつまらない自慢といった醜い面が、時代と共に一段と強調されていくからである。しかし室内楽では、遠慮することなく、尊敬するチャイコフスキー、そして特にムソログスキーのような作風で遊ぶことができる。

また、 3楽章 はメンデルスゾーンを彷彿とさせる軽快な雰囲気が全体を通して流れている。

弦楽オーケストラのために書かれた『アイネ・クライネ・シンフォニー』op.49aをレパートリーに取り上げる室内楽団にとって、この第3楽章は文字通りの十八番となるだろう。この作品は19904月に設立され、小澤征爾氏が音楽顧問をしている水戸室内管弦楽団と吉田秀和氏のために編曲された。この室内管弦楽団は、著名な音楽評論家である吉田秀和氏が館長を務める水戸芸術館内にあるホールを本拠地にしている。水戸室内管弦楽団のメンバーは、世界中で活躍する一流の演奏家ばかりで、同ホールで演奏会が開かれる度に、リハーサルと本番に合わせた水戸にやってくる。一人一人が、ソリストとしての資質を持ち合わせている、というのがこのアンサンブルの特徴である。編曲者自身が指揮をしたこの録音は、世界初演の記録であり、世界初録音となる。

弦楽四重奏曲を弦楽合奏等に編曲することは特に目新しいことではなく、グスタフ・マーラーもベートーヴェン(ヘ短調)とシューベルト(氏と乙女)の弦楽四重奏曲を、より幅広く知ってもらうために管弦楽用に編曲している。室内楽の演奏会に足を運ぶ聴衆というのは、ごく限られた一部の音楽愛好家に過ぎないが、室内楽の作品に魅了された者であれば、より多くの人達に聴いて欲しいと願うのは当然のことであるからだ。

 

著:ベルリン「オペンヴェルト」誌より、訳:岡本和子、発行者:ソニー、CD番号:SRCR1675、ルドルフ・バルシャイ指揮水戸室内管弦楽団

 

 

室内交響曲ハ短調op.110a

 

第1楽章 ラルゴ

第2楽章 アレグロ・モルト

第3楽章 アレグレット

第4楽章 ラルゴ

第5楽章 ラルゴ

 

この作品中に引用した曲(交響曲第1810、ピアノ三重奏曲、チェロ協奏曲、歌劇『ムツェンクス郡のマクベス夫人』、革命悲歌、ワーグナー:『神々の黄昏』の葬送行進曲、チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」)の裏には、極めて巧みに、ある一連の文字が隠されている。実は、引用された作品の調整を並べてみると、「D-Es(E)-C-H」つまりショスタコーヴィチ(D.Schostakovich)の名前の頭文字となる。スターリン主義の弾圧のもと、このソヴィエトの作曲家がかぶっていた仮面を解くカギがそこにある。彼は、自分の音楽の中に、密かにメッセージを書き込んでいたのである。しかし、弦楽四重奏曲第8番を注意深く聴く者には、それが明らかに伝わってくる筈である。

冒頭 は、交響曲第1の「DSch」から始まり、作曲家として初めて成功をおさめた時の喜びが表現される。彼はこの記念日を毎年祝う習慣があった。これらの音の何と奥深いことか!

2楽章 では、彼の名前を構成する文字の音を中心に、せきたてられて逃げていくような動きから、大きな混乱へと音形が展開していき、「DSch」音は、ピアノ三重奏曲第2番のユダヤ風主題と結び付いていく。涙でもって笑いを表現するユダヤ人の音楽にすっかり魅了されていたショスタコーヴィチは、彼らの音楽をスターリンとナチス・ドイツ双方による人種差別主義の犠牲者を追悼するために用いている。

3楽章 ではチェロ協奏曲第1番の主題が引用されるが、ここで中心となる4つの音は、権力者に仕える忠実な下僕、真面目な公務員という仮面、「DSch」を描いている。

奴隷の嘆きを歌った古い革命歌で始まる 4楽章 では、彼の両面が2つのモチーフとしてひとつに結ばれ、仮面が払い落とされる。カテリーナ・イズマイロワが「愛しいセルヨーシャ、一日中顔を合わせなかったわね!」と嘆く。そして四重奏曲は、絶望的な自問自答のうちに終わる。

ショスタコーヴィチは、当時、強制的に共産党に入党させられていた。「スターリンは恐れなかったが、管理人を恐れた男」(グリフマン『書簡集』)は、ロシア作曲家連盟の会長に任命され、フルシチョフの時代になれば党も変わると言いくるめられ、抵抗できずにいた。彼は精神的にすっかりまいっていた。しかし、世界中に演奏会場で室内交響曲を聴いていた人達はそのことを何も知らなかったのだ。ショスタコーヴィチの最も自伝的な作品と言えるこの曲は、音を聴くだけで人の心を打つ絶対音楽であり、そこから何をくみ取るかは、聴く者一人一人の自由なのである。

 

著:ベルリン「オペンヴェルト」誌より、訳:岡本和子、発行者:ソニー、CD番号:SRCR1675、ルドルフ・バルシャイ指揮水戸室内管弦楽団

 

1995712日、シュレスビヒ教会にて生演奏、イエルク・フェルバー指揮ビュルテンベルク室内管弦楽団

 

 

弦と木管のための交響曲ヘ長調op.73a (弦楽四重奏曲第3)

 

第1楽章 アレグロ

第2楽章 モデラート・コン・モルト

第3楽章 アレグロ・ノン・トロッポ

第4楽章 アダージョ

第5楽章 モデラート

 

弦楽四重奏曲第3番ヘ長調op.73(1946)は、交響曲第9完成の直後に書かれた。ソヴィエト共産党中央委員会が、1936年に続いて19482月、ソヴィエト音楽の頂点に立つ音楽家への弾圧を決定する直前のことだった。この時、共産党の批判の最大の標的となったのがプロコフィエフとショスタコーヴィチであり、二人はすべての社会的地位を剥奪され教師としての職も解雇された。ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲第3番は、彼が書いた殆どの弦楽四重奏曲の場合と同様ベートーヴェン弦楽四重奏団によって初演されたが、その後、演奏は一切禁止されてしまった。しかし一般の家庭演奏会では演奏され続け、モスクワ交響楽団のメンバーによる弦楽四重奏団もこうしたプライベートな場でこの作品を演奏している。ルドルフ・バルシャイは、この弦楽四重奏団のメンバーだった。バルシャイはこの作品を交響曲に編曲するにあたって、弦だけでなくフルート、オーボエ、イングリッシュホルン、クラリネット、ファゴット、ハープ、チェレスタを用いて、楽譜の複雑な構造をより生かす作品に仕上げている。

1945年に書かれた交響曲第9では、ブラック・ユーモアとして滑稽に響いていた音楽的素材が、弦楽四重奏曲第3番では非常に深刻に扱われている。交響曲第8のように5楽章形式で書かれ、同交響曲の不気味な性格までそのまま残っている。最終楽章の前には、ゆっくりとした楽章としてパッサカリア、或いはオスティナート主題を用いた変奏曲がつけられている。ショスタコーヴィチは『マクベス夫人』の頃から、避けられない運命の表現にこの様式を用いている。バスの主題を引き継ぐ。この主題は、最終楽章の頂点部分で再度登場する。

1楽章 2つの主題は非常に対照的である。最初の新古典風の辛辣なポルカであるのに対して2つ目の主題は優しく旋律的で、バルシャイの編曲ではフルートによって奏でられる。展開部ではどちらの主題も予想外に激しく響くようになり、反抗期の子供のように激しく衝突しあう。ここで、ベートーヴェンと肩を並べるほど主題展開が巧みなショスタコーヴィチの別荘で夏を過ごしているが、その時ショスタコーヴィチはピアノに向かってベートーヴェンのソナタや四重奏曲を一日中弾いていたそうだ。そして、ある日バルシャイがショスタコーヴィチの自宅を訪れると、彼は丁度ベートーヴェンの弦楽四重奏曲イ短調op.132を弾いているところで「この弦楽四重奏曲を弾いたことあるかね。これ以上の音楽はないよ!」と叫んだという。

2楽章 にも主題が2つあり、最初の主題はエネルギッシュ、2つ目は熱狂的で、後者は高い音域になると溜息のモチーフによって何度も中断される。2つの主題は、いくつかの展開を経て、イングリッシュホルンの響きで融和する。ハ短調の4,6の和音が延々と続くと同時に、ホ短調の低い3度の和音(バスとハープ)が奏でられ、薄暗い洞窟を思わせる不協和音が響く。

スケルツォ楽章 は、2拍子と3拍子が交互に現れる悪魔のようなリズムで突き進み、最後まで非常な緊張感が続く。そして、既に先ほど触れたように、パッサカリアによく似た変奏曲様式のアダージョが始まる。この楽章は、ショスタコーヴィチの作品の中で最もドラマティックな音楽である。オスティナートの主題は、ファゴットでまず奏でられる。ファゴットは彼が最も好んだ楽器で、人間の声に代わって語ってくれる楽器として、交響曲第8でも長大なソロ・パートを与えられている。

5楽章 は、 4楽章 からそのまま音楽が中断することなく続く。冒頭の主題は、まるでバルカローレ(舟歌)のようであり、低いバスとハープによって登場し、後からフルートがそれを奏でる。旋律的な第2主題に続き、急に威勢の良いイ長調の舞曲が入っている。哀愁を帯びたその旋律は、明らかにユダヤ音楽の舞曲からとったものである。オスティナートの主題が再度登場し再現部に入ると、今度はイ短調に転調して再び聞こえてくる。そして音楽は、不安定な転調を次々と続けて再びヘ長調に戻り、奥深い和解が表現される。ヘ長調の和音がオスティナートで最後まで続く中、ヴァイオリン群から一本のヴァイオリンが我々に別れを告げる。そして最後にハープによる優しい和音が、編曲によってより明快になったこの作品を締め括る。弦楽四重奏曲第8番に基づいて書かれた室内交響曲は、編曲者の指揮するモスクワ室内管弦楽団によってロンドンで初演され、デイリー・テレグラフ紙はこの初演を「インストゥルメンテーションの勝利」と絶賛している。こうしたバルシャイの才能によって、室内管弦楽団のレパートリーはまたひとつ豊かになったのだ。

 

著:ベルリン「オペンヴェルト」誌より、訳:岡本和子、発行者:ソニー、CD番号:SRCR1675、ルドルフ・バルシャイ指揮水戸室内管弦楽団

 

 

●作品(ジャズ)

 

ジャズ組曲第1

 

1.        ワルツ

2.        ポルカ

3.        フォックストロット

 

ショスタコーヴィチはシリアスな作品を書く一方では、映画音楽劇場のための音楽を好んで書くなど幅広い音楽的興味の持ち主であった。ことに学生時代に知ったジャズには目がなく、それはジャズ演奏家への敬意とも憧れともなってショスタコーヴィチを魅了していた。1930年ショスタコーヴィチはオデッサでレオニード・ウティオソフと彼が率いるティー・ジャズ・オーケストラを知り、大きな刺激を与えられている。ウティオソフはヴァイオリン奏者、アクロバットのショウマン、歌い手、役者といったように幅広い芸を持つ才人であったが、何よりもジャズ演奏家として人気を博していた。ショスタコーヴィチは彼をとても気に入り「私が出会った最も重要な人物。メイエルホルトすらしのばせる。」と激賞しているほどである。

その影響下にショスタコーヴィチは1931年ボードウィルの「不確かな殺人」を書き、皮肉とパロディに溢れた作風で物議を醸し出している。この後ショスタコーヴィチはジャズから一旦は離れるが、ショスタコーヴィチはジャズをただ単にカフェでの楽しみとして隅っこにおくことには我慢がならず、プロフェッショナルの音楽としての可能性を切り開くことに密かな情熱を持ち続けていたのも事実である。そしてジャズ演奏会がレニングラードでコンクールを開催するとすぐに「ジャズ組曲」を書き上げ提出している。これが第1番のジャズ組曲で、ショスタコーヴィチのジャズへの愛着をストレートに表明したものといえよう。それは正確にジャズというよりも軽音楽的で、ショウ的な雰囲気で書かれているが、何よりもユーモラスやウィットに富んでおり、カジュアルなディベルティメントを聴くかのような楽しみを与えるものとなっている。

 

著:諸石幸生、発行者:東芝EMI株式会社、CD番号:TOCE-9469 7243 555601 2 4、マリス・ヤンソンス指揮フィラデルフィア管弦楽団

発行者:ポリドール(グラモフォン)CD番号:POCL1282、リッカルド・シャイー指揮ロイヤル・アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

 

 

ジャズ組曲第2

 

から第4曲「第2ワルツ」

 

これは先の1組曲から4年が経過した1938年に作られたものである。ヴィクトル・クヌシェヴィツキという音楽家が新しく国立のジャズ・オーケストラを組織しているが、彼からの依頼で書かれたのがジャズ組曲第2番である。これは先の組曲とはまた性格を異にしており、より大衆的な娯楽性を持っている。この背景には全国を演奏旅行して人気を博していた赤軍のオーケストラのためのレパートリーとなることを意識しているためと思われる。全部で8曲からなるが、ここで演奏されているのは甘美なノスタルジーに浸らせる「第2ワルツ」である。

 

著:諸石幸生、発行者:東芝EMI株式会社、CD番号:TOCE-9469 7243 555601 2 4、マリス・ヤンソンス指揮フィラデルフィア管弦楽団

発行者:ポリドール(グラモフォン)CD番号:POCL1282、リッカルド・シャイー指揮ロイヤル・アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

 

 

●作品(管弦楽曲)

 

祝典序曲 op.96

 

発行者:日本コロムビア、CD番号:COCO75321、カレル・アンチェル指揮チェコ・フィル

発行者:日本フォノグラム、CD番号:28CD80170、エリック・カンゼル指揮シンシナティ・ポップス管弦楽団

発行者:ソニーミュージックエンターテイメント、CD番号:SRCS8009、ジョン・ウィリアムズ指揮ボストン・ポップス管弦楽団

発行者:ポリグラム(グラモフォン)CD番号:POCL1457、ウラディーミル・アシュケナージ指揮ロイヤル・フィル

発行者:ポリグラム(グラモフォン)CD番号:POCG1797、ミハイル・プレトニョフ指揮ロシア・ナショナル管弦楽団

 

 

タヒチ・トロット op.16

 

ヴィンセント・ユーマンスのミュージカル「ノー、ノー、ナネッテ」の中の収録曲「二人でお茶を」をショスタコーヴィチが僅か40分でオーケストレーションした作品。ショスタコーヴィチの友人で指揮者として後に大成するニコライ・マルコが1982年に彼のアレンジの腕前を試そうと持ちかけたゲームがあったが、ショスタコーヴィチは僅か40分で完成させマルコを驚かせたという。このアレンジは意外にも大ヒットとなり、ショスタコーヴィチは後のバレエ音楽「黄金時代」にも用いている。(2幕の間奏曲)

 

著:諸石幸生、発行者:東芝EMI株式会社、CD番号:TOCE-9469 7243 555601 2 4、マリス・ヤンソンス指揮フィラデルフィア管弦楽団

発行者:ビクター、CD番号:V VICC40054、ゲンナジ・ロジェストヴェンスキー指揮レニングラード・フィル

 

 

スケルツォ嬰ハ短調 op.1

 

発行者:ビクター、CD番号:V VICC400534、ゲンナジ・ロジェストヴェンスキー指揮ソビエト国立文化省交響楽団

 

 

交響組曲「カテリーナ・イズマイロヴァ」

 

発行者:ポニーキャニオン、CD番号:PCCL00356、ウラディーミル・フェドセーエフ指揮モスクワ交響楽団

 

 

●作品(バレエ)

 

バレエ組曲「黄金時代」 op.22a

 

発行者:ポリドール、CD番号:F00L290503、ベルナルト・ハイティンク指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

レオポルド・ストコフスキー指揮シカゴ交響楽団

 

 

バレエ組曲「黄金時代」 op.22a からポルカ

 

ペイジ指揮ニューヨーク・スタジオ交響楽団

 

 

バレエ音楽「黄金時代」 op.22

 

発行者:ポニーキャニオン、CD番号:PCCY20047、モダン・マンドリン・クワルテット

 

 

バレエ音楽「ボルト」 op.27

 

発行者:ポリドール、CD番号:POCL1688、リッカルド・シャイー指揮フィラデルフィア管弦楽団

 

 

●作品(喜歌劇)

 

喜歌劇「モスクワのチェリョムーシカ」 op.105

 

 

編曲:アンドリュー・コーナル

発行者:ポリドール、CD番号:POCL1688、リッカルド・シャイー指揮フィラデルフィア管弦楽団

 

 

●作品(劇付随音楽)

 

劇付随音楽「ハムレット」組曲op.32

 

ゲンナジ・ロジェストヴェンスキー指揮モスクワ・フィル

 

 

●作品(吹奏楽曲)

 

フォーク・ダンス

 

編曲:トーニー・ハンソン

発行者:ポリドール、CD番号:SPS 099CD、インターナショナル・スタッフ・バンド

 

 

●作品(映画音楽)

 

映画「新バビロン」 op.18

 

発行者:ルシアンディスク、CD番号:RDCD11064、ゲンナジ・ロジェストヴェンスキー指揮モスクワ・フィル

発行者:カプリッチョ、CD番号: 103412、ジェームズ・ジャッド指揮ベルリン放送交響楽団

 

 

映画「女ひとり」 op.26

 

 

映画「黄金の山脈」 op.30

 

 

映画「呼応計画」 op.33

 

テープから、サントラより

 

 

映画「司祭と下男バルダの物語」 op.36

 

 

映画「マクシムの青年時代」 op.41

 

 

映画「女友達」 op.41a

 

 

映画「マクシムの帰還」 op.45

 

 

映画「ヴォロチャエフの人々」 op.48

 

 

映画「ヴィヴォグ地区」 op.50

 

 

映画「友達」 op.51

 

 

映画「偉大な市民(第一部) op.45

 

 

映画「銃をとる人」 op.53

 

 

映画「偉大な市民(第二部) op.55

 

 

映画「愚かな子鼠」 op.56

 

 

映画「第五地区通行証」 op.59

 

 

映画「ゾーヤ」 op.64

 

 

映画「平凡な人々」 op.71

 

 

映画「ピロゾフ(日本名「先駆者の道」) op.76

 

 

映画「若き親衛隊」 op.75

 

 

映画「イヴァン・ミチューリン」 op.78

 

 

映画「エルベの邂逅」 op.80

 

 

映画「ベルリン陥落」 op.82

 

 

映画「ヴィッサリオン・ベリンスキー」 op.85

 

 

映画「忘れがたき1919年」 op.89

 

 

映画「団結(外国名「大いなる川の歌」) op.95

 

 

映画「馬あぶ」 op.97

 

発行者:ポリドール、CD番号:POCL1688、リッカルド・シャイー指揮フィラデルフィア管弦楽団

 

 

映画「第一梯団」 op.99

 

 

映画「五日五夜」 op.111

 

 

映画「ハムレット」 op.116

 

 

映画「生涯をかけた一年」 op.120

 

 

映画「カール・マルクス」

 

 

映画「ソフィア・ペロスカヤ」 op.132

 

 

映画「リア王」 op.137

 

発行者:CO-カプリッチョ、ユロフスキー指揮ベルリン放送交響楽団、CD番号:COCO-78713

 

 

映画「戦艦ポチョムキン」

 

発行者:メロディア、CD番号:不明、サントラより

 

 

●作品(人形芝居)

 

ラヨーク(「スリコ」のメロディーにて )

 

内容(一部抜粋)

 

スターリン   「同志諸君。」

人民的(・・・)作曲家は常にリアリズムの音楽を書く。」

「一方、反人民的(・・・・)作曲家は常に形式主義の音楽を書くものだ。」

形式主義の音楽によるいかがわしい実験の数々を禁じなければならない。」

ジダーノフ   「コーカサスの舞曲レズギンカは大衆的でコーカサス的で本物であるべきだ。」

「そう、絶対に本物だ。」(繰り返し2回)

ウォロシーロフ 「科学的な見解だ。深遠な考察に満ちている。」

 

NHK教育より

発行者:キング(セゾン・ルス)CD番号:KKCC276

 

 

●皮肉

 

「乾杯しようじゃないか。一向に良くならない暮らしを祝って。」

 

発言者:ショスタコーヴィチ〔他の人が肩代わり〕

 

「ポケットに手を突っ込んで、『この手見えるかい。』と言って、中で舌を出してあざ笑っている。実に皮肉な作品です。」

 

発言者:トルストイ(作曲家)

 

NHK教育より

 

 

●指揮者・演奏者等について

 

●ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ (CD番号:WPCC5859 4509-90849-2)

●エリアフ・インバル (CD番号:COCO-75719)

●ウラディーミル・フェドセーエフ (CD番号:PCCL00351)

 

 

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