沖縄県知事選挙。(沖縄タイムス)。


沖縄タイムス


<1998年11月15日>県知事選きょう投票
<1998年11月16日 朝刊 1面>保守、8年ぶり県政奪還
<1998年11月16日 朝刊 1面>政府の反応、県との対話に希望
<1998年11月16日>新知事に稲嶺氏
<1998年11月16日 夕刊 1面>沖縄政策協を早期に再開
<1998年11月16日 夕刊 4面>基地縮小の努力必要
<1998年11月16日 夕刊 5面>「精いっぱい仕事したい」
<1998年11月16日 夕刊 5面>「問題山積、先が見えない」
<1998年11月16日 夕刊 5面>期待と不安が交錯−八重山

<1998年11月15日>県知事選きょう投票

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進路決める一票の重み

基地移設先に明確な違い

 任期満了に伴う県知事選は、きょう投票、即日開票される。事実上の一騎打ちとなった大田昌秀、稲嶺恵一両候補とも告示後、十七日間の選挙運動で政策を訴え切り、審判を待つばかりとなった。

 全県の有権者九十四万五千四百十九人が、どのような判断を下すのか注目される。

 四年に一度の知事選とはいえ、「基地」と「経済」が争点となった今回の選挙は、文字通りこの二つの問題を中心に極めて重要な意味を持つ。

 一九九六年十二月の日米特別行動委員会(SACO)の最終報告で、米軍普天間飛行場返還と海上基地建設が合意された後、相次いで行われた名護市民投票、名護市長選に続き、県民の意思があらためて示される場となる。同時に、経済振興・不況対策をめぐり、県民自らの意思で二十一世紀への橋渡し役を託す知事を選ぶことになるからだ。

 普天間飛行場の移設先について、大田候補はグアム、ハワイなど海外を含めた県外移設を主張。稲嶺候補は本島北部の陸上に新空港を建設し、十五年間を限度に軍民共用とする案を提示している。ともに基地の整理・縮小については「計画的、段階的に進めるべき」としており、その点では共通している。明確な違いは、県外移設か県内移設かである。それが今回の選挙戦の争点となった。

 両候補とも海上基地建設には反対であることから、日本政府も同構想の見直しを表明した。つまり、選挙結果を受けた新知事の下で、普天間飛行場の移設先をめぐる国と県の調整が再スタートすることになる。その意味で選挙結果には、日本政府はもとより米政府も多大な関心を払っている。

 それだけに県外移設か県内移設かをめぐって県民が下す判断は、今後の基地問題の在り方を左右しかねないほど重要な意味を持っている。

 日米安保の根幹は「沖縄の基地を抜きにしては考えられない」のが日米両政府の主張だが、しかし、もはや県民の意思を重視しなければ日米安保を遂行できない状況になっている。

 一方、二十一世紀の沖縄の将来像ともかかわり経済振興の課題も、有権者に重くのしかかっている。

 長引く不況の中、県内の完全失業率は九・二%と過去最悪。選挙戦では産業振興、雇用創出などの問題が、これまで以上に問われてきた。

政府の無理なリンク姿勢

 三選を目指す大田候補は、「平和・共生・自立」を基本に、企業誘致や公共事業の県内発注率の高さ、県産品の販路拡大など二期八年の実績を強調。国際都市形成構想の実現やマルチメディア産業の育成などに力点を置いている。

 稲嶺候補は、普天間飛行場の移設先をめぐる国と県の対立で「沖縄政策協議会の場に出そろった振興策が凍結状態になった」として大田候補の経済策を批判。冷却化した政府との関係改善による不況対策推進をアピールし、失業・雇用問題克服に新法制定などを唱えている。

 両候補いずれの訴えにも、県経済の閉塞(へいそく)状況を打開しようとの強い決意が込められている。

 経済振興策では、国の支援が欠かせないのは言うまでもない。それを着実に進めていくためには、政府と県が話し合いを重ね、信頼感を強めていくことが必要だろう。だが、政府はこれまで基地問題と振興策をリンクさせる姿勢を示してきた。そこに大きな亀裂が生じている。

 県民にとって、基地は戦後からひきずってきた問題であり、そこから派生する事柄のほとんどが県民と直接身近にかかわってきた。その点では一地域の問題でしかない。ところが振興策は全国的な視点で策定されるべきものであり、一県の枠にとどまる問題ではないはずだ。このような違いがありながら基地と経済をリンクさせること自体に無理がある。

悔いを残さない一票を

 特に全国的な不況で財政難にあえぐ自治体が増えつつある状況下で沖縄だけを優先した振興策がどれだけ図れるのか疑問である。

 「いのち」と「くらし」は二律背反するものではないが、きょうは、そのどちらかに比重を置いた選択をしなければならい。そのような矛盾を国から押しつけられた選挙ともいえる。

 これからは、地方自治体の役割が一層重要になってくる。地方自治体は単なる政府の下部機関ではなく、国際社会の中における独自の存在意義をますます高めていくだろう。

 今回の選挙は、地方自治の主体性をどのように形成していくかも問われている。大田、稲嶺両候補とも、沖縄から中央の政治を変えるべく基地と経済を基軸に政策論争を展開してきた。

 われわれも広く長い視野と見識で、活力と誇れる県づくりに参画しなければならない。そのために悔いを残さない一票を投じることが有権者の責務である。


 

<1998年11月16日 朝刊 1面>保守、8年ぶり県政奪還

to the top   大田氏に3万7千票差

得票数(選管最終)
稲嶺恵一氏 374,833票
大田昌秀氏 337,369票
又吉光雄氏 2,649票

投票総数 719,159票、無効票4,233票、不受理等75票、投票率76.54%

 第八回県知事選挙は十五日投票が行われ、即日開票の結果、新人で県経営者協会特別顧問の稲嶺恵一氏(65)=自民、新進沖縄、スポーツ平和推薦=が三十七万四千八百三十三票を獲得し、現職で三期目を目指す大田昌秀氏(73)=社民、社大、共産、民主、自由連合、新社会推薦=に三万七千四百六十四票の大差をつけ初当選を果たした。経済界に推され出馬した稲嶺氏は「経済振興」をメーンに訴え、不況克服への期待票を集めた。自民党を軸とする保守陣営は一致結束し、八年ぶりに悲願の県政奪還に成功。一方の革新陣営は公明党が単独支持から距離を置いたことも含め、「結集軸」となる革新県政を失った打撃は計り知れない。政府との関係修復を強調する稲嶺氏の当選により、振興策などの協議は急展開を見せる。投票率は七六・五四%で、関心の高さを反映し前回の六二・五四%を一四ポイント上回った。

 今選挙は経済振興の方法と普天間飛行場の移設先を大きな争点に展開された。稲嶺氏は「政府との関係修復による経済振興策」を訴え、普天間飛行場については「北部の陸上に軍民共用空港」との政策を打ち出した。これに対し大田氏は、本土や国外への「県外移設」を主張した。

 稲嶺氏は、不況の原因を「県政不況」として大田県政の失政だと訴え、景気浮揚を望む有権者に支持を広げた。企業の集中する那覇市での積極的な取り組みと振興策の訴えが奏功し、革新地盤で健闘した。

 稲嶺陣営は、擁立から経済界が主導し「県民党」を標ぼう。保守政党や県議会の中間会派、中道勢力、革新の一部まで取り込んだ枠組みを構築した。労組の友愛会、農政推進協が稲嶺支持に回り、実質自主投票となった公明党の支持層の、半数近くを取り込んだ。

 また稲嶺陣営は、出馬表明から約二カ月半の短期間ながら、企業を中心に各種団体を巻き込んだ多彩な運動を展開し、運動量で相手陣営を上回った。

 一方、大田氏は、基地問題解決と経済振興を中心に訴えた。しかし、政府との関係悪化によって各種振興策の協議が停滞。さらに経済振興に有権者の関心が移っていく中で、「県外移設」の訴えはかすんだ。同陣営は社民、社大、共産の革新三党を軸に、労組が運動の主体となったが、那覇軍港の移設問題では足並みが乱れた。また運動面で後れを取り、先行した稲嶺陣営の切り崩しにあった。

 稲嶺氏の当選により、沖縄政策協議会は時間を置かず再開されることが予想される。ただ、普天間代替施設の陸上案については反対運動が根強いことから、実現の見通しは不透明だ。

 又吉光雄氏(54)は訴えが浸透しなかった。

勝者の弁

 稲嶺恵一氏の話 この勝利は、私だけでなく県政の流れを変えようとした皆の勝利だ。まずは緊急対策として経済振興策を具体的に一歩でも前に進めていきたい。政府にも早急に会談を申し入れる。若い人たちの失業問題に積極的に取り組みながら、棚上げされている諸問題を具体的に進めたい。最も苦労を強いられている中小企業対策も手を打つ。

敗者の弁

 大田昌秀氏 これまで私を支えてくれた後援会や一般の皆さんが一生懸命やってくれたが、申し訳なく思っている。稲嶺さんには頑張ってもらうしかないが、私の判断では県内に新しい基地を造るのは不可能。(新知事には)米側とも積極的に話し合うなど県民の意向を十分に伝えないと混乱が起きる。厳しい経済状況の中で、経済問題も一生懸命やってきたが浸透しなかったことは残念だ。

<1998年11月16日 朝刊 1面>政府の反応、県との対話に希望

to the top   新知事誕生を歓迎

 基地問題には現実的対応で臨みたい―とする稲嶺新知事誕生に政府・自民党は歓迎の意向を見せている。普天間飛行場の返還問題で暗礁に乗り上げた県と政府の対話に希望が見えたことと、海上ヘリ基地案に代わる構想を十五年の期限付きながら「県内移設」容認の姿勢を打ち出しているからだ。

 政府は選挙戦も終盤に入った十二日、小渕恵三首相と野中広務官房長官が稲嶺、大田両候補が海上ヘリ基地に反対していることを理由に「同構想見直し」を表明。「選挙結果を見た上で新知事の公約に基づき県側と協議したい」(野中官房長官)と話していた。

 稲嶺氏の当選で政府内には早くも、暗礁に乗り上げている普天間飛行場返還問題解決への期待が高まっている。だが、代替基地として稲嶺氏が公約で掲げた「北部に十五年期限付きの軍民共用空港」という県内移設先の問題が解決しなければ一歩も進まないのも事実。

 政府部内にある「国策に協力してくれれば予算で配慮する」という意見は、日米安保条約の根幹にかかわる“米軍基地”(大田知事)より県民は“経済問題”(稲嶺氏)を選んだとする期待通りの結果への喜びを表していると言えよう。

 しかし、経済優先策を通した稲嶺氏の当選で、「沖縄問題、いわゆる基地問題の解決」という戦後県民が抱え続けてきた願望を見誤ると、政府の沖縄施策がこれまで同様暗礁に乗り上げる恐れもあり、政府の対応が注目される。

<1998年11月16日>新知事に稲嶺氏

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有権者の閉塞感に訴え

締まったバルブ論が奏功

 きのう投開票された知事選で、新人の稲嶺恵一氏が当選した。現職で三期目を目指した大田昌秀氏は敗れた。

 県民は、行き詰まっている普天間飛行場問題の解決と、出口が見えない不況の打開を稲嶺氏に託したわけだ。

 今の閉塞(へいそく)状況をなんとかしなければという思いが、より多くの有権者の一票につながったのだろう。

 そんな状況を反映、基地問題と経済振興策が最大の争点になったのは言うまでもない。

 稲嶺氏は、出馬の理由を「現在の沖縄は基地、経済問題ともこう着状態で、閉塞感が強い。これを打破し、県民の不安をなくすることが切実な課題だ」と説明した。

 現状を打開するために強調されたのが政府との協調姿勢であり、政策も政府との信頼関係を基軸に組み立てられたと見ていいだろう。

 焦点の海上基地問題では稲嶺氏も反対を表明したため、争点にならなかった。

 しかし、海上基地に代わる普天間飛行場の代替施設を北部の陸上に建設させるという県内受け入れ案は、県外移設を強く主張する大田氏と真っ向から対立するものであった。

 稲嶺氏の提案は、北部のどこかの陸上部に一定期間(最長十五年)に限定して軍民共用の空港を建設し、臨空港型の産業を配置するというものである。

 だが、地域をどこにするのか、軍民共用の期間を十五年にするという保証は得られるのか、危険性はないのか―という点など、不透明な部分が多い。

 稲嶺氏は、「当該市町村との協議は当然重要だ」とし、今後コンセンサスを得ながら進めていきたいとしているが、基地に反対してきた県内の大衆運動の歴史を見ても、新たな基地建設が容易でないことは十分予測されることだ。

 もう一つの争点であった不況対策や経済振興策では、大田氏との間に大きな違いがあったわけではない。

 ただ、現実に沖縄政策協という太いパイプが敷かれ、タンクは沖縄振興策というプロジェクトで満タンになっているのに、バルブは締まったままではないか―という比ゆは、有権者に訴えるものがあったに違いない。

 本社と朝日新聞社の世論調査で、一番重視する問題として「基地問題」より「経済振興」を挙げた人が多かったことも、緊急な不況対策や経済振興に対する関心が高かったことを示している。

疑問点が多い軍民共用案

 稲嶺氏は政府との協調姿勢を基軸に、問題解決に当たる姿勢を強調した。政府も稲嶺氏の当選に期待していたし、政府と県の関係は修復されるだろう。締まっていたバルブも開き、各種プロジェクトも動き出すかもしれない。

 半面、普天間飛行場の返還作業が本当に動き出し、基地の整理・縮小に向かうかどうかは、疑問が残る。

 稲嶺氏は、海上基地に代わる代替施設の県内移設を受け入れ、基地の整理・縮小は日米特別行動委員会(SACO)の合意を実現させることで段階的に進めるべきだと主張した。

 けれども、稲嶺氏が提案した北部陸上案が簡単に実現するとは思えない。移設先の反対が予想されるばかりではない。政府も大田、稲嶺両氏が海上基地に反対したことで海上案見直しの意向を表明したが、具体的な案があるわけではない。むしろ、陸上案を困難視する見方が多いのではないだろうか。海上案に至る経過からみても、そう考えざるを得ない。

 となると、普天間返還の実現は移設先をめぐって難航、現状と何ら変わらなくなるという恐れもある。

 私たちは、基本的に、県内移設では県内の基地の整理・縮小にはつながらないと考えている。都市部から北部に移設しても、米軍基地が県内に集中、安保を県民が過重に負担する実態は変わらないからだ。

基地政策を見直すべきだ

 今回の選挙は、一九九五年の米兵による暴行事件と大田知事の代理署名拒否をきっかけに、激しく揺れ動いたこの三年間を総括、二十一世紀の沖縄をどう展望するかが問われた選挙でもあった。

 選挙結果からみれば、県民は経済振興を優先し、基地の県内移設を容認する現実的対応をしたことになる。

 だが、世論調査では六五%が普天間飛行場の移設先を県外に求め、同じように六五%がSACO合意の見直しを求めていることも重視すべきである。

 稲嶺氏が基地の整理・縮小を求め、海上基地に反対、また、軍民共用の空港への移設期限を十五年に限定したのも、そうした県民世論を踏まえたからだろう。

 それだけに、政府は県民世論を見誤るべきではない。この際、三年前の原点に戻るべきだ。それは、県民の過重な負担を軽減することであった。そのためには、県外移設を視野に入れた基地政策の本格的な見直しが必要だ。


<1998年11月16日 夕刊 1面>沖縄政策協を早期に再開

to the top 稲嶺氏と豊平社長が対談

 県知事選で当選した稲嶺恵一氏(65)は十六日午前、沖縄タイムス社を訪れ、豊平良一社長(主筆)のインタビューに「カンフル剤としての緊急対策を講じるために、長期的に沖縄経済を良くする“稼げる仕組み”を作るために、政府とすぐに交渉に入る」と述べ、昨年十一月以来中断している沖縄政策協議会を就任早々にも再開させ、各種振興策を早急に引き出す考えを示した。就任後の作業をスムーズに進めるため、十七日にも政府筋との事前折衝を始める意向。来月十日の就任を待たず、できれば今週中にも上京する―との考えを明らかにした。

 選挙戦で、最大の焦点になった経済振興策については、公約に掲げた沖縄経済新法策定の考えをあらためて強調。「今までの法律で基地跡地利用をやるには限界がある。三次振計、復帰特措法のいい点は残しつつ、軍転法や自由貿易地域制度も含め、幅を広げて考えていく」と述べた。

 産業振興や雇用対策については、「雇用対策の委員会などをいくつ設けても、ニュービジネスを作らない限り、雇用は生まれない。しかし、それには時間がかかるので、当面はカンフル剤として仕事をいくつか持ってくるなど、もう一度よく考えたい」と述べた。若者の雇用対策として、海外への人材派遣構想および、沖縄米軍基地所在市町村に関する懇談会(島田懇)のチーム未来を例示。「県の施策に若者の意見を反映させるよう、若い人に自由に発言させる場を作りたい」との考えを示した。

 普天間飛行場の代替施設として政策に掲げた北部への軍民共用空港については、「軍民でなく、民にウエートを置いた“民軍空港”。将来、県民の財産になるよう、あくまでも北部振興や臨空型産業などとセットで考えている」と強調。場所については「いっぱい出ているが、具体的には何も聞いていない」と、場所は特定していないことを繰り返し、あくまでも地域住民との話し合いに基づいて進める考えを表明した。

 三役人事については、現段階でまったく構想していないとし、「多くの人から公平に話を聞き、最適任者を選ぶ。年功序列、性別、勤続年数などは基本的に考えず、有能な人材を適材適所で使うことをポイントに考える」と述べ、地域バランスなどは一切考慮しないと明言した。

15年の期限付き
共用空港で稲嶺氏

 稲嶺恵一氏は十六日午前、那覇市内のホテルで共同記者会見し、普天間飛行場返還の代替施設として十五年の期限付きの軍民共用空港の北部陸上案について、「完成してから十五年であり、こちら(沖縄)とあちら(政府)のぎりぎりの接点と考える。あくまで十五年でいきたい」と述べ、完成後十五年の限定共用空港との考えをあらためて強調した。

 那覇軍港の浦添移設問題は現在の那覇港湾の計画では不十分だとし、「ベースポートでなければだめだ。浦添移設は全県民的な合意を得た上で、大那覇港湾をつくる。その一部を米軍に使用させる」との考えを表明した。

<1998年11月16日 夕刊 4面>基地縮小の努力必要

to the top   高齢者が安心できる環境を

 県民が選んだのは、新しい風だった。稲嶺さんの前には基地に経済と難問が立ちふさがっている。それぞれの地域で、それぞれの立場で新しい知事に何を望むのか。県民に聞いた。

新石垣空港を早めに造って
美佐志吉男さん(36)

 八重山振興のため、一番の願いは新石垣空港を早く造ってほしい。公共工事を地元の業者に優先発注すれば、地域の経済も改善されると思う。基地問題も縮小に向け努力が必要。中央の言いなりにだけはならないでほしい。(石垣市・自営業)

村おこし活動支援がほしい
 仲嶺真文さん(37)

 村おこしのために活動している地域の小さなグループに、もっと目を向けてほしい。活動内容などが分かるようなネットワークを行政の力でつくれないだろうか。そうなればいろいろな情報交換も可能になると思う。(東村・農業)

社会的弱者が住める環境を
平良節子さん(64)

 体が不自由な兄が施設に入居を申し込んでも、希望者が多く入れない。郊外だけが発展し地域の商店が次々とつぶれている。車のない私たちは取り残されていく気持ちだ。高齢者が安心して住める環境をつくってほしい。(沖縄市・洋裁店勤務)

普天間基地は県外がベスト
仲村豊さん(26)

 大田さんは基地問題が一番だったが、稲嶺さんは経済対策など身近な問題を訴えたのがよかった。普天間基地は県外移設がベストで、早く返還してほしい。稲嶺さんなら返還も実現してくれると思う。大いに期待している。(宜野湾市・会社員)

取り組んでよ基地騒音問題
上原真希子さん(26)

 小さい子どもに影響があると聞いたので、基地の騒音問題に取り組んでほしい。周囲を見ていると職がなく、ぶらぶらしている人が多いので、若者や働きたい年配の人の雇用の場を増やしてほしい。(浦添市・アルバイト)

経済対策など公約は守って
我那覇健さん(60)

 県内に新たな基地をつくって、普天間の返還を実現するというのが、本当にできるのか。反対もあるだろうから、地元の人としっかり話し合うことが大切。経済対策も政府の力を借りながら、公約をまもってほしい。(那覇市、自営業)

国際的な感覚生かす政治を
友利敏子さん(52)

 稲嶺さんの国際的な感覚を生かして、平和と経済、開発と環境のバランスを取ってやってほしい。離島ではまだまだ農業や産業の基盤が弱い。離島振興のためにも農業など保護すべき部分は保護できるよう考えてほしい(平良市、会社役員)

<1998年11月16日 夕刊 5面>「精いっぱい仕事したい」

to the top 一夜明け稲嶺さん

 県知事選に当選した稲嶺恵一さんは、早くも十六日朝から、各方面のあいさつ回りを始めた。県政の新たなかじ取り。その大役に決まった実感は「まだない」と言いながら、知事の「重み」は、すでに感じ始めている。「稲嶺県政」スタートまで三週間余。普天間飛行場や那覇軍港の移設問題、高い失業率への対策、経済振興策。沖縄が抱える課題は多い。

 「当確が出た時点から、いったい何がどうなったか、覚えていない。しかし知事の重みは、感じています」。稲嶺恵一さんは十六日朝、那覇市内の自宅で、県知事選当選の感想を述べた。一夜明けての実感を「ない」と答えつつも、「精いっぱい仕事をしたい」と語った。

 稲嶺さんは昨晩、テレビに出演してから、同市内のホテルで午前二時ごろ床に就いた。起きたのは五時ごろ。疲れた様子は見られず、取り囲んだカメラマンの注文に応じて、新聞を広げて読んでみせたり、孫を両わきに抱えて笑ったりと、元気に振る舞った。

 「今はただ、皆さんに感謝しているだけです」。選挙戦を振り返り、支持者へのお礼の言葉も。

 「一番大きなのはやはり、経済問題。一歩でも前進させないと、裏切ることになる」。選挙戦で訴えてきた施策について問われると、きっぱりと答えた。

 「あんなにカメラに囲まれたのは、生まれて初めてだったよ」。「体は丈夫。選挙期間中は入院したなんてうわさも出ましたけど」。時間がたつにつれ、当選の喜びがにじんできた。独特の口調で、冗談が口をついてきた。

 「やっとゴールにたどり着いた、という感じ。しかし、重みも感じている。これからが、もっと大変だと思う」。最後に感想をもう一度聞かれ、「重み」という言葉を繰り返した。

<1998年11月16日 夕刊 5面>「問題山積、先が見えない」

to the top   県庁職員、戸惑いの声

 大田知事敗北から一夜明けた県庁は十六日午前、職員らが通常通り出勤するなどいつもと変わらない様子。ただ、知事交代によって県政のスタンスが大きく変わることが予想されるだけに、職員の間からは「基地問題や経済振興など、難しい問題が山積しており、これからどうなっていくのか。先が見えない」と戸惑いの声も漏れた。

 大田知事は午前中、知事公舎にこもり登庁しなかった。午前九時すぎに姿を見せた宮平洋、東門美津子の両副知事はいずれも沈痛な面持ち。宮平副知事は待ち受けた記者団に「負けたので何も話すことはありません」とだけ語り、部屋に入った。

 また、遅れて午前九時半ごろに登庁した山内徳信出納長は「いったん土俵に上がった普天間飛行場の返還を土俵の外に落としてしまったと思う。これだけは残念」。言葉の端々に悔しさがにじんだ。

 庁内各課では職員が平常通りの業務。知事選の結果を伝える朝刊に目を通す職員や職員同士でひそひそ話をする光景も見られた。

 その後、午前十時すぎから、山内出納長、新垣徳盛政策調整監や幹部が宮平副知事室に入り、今後の対応が協議された。

<1998年11月16日 夕刊 5面>期待と不安が交錯−八重山

to the top    十五日に投開票された県知事選と県議補選(石垣市区)で、保守系候補が勝利を収め、新石垣空港で揺れる八重山では早期着工への期待と不安が交錯している。計画が進む石垣市宮良の反対地権者らは「白紙撤回への弾みになる」と歓迎、宮良案賛成派は「早期着工が遠のく」と懸念している。

 県議に返り咲いた伊良皆高吉氏(60)は、宮良建設を主張した革新候補と最後まで競り合い、百一票の小差で勝利した。伊良皆氏は「宮良案の不当性を一貫して主張した私の主張が支持された結果。稲嶺さんと協力し、住民合意の得られる宮良以外の場所で早期建設を目指す」と話し、新たな建設地模索に意欲をのぞかせた。

 伊良皆氏の当選に加え、大田県政の選定手法を批判した稲嶺氏の勝利を受け、反対地権者の会の崎原隆会長は「国は宮良に難色を示しており、稲嶺さんが知事になり、白紙撤回に向けたパイプがつながる。われわれを支えてきた伊良皆さんの当選は、今後の運動の弾みになる」と、期待を寄せた。

 一方、宮良推進派の前野尚史市議は「三次振計の終了が迫っており、行政は早期着工の近道である宮良での計画を継続してほしい。県民、市民が何を望んでいるのか、冷静に判断してもらいたい」と話している。



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