いろんなことがあった70年代は日本ではフォークブームの真っ最中だったと
 思われていますが実は日本のロックの夜明けだったのです。
 MCまで英語でするバンド。ドアーズみたいなマスカキバンド。
大阪弁バンド。 博多弁バンド。
 キャデラックでタバコ買いにいくために始めたバンド。
シェケナベイベなバンド。  
 当時ギンザ・ナウ、リブ・ヤングをマジに見ていた
 少年少女のなれのはてのみんな、お待ちどうさま。昔を思い出してちょうだい。

Japan Rock 人脈図

  はっぴいえんど・ムーンライダース編
ミカバン・関西ロック編
クリエイション・フラトラ・キャロル編
カルメンマキ・四人囃子編



アイドル・ワイルド・サウス
安全バンド
イエロー
ウイーピング・ハープ・セノオ&ヒズ・ローラー・コースター
内田裕也と1819ロックンロールバンド
金子マリ&バックス・バニー
北京一とソー・バッド・レビュー
センチメンタル・シティ・ロマンス
久保田麻琴と夕焼け楽団
外道
めんたんぴん
コスモス・ファクトリー
サンハウス
シュガー・ベイブ
頭脳警察
ダウン・タウン・ブギウギ・バンド
トランザム
BOW・WOW
はっぴいえんど
ハリマオ
ハルオフォン
バッド・ボーイズ
ボビー&リトルマギー
Men Tan Pin
ルージュ
ファニー・カンパニー
フラワー・トラベリング・バンド
ムーンライダース
喜納昌吉&チャンプルーズ
憂歌団
サンハウス

コンディショングリーン
Y.M.O

クリエイション

サウスポーのベースの松本氏がぬけて、キーボードが加入した
後期クリエイション。ギターもレスポールからテレキャスに
このころのはジャズっぽいサウンドがは流行っていてクリエイション
もフュージョン版スピニングトウホールドなんかを演奏してたが
俺は1枚目のアルバムのプリティスーとかタバコロードなんかを
コピーしてた。  はじめて見たのは日比谷野音で、
もちろん「トリ」で、銀ラメのマークボランみたいなスーツにロンドン
ブーツでMCは英語でやってた。
当時、なめらかな速弾きをするギタリストは竹田氏だけだったもんな。
パッパラルディとのレコードもコピーしてた。
とにかく竹田氏とクラプトンはよくコピーした。
96年大晦日のSHOWではJEFFS BOOGIE演奏してたぞ。

キャロル

この映像にはジョニー大倉の姿が見えない。たぶん失踪中だったのかな。
永ちゃんもリーゼントの髪が長いし、ベースもフェンダーだから
きっと解散に近いころだな、たぶん。
キャロルをはじめて見たのはギンザナウだかリブヤング
で、そのTVをミッキーカーチス氏と内田裕也氏が見ていて
タッチの差でミッキーカーチス氏が先にコネクトして、デビュー
となったと記憶している。
ステージは1回しか見ていないのだが、観客が異様な興奮状態となり
トランス状態でステージにかけ昇った兄ちゃんは、ステージ袖に控える
ボディーガード様達によって次々に舞台裏に引きずって行かれるのでした。
少年の私はそれはビビリまくっていたのはいうまでもありません。

四人ばやし

知ってる人は知っているが、写真のコラムにあるように
ピンク・フロイドには全然似ていません。
俺は1回だけ後楽園球場で紫とかハルオフォンとかと一緒に見たが
悪いけどあまり記憶に残っていない。
森園氏の脱退後のプリンテッド・ジェリーというアルバムは好だった。
当時、俺の先輩の北さんが四人ばやしのライブでドラムの岡井大二に
彼女をナンパされそうになったと言って怒っていた。
森園氏は数年前、日テレの深夜番組でジョニー吉永、金子マリなんかと
セッションバンドをやってるのを見たがサウンドに磨きがかかって
かっこよかったぞ。

RCサクセション

1980年ごろちょうどギンギンのロックに転向したばかり
の時に、ジョニー、ルイス&チャーの対バン(前座)で見て
あまりのカッコ良さにその後10年ぐらいチャーがきらいになった。
ところで俺の先輩のアリちゃんはキヨシローと中学の同級生だったらしい。
中学時代はどちらかというと暗い性格だったと聞いている。
初期のパーカッションの三浦友和は中学が違ったので知らないと
アリちゃんは言ってている。
そして、もう一人の先輩のナっさんはパンクラスギタリストの
石田長生と同級生だったらしい。彼の幼少時代のニックネームは
「オニギリ」だそうだ。理由は三角形だから。
キヨシローの一番痛快だったのはタイマーズでの
夜のヒットパレード生放送ぶっこわし事件。
ビデオとっとけばよかった。

スペクトラム

ショーアップしたステージとファンキーなブラスロックで
おなじみのスペクトラムは、今なら米米クラブなんかのよ
きライバルになったでしょうが、当時は早すぎたのかもね
人数も多いしステージや衣装もハデハデだったからずいぶ
んとお金もかかったと思います。踊りながらトランペット
をくるくる回転させるアクションやギター、ベースを1回
転させるアクションは、ずいぶん練習したのでしょう。 
カッコよかったです。

アナーキー

詳しいデータがないのでよくわからないのだが70年代の終わりごろの
デビューだと思う。新宿ロフトなんかによくでてたが、TVに出るように
なって人気がでてきて、そんなときにメンバーが傷害事件を起こして解
散となったと記憶している。しかし彼等のパンクスピリットは本物だと
今でも確信している。パンクロックは趣味ではないが、今はやりの歌謡
ロックやオマヌケ日本語ラップよりか数百倍いいと思う。

サディスティックミカバンド

ミカバンはメンバーチェンジが激しくベースは小原氏から細野氏そして
後藤氏にチェンジ。ギターは時々、永井@バックスバニー氏
ちなみに最初のドラムはつのだ☆ヒロ氏です 
  from TELECOM SOUNDS さん どうも
加藤和彦氏といえばフォーク時代、アコースティックギターの
弦を切らずに、顔のすぐ横あたりでユッサユッサ動いてるのが
カッコ良かった。今でも同じことをしてみたいけど、どのメーカー
の弦を使えばいいのか。みんな短いんだよね。
あと、おしゃれな曲名がイカしてた「おさんばさんのサンバ」
「ファンキー”かきぬま”マージャン」
当時ロンドンに何度も行ってレコーディングしていたのだが、あるとき
ミカさんがロンドンから帰ってこないので解散、と記憶している。

ウエストロードブルースバンド

関西の硬派バンド。ボーカル永井”ホトケ”隆のコテコテのMCと
ボーカルのカッコ良さのバランスが関西系ロックブームの原点か。
塩次氏は完成度の高い計算されたギターと山岸氏の歯並びはすごい。
山岸氏の次のバンド”ソーバッドレビュー”ではジミヘン”ウッド
ストック+モンタレー”バージョンのギターソロに恍惚としたは
自分であります。

ゴダイゴ

レースのブラウスやらスモークやら
ゴダイゴの「新創世記」の中の曲をコピーしたことがある。
組曲の中の1曲で2分程の短い曲だが、アップテンポのハーモニー
ビッシリのなかなかイカした曲だった。
ゴダイゴは歌謡ロックと認識される人が多いと思うが、それは違うぞ。
70年代の日本のロックのアルバムの中で今聞いて
一番違和感なく聞けるはずだ。それって結構スゴクないかな。
ベースのスティーブは地元のアマチュアバンドコンテストの審査員に来て
アマチュア達に突っ込みまくって、みんな泣きそうになってた。
彼はキリスト教の伝道師になったと聞いている。

キャプテンひろ&スペースバンド

メンバーは吉野藤丸(ギター)、四方義朗(ベース)、今井裕(キーボード)
フライドエッグ解散後 つのだ☆ひろ が作ったスペースバンドは
フライドエッグとは180度違うカテゴリーのポップス路線
メンバーを見ると、時代を先取りしたフュージョンでもやりそうだけど
ちがった。
衣装がめちゃめちゃ派手だった。
でっかい星がトレードマークだったかな。

モップス

鈴木ヒロミツの後ろのアンプはフェンダーかな。
モップスは1970年ごろ日本テレビの深夜番組でレギュラーやってた
たしかシャボン玉ホリデーみたいな番組だった。
御意見無用(いいじゃないか)、月光仮面なんかを毎週聞いてた記憶がある。
GSからロックとフォークに大きく流れていったこの時代はフラトラとか
モップスとかオリジナリティあふれるバンドがパワフルに活躍していた。
洋楽のパクリばっかりつくってる誰か達は、彼等のチャレンジとオリジナリティ
をもう一度聞き直したほうがいいぞ。

上田正樹とSouth to South

立川の旧米軍キャンプで1回だけライブを見た。
そのときの対バンは外道、アンルイス、クリエイション
久保田真琴と夕焼け楽団、それにへたくそな米軍バンド。
だけど米軍バンドのやったロックンロールフーチークー
とアンルイスのコカインがかっこよかった。
クリエイションの竹田和夫氏と自分の着ていたCoca-Cola
のTシャツがおそろいだった。
さてサウスであるが、最初は上田正樹と有山淳司のアンプラグド
ブルースショーを30分ぐらい。それから後半はファンクショー
上田正樹はホテルの浴衣をちょん切ったのに白ジーンズ
なつかしいなあ....
帰りの中央線では上田正樹とサウスのメンバー全員私たちと
同じ電車で帰りました。いい時代だったな。

カルメン・マキ&オズ

カルメン・マキ&オズ はデビューコンサートを神田の久保講堂だか
共立(?)講堂だかに見に行った。
この映像はキーボードにイエローからラッキー川崎氏が加入した後のもの。
カセットを隠し持ってステージをバッチリ録音したのだが
あいにくテープは誰が持っているのやら。コンサートで
知り合った美人2人姉妹の電話番号が入ってるはずなのに。
ステージはというとベースソロのディストーションとマキの雄叫びにつきる。
欧米のどのバンドにも似てないホントの日本のバンド。
好きな曲は”崩壊の前日”

SHIGEO ROLLOVER

ECもSRVもJBもあこがれたJIMIに最も近づいたバンドがSHIGEO ROLLOVER。
5年くらい前、吉祥寺のマンダラでライブを見た。カッコよかったよ。
1970年9月18日 惜しくも27歳でこの世を去った JIMI が
今生きてたら53歳だよ。同世代のポールロジャースだって JIMI の曲の
カバーCDまでだしちまうんだから彼の残した功績は大きすぎるぞ。
写真はバンドブームの時、つのだ★ヒロ司会のカバーバンドばかりを
集めた番組でのSHIGEO ROLLOVER。演奏した曲は PURPLE HAZE。
アシスタントの高見(馳夫人)恭子もメロメロになってた。もちろんナンバー
ワンに選ばれ、豪華商品をGET。