オールマンズを巡るアーティスト達 「Les Dudek」



Boz Scaggs and Les Dudekインタビュー

ボズ・スキャッグスは、非常に気分屋であると同時に完全主義者でもあり、その結果、彼のバック・バンドはアルバムごとに変更されるという事になっている。が、ここ数年来、彼のバンドのリード・ギタリストの座にすわり続けていた男がいる。レス・デューデックという、最近にわかに注目を集めているこの男は、1973年以来ボズと共に動し、今、自分自身の道を進むべく行動を開始したのだ。レスは、ボズとのステージングには常に付き合っていたにもかかわらず、初めてボズのレコーディングに参加したのは、皮肉な事に彼がボズのバッキング・グループを抜けた直後だった。最新アルバム「シルク・ディグリ ーズ」がそうである。又、ボズの名を一躍有名にした「マイ・タイム」が発売されたのは、まだレスが、グループに参加する前だったし前作「スロー・ダンサー」は、プロデューサー、ジョニー・ブリストルの意思により、ロサンゼルスのスタジオ・ミュージシャンが使われているといった具合で、結果的にはたった1枚にだけ参加している事になる。しかし、レスがボズのグループを抜けたとは言うものの、先日発売されたレスのデビュー・ソロ・アルバム「レス・デューデック」はボズ・スキャッグスのプロデュースによるものであるし、レス自身も、ボズの影響を感じさせる昔作りをしているようだ。今回のこのインタビューは、この2人のギタリストが過去に使ったギターや、現在使っているギター、あるいはプレイに関するいろんな話し、さらにオーケストラをバックにした最近の昔作りなどに関して、いろいろと聞いてた。

ボズがステージで使うギターは、ほとんどの場合カスタムのハムバッキング・ピックアップを付けたギブソのレス・ポール・デラックスだ。「このギターは、僕のコレクションの1本でね…。コレクションの第1号はエピフォンの52年のギターだった。たぶん、330、335、345シリーズの前のヤツだと思うな。…スィン・ボディでダブル・カッタウェイのギターなんだ。…それから、335や345はいつもコレクションに加えていたな…。レス・ポールを使うようにしたのはホンの2〜3年前の事で、ちょっとした刺激、つまりステージでシャープな昔が欲しいと思ったからなんだ。その他にもボズは10年ほど前に手に入れたメイプル・ネックのフェンダー・ストラトキャスター57年モデルも持っている。「ストラトキャスターの方が、はるかに流れるような昔が出せるのは事実だけど…ネックは非常にスムースだし、メロディックな曲をやる時は最高だしね…。でも僕にはレス・ポールの方がずっと刺激的なプレイができるのさ。ロックンロールなんかやると、こっちの方がずっと刺激的だし、ソロもずっと面白いんだ。」「それに、ストラトだと、あんまりいい気分になれなくてね。ジミ・ヘンドリックスが有名にした、あの刺激的で鋭利で、固いリード・サウンドか、もしくは極端にメローなリズム・サウンドしか出せないんだ。どうしても両方は無理なんだよ、少なくともこの僕にはね。だから、いろいろと他のイクイップメントに頼ってしまラんだよ。…ところが、レス・ポールのピックアップは、かなりホットだし、昔域も広い。それにネックもフラットだし、リズムをやるのに便利なのさ。」「そのストラトはアレンビックで少し手を加えてもらったんだけど、皮肉な事に、それ以来ほとんど使っていないんだ。ナットをブラスにしてくれたのはいいんだけど、象牙のナットの時の完全で豊かな音質が出なくなったんだ。とにかく、薄っぺらなんだよ。…それからピックアップの回りに塗ってあるシールド用のメタル・ペイントも、スタジオで使う分には、ハムやノイズを防止していいんだけど、少し(技術的にはどうなのかわからないけど)昔が硬くなるようだしね。又、ボズはアコースチックの曲の場合、エピフォンを使うようにしている。「1964年製のスタンダード・モデルなんだけど、たぶんギブソンから独立した直後に製造されたモデルだと思う。」

デューデックも異常なまでにレス・ポールを気に入っている。彼はリード用にレス・ポール・スタンダードのゴールド・トップ1957年モデルを使っていて、カスタムよりずっと好きだと語っている。「ネックの感じがまるいからね」そして、あのスライド・ワークの時はレス・ポールのTVモデルを使っているが、このギターには55年製のハムバッキング・ピックアップが取り付けられている。「実にいいギターだよ。よく歌ってくれるしね。」レスの場合、アコースチック・ギターはマーチンのD−35を使っている。「あの手ざわりが何とも言えなくてね。だから、もう1本アコースチックのギターを買うとすればマーチンにするよ。俺に言わせりゃ、他のはみんなガラクタなんだ」ロックンロールをやってる頃のレスは「モズライトなんか使ってたね。それに40年代のストラトやグレッチのチェット・アトキンス・モデルをコピーしたシルバートーンのギターなんかも持ってた。でも、本当にいいギターという事で意識して考えるなら、最近のギターはどれも良くないね、少なくとも俺は買う気は起こんないよ」

ボズは、テキサス州のダラス郊外にあるプラノで育った。そこで彼は、後に一緒にバンドをやる事になるスティーヴ・ミラ」と小さい頃から友達として遊び回っていたものである。また、テキサスのブラック・ミュージックに傾倒していったのもこの地である。「うますぎるほどまでに弾けるようになると、今度はギターを次々に選べるようになるんだ。つまり、ちょっと凝ったスタイルでやったりしたくなるからね。テキサスにいた頃 はバンドでリズム・ギター専門でやってたんだけど、あの頃最高に気に入ってたのはギブソンの170だったよ。ボディがでっかくてね、それに小さくて薄いネックのおかげでシャフルもうまくやれたし、あっちこっち動き回わる事もできたのさ」「あの頃、回りの連中が必死になって覚えようとしてたのはT・ボーン・ウォーカー、フレディ・キング、B・Bキングだったよ。僕は一番最初にT・ボーン・ウォーカーの影響を受けた。本当に彼からいろいろと教わったよ。彼はいつもホロー・ボディのギターを弾いててね。まったくブルースの昔だった。そう言えば最初の頃はB・Bもホロー・ボディを使ってたな。……他に影響受けたと言えば、チェット・アトキンスがそうだし、それからジム・ホールもそうだな。この2人は、T・ボーンと同じくらい聴きくるったもんだよ。」「まあ、そんなわけでグレッチのギターが気に入ったんだ。カントリー・ジェントルメンがそうだね。でも、あのギターは鋭さがなくてね、で、今度はエピフォンにしたんむかってT・ボーンが使ってやつもそうだけど、そのギターは4年ほど使ってたかな?でも、そのうち、たまにはリードなんかもやってみるか、という事でソリッド・ボディのギターに替えてみたんだ。ギルドのスターファイアーがそうだけど、ちょうどサンフランシスコでスティーヴ・ミラーとバンドをスタートさせた頃さ。でも、コントロールやギター自体 の作りには満足したけど、トーンがちょっと足りなくてね。」ボズは、ギターの他にもいくつか楽器を弾く。その中でピアノは、オークランドのパラマウント・シアターで行なわれた「1975-76ニュー・イヤー・コンサート」において初めて披露したわけだが、これは以外に好評を博したようだ。実際のところ、ボズは最近ピア ノで作曲する事も多くなったらしい。この件に関してボズの意見は「ピアノの前に座って鍵盤に手を置くと、何かガッヅが湧いてくるんだよ。その点ギターはどちらかというとムード楽器のような気がするんだ。ムードが湧きあがってくるような…ね。ところがピアノは、それとは、また違った響きとか深みが感じられるんだ。それに、ピアノっていうのは、人間の声にうまくフィットするじゃない。勿論、まだまだそれほど弾けるわけじゃないから、もっとドンドンやってみようと思ってるところなんだ。今んとこうまくいってるよ。」

ボズに言わせると、自分のテキサス・サウスウエスタン・スタイルとレス・デューデックのサウスイースタン・スタイルとでは全然違うという事になる。ボズの昔楽の基盤になっているのがウエスタン・スウィングであるのに対し、レスの方は、ウエスタン・スウィングとナッシュビル・サウンドの両方をうまく反映させているというのだ。この件に関してレスの意見は「ナッシュビルは、南部のガキどもが出かけていける唯一の街なんだ。俺はそこのステージでビッグ・パワーで演奏した事があるけど、やっばりカッペが回りにいる方がリラックスしてやれるし、いいんじゃない?」レスが生まれたのはフロリダのオーバンデイル。ここはオーランドとタンパの中間にあり、インターステイト・ハイウェイ4号線から少し外れた所にある。元オールマン・ブラザース・バンドのリチャード・ベッツと故ベリー・オークリーが住んでいた所でもある。レスは、偶然というにはあまりにもデュアン・オールマンに似ていたため、この2人のプレイはよく比較される。が、レスによると、彼とデュアンはお互いに顔見知りではあったけど、一緒にプレイした事はなかったらしい。レスはブルースが大好きだ。特にマディ・ウォーターズやB・B、アルバート、フレデイ、といったスリー・キングをよく聴く。それに「ジャンゴ・ラインハルトが最高に好きだな。あと、ベンチャーズだね、ベンチャーズには 本当にまいってしまったよ。みんな、ベンチャーズって聞いただけでバカにするけど、いろんな意味で彼らこそロック・ミュージックの道を開いたと思ってるくらいなんだ。で、さっき言ったモズライトは、この時に使い出したんだよ。」「俺は早くっから学校をやめちゃってね、ずっと家にいたんだ。で、ギタリストになり たい一心で部屋に籠りっきりで一生懸命になってギターを練習したんだ。あまり熱中しすぎて朝まで起きててタバコを何箱も空にした事もしょっちゅうだったよ。するとオヤジが入ってきて言ったもんさ。「お前!一体何をやってんだ!!」てね。…高校の時は、バンドで、バリトン・サックスをやった事もあるけど、結局そのバンドはやめちゃったよ。俺があんまり変り者だったからね。」レスがボズのバンドでやるようになったの は、ボズによると「レスが加入したのは、そもそも僕のバンドにセカンド・ギタリストがいなかったからなんだ。早く誰かにこのポジションを押しつけたくてね…というか、サポートしてくれる人を探していたんだ。その頃は、あくまでもツインで一緒にやる、というつもりだったし、どっちかがリードだけ、もしくはリズムだけとかは、本当はやりたくなかったんだ。でも、結局はいつの間にか、レスがリードをやるようになってしまった。だから、僕がやったソロというのは、せいぜいアレンジの都合でやるはめになった1〜2小節くらいのもんだね。でも、レスがドンドン弾いてくれるおかげで、僕はボーカルに専念できるようになったんだ。ボーカルに専念するようになるまでは、何となくギターのソロをやらないと落着かないような気分だったけど、最近では伴奏楽器としてのギターに、より魅力を感じるよラになったよ。」ボズの指摘によると「ステージでの演奏というのは、小さなグループでいかに大昔量で、しかもダイナミックなアレンジをやるかというのがポイントなんだ。だからその点においては、ただバックグラウンドをちゃんと固めてさえいればいいわけなんだ。その点僕のバンドでは、レスの方が盛り上りと進行を受け待ってくれていた。レスのギターは、僕のボーカルをうまくサポートしてくれたし、そうやってホットなプレイができたわけなんた。

一緒に活動していた頃、この2人のギタリストは、それぞれ10インチJBLスピーカーが4個ずつ付いたキャビネットを2個1組で使っていた。そして、レスの方は、100ワットマーシャル・アンプ(時には2台)に彼のレス・ポールをつないでいるのだ。一方、ボズが使っているのは、フェンダーのツイン・リバーヴ。彼はこのフェンダーのプリ・アンプから更にアコースティックのアンプにつないで増幅しているのだ。また、ボズは時によってレスリーを使う時もあるし、リズム・マスターのフェイザーで代用する時もある。レスの話しでは、新らしく作る予定の白分のグループでは、マーシャルを4台ほどつないでやってみたいらしい。「ディッキー・ベッツがやってるようにね。もっとも彼の場合6発だけどね…」

ちょっとしたオーケストラとの共演というのは、それほど多くのロック・ギタリストが経験する事ではないはずだ。が、ボズはこの経験によって、よりフィーリングをみがいたと告白する。「まず、スタジオでやる場合、どんな事でもやれるという利点があるよね。エコー室であるとか…まあ枝術的な利点もあるし、ホーンやストリングス、さらにバッキング・ボーカリストといった人数上の利点もある。こんな事はステージじゃとても無理な話しだしね。だから、たとえスタジオにしろオーケストラと共演するという事は、今までになかった新たなフィーリングを開発する事になるんだ。」ボズは続ける。「たとえばギター1本にしろ、オーケストラの中でやると、たたのロックンロール用の楽器以上の可能性を見つける事になる。よりプロフェッショナルでブレンディングな楽器にね。…」一体どういうわけでギターが作られたのか?fホールが何故ついてるのか?何故材質が間題なのか?といった根元的な問題まで新ためて考えるようになるんだ。

そんな事を考えながらプレイするというのも、またオツなもんなんだ。それに、しゃにむになって、いろんな昔を理めつくす必要もないしね。そんなのは、みんなオーケストラがやってくれる。しかもうんと効果的にね。

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このインタビューはアメリカのギター専門誌
「ギター・プレイヤー」より転載しました。