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仏師、瑞雲の法話 (第一章) |
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| 第1巻 | 第2巻 | ||
| 仏師、瑞雲の法話集第1巻 | 仏師、瑞雲の法話集第2巻 | ||
| 第1章 | 法話1〜法話14 (2000) | 第1章 | 法話101〜113 |
| 第2章 | 法話15〜法話21 | 第2章 | 法話114〜126 |
| 第3章 | 法話22〜法話29 | 第3章 | 法話127〜140 |
| 第4章 | 法話30〜法話39 | 第4章 | 法話141〜153 |
| 第5章 | 法話40〜法話48 | 最新版 | 法話154〜(仏師瑞雲の法話最新版) |
| 第6章 | 法話49〜法話57 (2001) | ||
| 第7章 | 法話58〜法話66 | ||
| 第8章 | 法話67〜法話76 | ||
| 第9章 | 法話77〜法話87 (2002) | ||
| 第10章 | 法話88〜法話100 | ||
法話14,仏はいつも見ている(その4・第一章完結編) |
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法華経の「如来寿量品」には、「人々は皆、仏はインドに生まれ出家して悟りを得たと信じているけれども、実は永遠の昔に既に仏となって、その限りなき間、全ての人の性質を知り尽くして、あらゆる手段をもって、いつも救っている。心から仏を信じ、素直に、仏に会いたいと一心に望めばこの世に出現しよう」とあります。 |
法話13,仏はいつも見ている(その3・ご神託) |
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私は、わざわざ仏の世界からご来臨された観音様に何度も礼拝し、あまりの感謝と喜びでどうか私を観音様のおそばに置いて下さい、一緒に連れていって下さいとお願いしました。今、現に観音様のいらっしゃる、この世界こそが真実の永遠の世界と思ったのです。 |
法話12,仏はいつも見ている(その2・ご来臨)
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この法話は私が体験した実話であり、思い出しながら書いております。本からの知識だけでは自分自身もピンとこないし、本当に人々を感動させることは出来ないからです。一般の方々ばかりでなく僧籍のある方、宗教関係のご職業の方も是非読んでいただきたいと思います。 |
法話11,仏はいつも見ている(その1・清浄な光)
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東に太陽が現れると、人々は太陽が昇ったといい、西に隠れると、人々は太陽が沈んだという。月も同じである。しかし、太陽も月も常に存在して出没することがない。仏もそのように常に住して生滅しない。太陽や月の光は全てのものの上にふりそそぐ。町にも村にも山にも川にも人がどんなに逃げても追いかけてこよう。ーーー(大般涅槃経から一部引用) |
法話10,彼岸のお話 |
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今から千二百数十年前、仏教に信仰の厚かった聖武天皇が、僧の珍海にたずねました。「受けがたき人間に生を受け、仏法を信ずることが出来たのは何よりも幸いである。願わくは天下万民にも仏縁を結ばせてやりたい。しかし民百姓は仕事が忙しくて信仰をする暇もないがどうしたらよいだろう」 |
法話9,四人の妻のお話 |
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四人の妻を持った男の人が、長旅をすることになりました。そこで、妻たちに同行を求めました。第一夫人はきっぱり同行の依頼を断りました。彼が片時も離さず、どこに行くにも一緒で、最も愛していたにもかかわらず。 |
法話8,信仰とは理想を持つこと |
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ウオルト・ディズニ−の言葉に"If you
can dream of it,you can do it"という有名な格言があります。夢を持っていればこそ、物事を実現できるということです。 |
法話7,清らかな国 |
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今日のお話は少し難しいかもしれません。心から理解出来る方は清らかなお方でしょう。新約聖書、「マルコの福音書」第10章13節から15節に |
法話6,仏の教えは五千余巻 |
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仏が此の世に出現されることはまれであり、こうして皆様に少しでも仏陀の真実の教訓を全ての利害を超えて、伝えることは肝要と思われます。仏がインドのブッダガヤで悟りを開かれてから今年で2950年目(日蓮教学による)、身をもって説かれた教えは五千と余巻にのぼります。我々が読破しようとすれば10年を要する膨大なものですので、肝心な部分を、しかも、サンスクリット語(最初の仏典)から英語に翻訳されたものを更に日本語でわかりやすく解説された仏教聖典から引用して、自分の未熟な人生経験と照らし合わせながら書いております。 |
法話5,慈悲喜捨と守護神の話し |
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大般涅槃経に「慈」とは人々に幸福と喜びを与えること、「悲」とは人々の苦しみ悲しみを除くこと、「喜」は、喜びの心で人に接すること、「捨」は分け隔てしないこと、この四つの大きな心(四無量心)をもって人々に接し、道を修めよと有ります。 |
法話4,想念がそれぞれの世界を生み出す |
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昨日の新聞に、最近の生活の満足度に関する世論調査の結果が掲載されていました。それによると、20歳代から70歳代まで生活が苦しくなったという回答が寄せられており、莫大な税金を投入した景気対策が功を奏していない現実が浮かび上がっています。 国民に還元されない仕組みがいつまで経っても悪循環をもたらしているようにも思えます。 |
法話3,川の流れに身を任せて2/16 |
| 仏の教えは中道の教えです。一本の材木が大きな川に流れ出ました。この材木が両岸に近づかず、沈むことなく、人にも取られず、渦に巻き込まれないなら、ついに海に流れ入ります。 このたとえの材木のように、全てのものに、全てのものの見方にとらわれず、人生の流れに身を任せて生きるならば、苦しみや迷いのない清らかな中道の生活を送ることになり、遂に彼岸の地極楽浄土に到達しましょう。とらわれないとは執着しないこと、握りしめないことです。執着心を起こすと初めの内は楽しいようでも、たちまち迷いの生活となり様々の苦しみをもたらします。 しかし、此の世の人々は身分や富の多少にかかわらず、すべてみな金銭のことばかりにこだわり、なければないで苦しみ、あればあるで苦しみ、心が安らかなときがありません。そのために自殺する人もおります。自殺しなくとも、生きるとは死への旅なのです。ただ年数がちょこっと有るだけの話し。 人生はレンタル、皆仏様から無料で預かっているだけ、体も心も、生きている時間さへ身も心も清らかにして仏様にお返しましょう。 とらわれない心は、仏の教えを信じることにより授けられます。悲しみが有れば喜びが有り、喜びが有れば悲しみがある。悲しみも喜びも越えたところが、とらわれのない世界です。人生はとらわれない生き方の良い修行場。喜びと悲しみがある。 |
法話1、Valentine's Dayについて |
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2月14日はバレンタインです。男の子にチョコレ−トをプレゼントする日ではありません。三世紀頃、ロ−マにいらした僧侶であり医師であります。皇帝Claudius
2世は若者が戦争に行きやすくするため、若者の結婚を禁止しましたがバレンタインはこれを破り、秘密に結婚させたので処刑されました。 |
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