瑞雲の法話「仏の教えをわかりやすく、少しずつ」

仏師、瑞雲の法話
 第2巻
第1章

仏像彫刻と法話の世界

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1)法話 (第2巻1章)

長谷寺式十一面観音
瑞雲作長谷寺式十一面観音

第1巻 第2巻
仏師、瑞雲の法話集第1巻 仏師、瑞雲の法話集第2巻
第1章  法話1〜法話14 (2000) 第1章 法話101〜113
第2章 法話15〜法話21 第2章 法話114〜126
第3章 法話22〜法話29 第3章 法話127〜140
第4章 法話30〜法話39 第4章 法話141〜153
第5章 法話40〜法話48 最終版 法話154〜
(仏師瑞雲の法話最新版)
第6章 法話49〜法話57 (2001) NEW
第7章 法話58〜法話66 2011以降の新法話
第8章 法話67〜法話76 ますます、おもしろくなった
仏師 瑞雲の仏像彫刻と法話
第9章 法話77〜法話87 (2002)
第10章 法話88〜法話100

法話113・お彼岸を迎えて

先週は、総理の訪朝で北朝鮮拉致問題が進展し歴史の1ページが開かれました。
拉致され亡くなった方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

我々の住む、いわゆる世間は政治や経済、団体、人々の都合で動いています。
「都合」とは、はっきり言えば「欲望」に他なりません。亡くなられた犠牲者
は、この都合で消えてしまったわけです。考えれば、政治や経済の都合で
大東亜戦争も起きました。

仏教の説く教えは、「彼岸の教え」であり、彼岸は暑くも寒くもなく、
昼と夜の長さが同じであるところから、「中道」のことで、
次々に湧いてくる欲をおさえ、何物にもとらわれない中道の心で物事を見なさい
ということです。都合主義で生きていくと、都合がいいうちは結構ですが
いつまでも続きません。いつか必ず都合が悪いときが来ます。
彼岸は、仏壇やお墓参りばかりが本来の目的ではありません。都合で動く世間
(此岸)にとらわれを起こさず出世間(彼岸、仏の教え)を学びなさい、
道を求めなさいと教えてくださる時期なんです。


法話112・苦楽共に越えて

私がお寺の小僧をしていた時代からの知り合いで、今も熱心な仏教信者のご婦人
がおられ、ご縁があって、おつき合いさせていただいております。若い頃は
特技を生かしたご商売が寝る暇もないくらい繁盛して一財産作られましたが、
最近は老いたせいか目も効かず、もっぱら信仰生活、もっとも何もしなくても
裕福な方なので当時勢にあっては幸せなご身分ですが。

人間、貧乏な時代は、やりくりが大変で、また年輩になって豊かになっても
色々な悩みや苦労はあるものですね。私も30歳代は日に16時間は彫刻の
仕事に追いまくられました。最近は老眼が出てきたので、自分にあった仕事のみ
させてもらおうと毎朝、ご守護の聖観音大黒天様にお願いしている次第で、
有り難いことに仕事の調節をうまくご配慮いただいております。

さて、日蓮聖人(1222~1282)の大信者に鎌倉時代の北条氏に仕えた領主、四条金吾
頼基氏がおり、聖人は在世中、頼基に信仰のあり方を細かく指導されております。
苦をば苦とさとり、楽を楽とひらき、苦楽ともに思い合わせてーーーーーー
いよいよ強情の信力をいたし給え。

人の世は「人間万事塞翁が馬」で苦楽は交互に来ます。責任が重い立場になるほど
楽しみも苦しみ、悩みも大きくなるわけで、この自然の法則を悟って些細なことに
驚かず、悩みや苦しみは自分を向上させてくれるものと前向きな姿勢で生きたい
ものです。それを支えてくれるものが信仰ですね。頼基は聖人法難の折は殉死も
覚悟しましたが、不思議にも領地没収も免れ天寿を全うしました。

日蓮聖人遺文「四条金吾殿御返事」より

法話111・バイオハザード

先週は、3ヶ月ぶりに仕事の山から解放されて体をリラックスしてやれました。
「タイムマシン」という題の映画は既に終わっていて、殺戮ゲームを映画化した
ような「バイオハザード」を息子と一緒に見に行きました。

バイオとは「細菌」のこと、ハザードとは「生み出すもの」で、細菌と遺伝子
操作による兵器開発の恐ろしさを警告している映画のように思われました。
それにしても死者の体が死後もウイルスによって動くというのは科学的発想で、
火気で何度撃ち殺しても、また生き返ってくるので、気色の悪い映画でした。
 しかし、このようなことは実際にはあり得ないことで、ゾンビは恐ろしい
ものではありません。恨みや欲望を残したまま死んで、この世をさまよう霊魂
ほど怖いものはありません。鉄砲でも戦車でもかないませんからね。

さて、江戸時代初期、徳川家光に仕えた臨済宗の高僧、沢庵和尚(1573〜1645)
の言葉に
人の恐ろしと思うは鬼なれど、ーーー実に恐ろしというは只人なり。
とあり、金銭欲、物欲、名利欲と人の欲望には限りがなく、その欲望のため、
悪鬼を化生し、人は鬼以上に恐ろしい存在になると教えています。

仏教の世界観では鬼を鬼神といい、仏教によって浄化した鬼は有り難いですが、
多くは欲望や我の強い人に取り憑くので怖いです。私は毎朝、
「守護の霊神は霊験顕著にして、その経力空しからず、良く魔怨を降伏しー」
と拝んでいます。「バイオハザード」に病める21世紀を見た気がしました。


法話110・サンバ盆踊り大会

先週は、私のアトリエの前にある老人ホームの盆踊り大会を見に行きました。
お年寄りの踊りを見たいのではないのですが、8月30,31日と東京浅草で
ブラジルのサンバ祭りがあって、その足で、こちら千葉の近郊都市にも来て
くれたんです。踊り子達のショーがあるとかで拝見した次第です。

この有料老人ホームは設備が整った非常に大型の施設で、毎年各種のイベントを
開き、東京に近いこともあって人気です。今回は、本場ブラジルのサンバという
ことで、お年寄り達も嬉しそうに観ておられました。

さて、徳川家康、秀忠、家光と三大将軍に仏法の師として仕えた天海和尚
108才の長寿を全うしました。あるとき、家康が天海に長寿の秘訣を問いました。
天海は歌に
長命は 粗食 正直 日湯 陀羅尼 おりおりご下風 あそばさるべし
と、ありきたりのものを食べ、正直に生き、風呂は毎日入り、お経も毎日唱え、
おならは遠慮せず出すのが健康法だと教えております。

なるほど、これからの超高齢化社会を生き抜くには、薬に頼らず、自然に、
正直に、信心深く生きるということですね。


法話109・巨大カブトムシは仏師の暗示

先週、知り合いの住職から、客殿新築の一部に使う楠の大木を切ったそうで、余りが
あるから良かったらあげるとのこと、千葉の山に行って来ました。根本の回りが
5メートルはある巨木でした。木の目の素直なところは木彫に適していますので、
有り難く頂戴した次第です。房総の山は豊かな自然の恵みがあるんですね。

さて、私が20代の頃の丁度今頃、紺碧の大空に向かって「私の人生は一言で言えば、
何でしょうか?
」と問いかけたことがありました。早速に、その夜の夢に、紺碧の
大空を全長150mはあろうかという巨大カブトムシが飛んできました。スターウオーズ
もビックリ、巨大恐竜もかなわないようなやつでした。

師匠に、これは何を意味するのか聞きましたら、「カブトムシは何を食べる?。
木の樹液だろう。木彫家として木と共に生きていくのがお前の運命だということを
教えているんだ」との回答。なるほど、今考えれば、このカブトムシの暗示の通り
私の人生は仏師の運命になっています。仏師という仕事は本当に木が
あっての仕事です。材料の木曽檜や楠の角材さへ、いつも工房に充分あれば
しあわせです。

思いますに、仏具屋などで販売されている安価な仏像は、お隣の中国など発展途上国で
一体の作品を作るのに、仏像の目を彫る人は目だけ、鼻を彫る人は鼻だけ、仏像の
光背を彫る人は光背だけという具合、大きな工場に1000人くらいの若い人が並んで
分業体制にて作っていると報道機関が言っています。仏像彫刻に限らず最近はパソコン部品
などまで、いわゆる労働集約型製造業は日本の国では生きていけないのが現状なんです。

日本は豊かな森と水、資源に恵まれた国です。高速道路を誰も通らないような僻地に
作って森を荒らすようなことはやめて、ほったらかしになっている日本の森林にもっと
目を向けてもらいたいですね。日本の自然は神仏なんです。自然をないがしろに
してきた報いが今の現状ではありませんか?目先のことばかりしか考えられない人々が、
自然の法則に反して不自然なことをやっている。利益だけ考えれば、行き着く先は
「崩壊」しかありません。


法話108・何事も修行と思えば

今年は観音様から「忙しくなるぞ」という御霊気が来ていた通り、仕事の忙しさに
加えてオンライン仏像彫刻講座開講、9月の展示会の準備が重なり、人間がこなせる
仕事量かと思うほどの春から夏になりました。鬼子母神様も観音様も毎日ご宝前に勧請して
祈念していました。

先週はまた、古いおつき合いのお寺さんで盂蘭盆施餓鬼法要があり、今年は新盆二年盆
の霊位が多くて、これも暑い中、大変でした。
 一方、残暑の中、清涼剤として、楽しみにしていた高校野球選手権大会では、出場した
地元のチーム、故郷のチームが1回戦で敗退、残念な思いをしましたが、勝つべき
チームが勝つのが自然の法則、仏教的に言えば仏法ですね。実力があっても、
今の日本や国民の性情みたいに「守り」に入ったら負けるのは、ものの道理です。
だから、地方予選で激戦を制してきたチームが、ここぞと言う時の「思いっきり」が
良い。前向きに「攻め」の姿勢がないと新境地は切り開いて行けません。

さて、江戸時代初期の臨済宗の僧侶、無難禅師(1603〜1676)の詩に
何事も 修行と思い する人は 身の苦しみは 消え果つるなり」というのがあり、
たとえ辛いことでも、何事も仏様がわざと、自分を鍛えさせてあげようと下さった
修行と思えば、心も軽く前向きに生きられるというものです。

失敗を恐れず、「何事も仏様がくれた修行」と思って生きて行きたいものですね。
高校野球をテレビで観戦していて、そう思った次第です。

「無難禅師法語集」より

法話107・樽酒

熱帯夜が連続しているので、冷や酒をいただいてみようと酒屋でたまたま 見つけた樽酒を買って来ました。これが、まことに美味い。木の香りが 五臓六腑にしみわたるようで、これぞ天上界の飲み物、甘露ではないかと 思った次第です。

で、何でこんなに美味しいのか考えたら、なるほど、これは木製の樽に入って いたからで、「木」は私の木彫家としての生きる糧、木の精気をもらえたわけですね。

さて、江戸時代の傑僧、慈雲尊者(1718~1804)の言葉に 「世に処して毎事その私をまじえざれば、梵天日月つねに頭上にあり。」とあり、 人は自我を主張するから苦しみや争いを生じる。自我を捨てた無の心で生きて いけば、諸天が守護してくれ、目に見えるもの、耳に聞こえるもの全ては仏に 想えてくると教えています。

不況、汚職、事件と人間の身勝手な自我が生み出した暗い話題ばかりが目立つ 昨今ですが、自然と伝統技術が生み出す産物は実に仏の世界からの贈り物です。 こういうところに発想の転換をしなければ日本の未来はないと考えます。


法話106・ 仏像制作は登山だった

先週、夏山登山中に落雷に打たれて死者が出るという事故が起きた。最近は、 車で山のかなり高いところまで行けるようになったため、安易な知識や 装備で登山する人が増えているという。諸外国にくらべ山に入るマナー、 自然保護に関する法律が殆ど出来ていないのが原因とも言われる。 急速な高齢化社会への移行で、山にあこがれる登山経験のない中高年も増えている というが、山を甘く見ないでほしいものです。

さて、蓮如上人(1415~1499)の言葉に
仏法者申され候。
「わかきとき仏法は嗜め」と候。「としよれば行歩もかなわず、−−」
というのがあり、奥の深い段階のある仏法や修行は歳を取ってからでは遅いから、若いときに始めなさいと教えています。

仏道修行も仏像制作も一種の「登山」です。少し道を究めたら必ず壁に突き当たります。 そこをうまく乗り越えたら、しばらくは順調ですが、また新たな壁を克服しなければなり ません。そのように、人生一代をかけて登る悟りへの山は、果てしなく高く険しく、ここが 頂上ということがありません。ときたま、へこたれることもありますが、遙か下界を見れば、 たくさんの人がこの山登りに挑戦し出しているのが見えます。 「人生とは山登りだな、もう、30年も登り続けている」と思っている次第で、初心者を 、蓄積した経験で指導してやりながら、帝釈天さまがおられる三十三天の頂上を目指し登り続けなくてはと意欲的な今夏です。

それから15年後の2012年、私も内外共に色々なことがありました。大震災は起こったけれど、私は還暦近いとしになったけれど、制作する仏像の、「なんと、いとおしい、神々しいことでしょう。」いま仏像彫刻という山の、かなり高いところに登ってこられて、かなり見晴らしがよいです。これから頂上まで、先が楽しみです。

「蓮如上人御一代記聞書」より

法話105・ 利益率2000%

先週、ある新会社社長が仏像を制作してもらいたいと工房に訪ねてきました。 この会社は電気関係の会社だったんですがバブルがはじけてから業績不振で 仏像仏具のベンチャー企業に転身したそうです。

この不景気にお金のあるところは寺院だけと宗教用具ビジネスの分野に入ったわけですね。 社長が手がけた仕事に、新伽藍建設費を集めるのに卸値の20倍以上で寺から壇信徒に 売られる仕事もあったとかで、驚きました。

さて、お釈迦様が生きていらした当時の「お寺」とは、いったいどのようなものだった と思いますか?パーリ語で記された仏教文献によれば、当時の出家僧侶は、人の嫌う 墓場、洞窟、山の中、人里離れた荒れ地など、非常に孤独で粗末な所を居としていたと いうことです。お釈迦様が晩年になって弟子が増えたころ資産家から土地の寄進を 受け初めてお寺らしき形態が出来たのが「竹林精舎」という修行に適した園だったん です。

観音様は、「今の日本に出家者などいない」とおっしゃっておられます。私も寺こそ 持ちませんが持ち家はあるし妻帯ですから真の出家者とは言えませんがね。時代が 違うから仕方がないかも知れませんが、お坊さんも、学生も、老人も、お金を心配 しないで修行したり勉学したりして暮らせるな社会を作れないものでしょうか?


法話104・STAR WARS II

夏休み映画が混まないうちにとGeorge Lucas監督「スターウオーズエピソード2」 を観てきました。私は決してSF映画のマニアックではないのですが、20歳代で スタートレックを見て以来、卓越した特撮技術と物語が仏教の宇宙観ににている こともあり、毎回欠かさず観ております。

今回は、ダースベーダーがジェダイの騎士であった若い頃に御姫さまと恋に落ちる という色恋面が加わって上々の評判らしいです。更に特撮で驚いたのは未来都市の セットが荘厳であること、キャラクターやジェダイの騎士がいっぱい出てくること など感動ものでした。

話は全く変わりますが、お釈迦様は最晩年、80才のとき、インドの村や町を 回っておられました。ガンジス川の小さな船着き場にパータリ村という所があって、 そこで熱心な仏教徒であるマガダ国の大臣がお城を築いておりますと、 お釈迦様は超人間的天眼で、千を越える神霊達がパータリ村に敷地を構えて いるのを見られ、大臣と村人に、 「聖賢の生まれなる人が、住居をかまえる地において修行僧を供養するならば、 その地に敷地を構える三十三天の神霊達が喜んで、その地と人々に神霊の加護を 与え常に幸運を見る」とお説きになりました。 このパータリ村は後にナンダ王朝からマウリア王朝に至るインドの首都となって 繁栄しました。現在ののパトナ市に当たります。

私はスターウオーズエピソード2の未来都市の姿を見て、未来の日本の首都も、 このようでなくてならないと思った次第です。東京もニューヨークも銀河一の 未来都市に比べれば田舎ですね。映画って、本当に夢を与えてくれます。 最近、ネットでダースベーダー役の俳優が作品を買ってくれたというサンフラン シスコの芸術家志望学生に知り合いました。

大パリニッバーナ経(中村元訳)より一部引用

法話103・お盆供養

今年もお盆が来たので30年近く続けているお盆供養をしました。 先祖代々と因縁のある霊魂の浄化のみならず最近は、御守護していただいている、 先祖から因縁がある神霊や守護霊の供養もします。お経をあげて供養した後の すがすがしさは毎年感じているところで、特に神霊がお喜びになられるときは 七色の光が眼前に差すような気がします。

私が初めて師のもとで先祖供養をしたときは、長い間浮かばれなかった霊魂が 浮いてきて、しばらく供養をして成仏してもらい、また何年かたって今度は次に 成仏できる時期が来た霊魂が出てきて供養し、何年かたって今度はもっと遠い ご先祖が出てくるという具合に自分の修行の度合いに応じて芋づる式に成仏して いただいております。

死んだら人は自分の力では成仏出来ないのは、人の魂は臨終のときの精神状態が 死後に永遠に続くので、その精神状態より優れた精神を持つことと経力によって 子孫が先祖を説得、浄化、教化出きるという霊界の仕組みによるものです。 「そうではないんだよ、こういう見方もあるんだよ」と子供に言い聞かすような ものですね、そうして霊は納得しこの世に未練がなくなって仏の世界に行かれる わけです。

お盆のいわれは、お釈迦様の弟子の中に、神通第一といわれた目連尊者がおりまし たが、ある時、目連尊者は神通力によって亡き母が生前欲が強く物惜しみしたために 餓鬼道に落ち、逆さ吊りにされて苦しんでいるのを知りました。 目連尊者はお釈迦様から「多くの僧に施しをすれば母親が救える」ということを教えて もらって、7月15日に多くの僧たちに食物をごちそうして供養したところ母親が 救われたところから来ています。お盆は盂蘭盆ともいい、サンスクリット語の ウラバンナ(逆さ吊り)の訳だそうです。


法話102・飯食ったか?師は毘沙門天

師匠は弟子であろうと誰であろうと年少の者には「飯食ったか?」と言うのが口癖で、 これが夕方ですと、「おい、お前ら、みんなで寿司を食いに行こう」ということに なり、午前中ですと、「一緒にそばを食おう」ということになりました。師匠は毘沙門天さまのような人で、いつでも四天王の中心武神であるように弟子やお客様を引き連れては食事に行くというところがありました。

誰にでもこの調子ですから、若い者がいっぱい喜んでついてきます。夕方には兄弟子の 友達ら私と同年代の若者がいつも寺に遊びに来ます。夏休みともなると、 娘さんが通っている女子校のクラスメートが団体で泊まりに来ますし、芸能プロダクション の合宿所にもなります。とにかく、お祭り騒ぎが好きで、法事もしまいにはどんちゃん騒ぎにしてしまう性格、いつでもどこでも師匠のそばには美しい信者か面会に来た美人芸能人か銀座のクラブのママかはべっておりました。これも天上界の城主である毘沙門天 が妃の吉祥天ややそのお母様である鬼子母神様ほか宮廷の官女に囲まれているようなものでした。おそらく天地が出来て以来あのようにお月様のように人々から尊敬され、太陽のように振る舞う僧侶はいなかったでありましょう。もし、長生きして仏教のためにもっと 尽くすことが出来たら何処まで伸びたかわらない逸材でした。

師匠は時たま過去世の話をしました。「わしは、前の世では一生を仏道修行に捧げ、 禁欲生活をした。その功徳によって今生では法力と霊感を得、地位と名誉と金銭に 恵まれることになった」と。 また、私が寺に全く縁がない田舎者なのに、こうして師匠と縁があって僧侶になれる因縁 についても霊視してくれたことがありました。 「お前の母方の先祖は戦前ずいぶんと坊さんや法師と呼ばれる修行者に食物を施して おるぞ。そのうちの一人の坊さんは、あやういところを命を救われ、後に成功して大変 感謝されている。その功徳によって、わしのもとで僧侶になることが出来た」という ことで、早速にその年に帰郷した折、母に聞いてみますと、確かに祖祖母が 戦時中に、そのような坊さんを助けたことがあったということでした。当時は農家と いえども白い米は食べてはいけない時代で、こっそり軍兵に見つからないよう隠して あった白米を焚いてもてなし、お弁当も持たせてやったらしく、後で祖祖父に「軍兵に わかったら大変なことになるとこだったぞ」と怒られたらしいです。

13日からお盆、多くの地方で13日朝には精霊棚を作り、ご先祖さまの霊にごちそう を用意しておき、夜には祖先が道に迷わないように迎え火しますね。あらゆる功徳の 中でも食物を施すのは大変な御利益があります。祖先の霊に食べ物をお供えするだけ でも善徳なのに、まして、生きている人の体と命を養う功徳は計り知れません。 親は子に、師は弟子に、社長は社員に、裕福な者は貧しい者に食事を与えなければ なりません。「飯食いましたか!?」


法話101・銀座の夜に夢開く

師匠は夜の銀座を仕事場にしていたようで、高級クラブには政財界の大物と呼ばれる ような人や芸能人がいつも来ていました。師匠は冗談で「俺は東京のアルカポネ」と 自分のことを呼んでいまして、舶来のスーツに白い帽子、白いシューズは超かっこよく、 調子が出てくると得意のドスが利いた浪花節調説法がはじまり、どこの店でも人目を引く ので、お店が貸し切りになってしまう、そんな風でした。今から20年以上も前の話 ですが、私が20歳代で修行していた時期、銀座の夜は非常に賑やかで、また、高度 成長期のまっただ中ということもあり高級酒場も栄えていたのです。

私は、いつも師匠のお供に借り出されました。師匠がいうには、「お前は、他の弟子と 違って、俺がどこに行っても寛容で、カラオケもうまいし、気を使うことがない」という ことでした。実際に師匠の傍若無人、天衣無縫の振る舞いに、「これが坊主か?」と がっかりして弟子をやめた尼さん候補がいましたが、あの人は私と同年代だったから、 その後どのような人生を歩まれたのでしょうか。

さて、お寺というところは朝夕のお勤めの他、昼間の信者のお相手や事務が終われば 仕事はたいしてありませんので、彫刻、彫塑、彩色の学校や先生宅に通う以外の日は、 夜は仏像彫刻を彫っていました。師匠のお供をすると帰りが明け方になることもあるので 仏像が彫れなくなります。私は著名人やホステスの顔を見る以外は、男と女のかけひき、 男と男の駆け引きは得意ではないし、お供の弟子だから出来ないわけだから、銀座に 行くのは好きではありませんでしたね。只、毎日深夜まで仏像を彫るのが好きで好きで、 彫刻刀を銀座のクラブまで持参するほどだったんです。

あれから20年後、不景気の時代になって銀座の店もホステスの数も激減したと聞いて います。あの美人ママもホステスも、もう年輩になられたことでしょう。しかし、 私が今、彫っている天女さまのお顔とお姿は、あの頃の作品より益々麗しくなってきて います。観音さまから、「女性に引かれるなら、女性の芸術的美を求めよ」とご神託 戴いたことがありましたが、永遠に年とらない麗しい夢や理想、美しさを彫って 行きたいです。

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