瑞雲の法話「仏の教えをわかりやすく、少しずつ」
仏像彫刻と法話の世界

仏師、瑞雲の法話(第3章)
仏像画像付き

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法話第3章

仏師、瑞雲の法話 (第三章)

毘沙門天
瑞雲作毘沙門天像
第1巻 第2巻
仏師、瑞雲の法話集第1巻 仏師、瑞雲の法話集第2巻
第1章  法話1〜法話14 (2000) 第1章 法話101〜113
第2章 法話15〜法話21 第2章 法話114〜126
第3章 法話22〜法話29 第3章 法話127〜140
第4章 法話30〜法話39 第4章 法話141〜153
第5章 法話40〜法話48 最終版 法話154〜
(仏師瑞雲の法話最新版)
第6章 法話49〜法話57 (2001) NEW
第7章 法話58〜法話66 2011以降の新法話
第8章 法話67〜法話76 ますます、おもしろくなった
仏師 瑞雲の仏像彫刻と法話
第9章 法話77〜法話87 (2002)
第10章 法話88〜法話100
この法話は、宗教や宗派に関係なく全ての利害を超えて、人々が等しく真実の仏の教えに浴し、心の平安と人生の真の意味を得て貰いたいという個人的悲願から執筆しております。


法話29 夏!青春

 今年の夏は猛暑。このホームページを開いて始めて迎える夏で、ネットサーフィンしていますと、殆どが20代、30代前半のお若い方々なので、青春の香りがしてきて、とても羨ましく、もう一度あのころに戻れたらと思うことがあります。
 私の場合は、18才で出家しました。お寺の小僧になり住み込みで勉学と修行を12年もしていましたので、普通、皆様が体験するような青春を謳歌するというわけにはいきませんで、夏ともなると、浜で遊んでいる海水浴客を見ながらの、お経回り(一日に六十件回る)はとても辛いものでした。
 家内は「あなたは、青春を全部、お坊さんの修行と仏像彫刻につぎ込んだから、今があるのよ」といいます。確かに修行の合間の仏像彫刻は私にとって、たった一つの楽しみで、それは趣味と言うより「恋人」以上のものでした。一度目、異性と近づきたくてモーションをかけ、つきあっていたところ、観音様より「仏像彫刻にひたすら熱中するように、女性はまだ早い、仏像彫刻家になれぬぞ」とのご神託を頂きました。二度目はそれから五年後今度は本当に真剣で結婚まで考えたほどでしたが、また、観音様より「その女性は、お前に向かない。ちゃんと決まった人がいるので、時期が来るまで女性とはつき合ってならぬ」とお諭しを受けたのです。今、考えれば、仏像彫刻に全てをかけなければいけない青春だったと、今更ながら思います。

 さて、お釈迦様の青春時代はどうだったのでしょうか? 「増支部経典」によれば、お釈迦様は大変に裕福な釈迦族の王子として生まれ、冬、夏、雨季用の宮殿を与えられて、ありとあらゆる歓樂と美しい女性達に囲まれた優雅な青年期を送られていました。しかし、釈迦幼少時のアシタ仙人による預言通り、既に釈迦の心には、人生とは何かという深い苦悩が芽生えておりました。
 有名な「四門出遊」の伝記、ある時、釈迦は父の許しを得て、外出することになります。東の門からでた一度目の外出で、しわだらけで歯が抜け、杖をついている老人に会い、その様を見て深く心に傷が付き、引き返しています。二度目は、南の門から出て、苦しんでいる病人を見て、人には病気というさけれないもののあるのを知って、また城内へ戻りました。三度目は、西の門から出て、嘆き悲しむ遺族に付き添われて、担架で運ばれていく死人を
見、深く心をうたれました。最後の外出は、北の門から出て、衣をつけた托鉢僧にあいます。柔和な顔で静寂な様子。侍者に聞いてみると出家者という官能の快楽や欲望を離れ、ひたすら心の静寂を求める人とのこと、釈迦は、心の開ける思いがして、出家を決意することになります。
 釈迦が四つの門から出て、人生の根本的苦悩である生老病死の有様に出会ったのが仏教成立の元になった出来事と言われております。
 最近のニュースで、若年層による弱い者いじめ、動物虐待、ホームレスなどへの暴行の話を聞くとき、こういう若者には仏性はないのだろうか、やがて老いて病を得、同じ立場に必ずなると言うことが分からないのだろうかと失望します。青春を楽しむのはよい、しかし、驕(おご)ってはならない。


法話28 守護神としての仏像

 最近、毘沙門天像の制作依頼がありました。この仏像は某仏教系大学生が一生、お祭りしていく守護仏としての制作です。彼は、始め国立理工系の進学を希望して、何回も受験しました。解答はほぼ全部、分かるほどの頭の良い人ですが、答えが分かっていて、いざ、答案用紙に答えを書こうとしますと手が動かなくなるのです。こうしたことが何回かあり、結局、宗教に携わるほど信仰深い家系の長男ということもあって仏教を学ぶ事になったわけです。霊感師の霊視によると毘沙門天様が彼と共にこの世に修行に来ておられるとのこと、ご尊像をお祭りして仏像の中に魂をご安置されるようにとの助言を得て、彫らせていただくことになったわけです。
 私達が毎日を無事に過ごせるのは、目には見えませんがこうした因縁のある神仏、ご先祖また、誰も持っている左右の肩の守護神のおかげです。仏教は「因果応報」と「輪廻転生」を教えています。人は生まれ変わり死に変わりして積み上げた善行悪徳により、その報いを受けて、それぞれ、因縁のある世界に生を受け、あるいは苦しみの多い、あるいは恵まれた人生を歩んでいるのです。
 食物によって体が動くように、守護神、ご先祖や本人の功徳によって幸せが来ます、幸せとは、守護神の威光やご先祖、本人の功徳が輝く状態をいいます。 悪い因果を絶ち、良い境遇に変化するのは実に大変なことで、本人の努力や信仰、そして護神のお導きによって可能となるものです。人が生をこの世に受けたのは、輪廻転生の道理を知り、再び迷いの世界にもどらない境地に至るため、魂を向上させるために他なりません。守護神はいつもかげとなり日向となって、共に修行をしています。
 父母を等しくして同じ境遇に生まれても、片方は金銭に恵まれた一生を送り、もう片方はお金と縁のない一生を送るのは、因縁と守護神の違いに依るものです。 私が僧侶になったのは、真実の姿を見極めたかったから、その解答がお釈迦様の教えにはあるような気がします。猛暑の中にあって涼しい風を求めるように、煩悩が燃える迷いのこの世にあっては、欲望の虜にならず、人は悟りを求めなければいけません。


法話27 ほどほど

 お釈迦様のお弟子にシュローナという者がいました。この人は大変な努力家で、足の裏から血を出すほど道を修めたが未だ悟りを得ることが出来ませんでした。
 お釈迦様は哀れんで言われました。「シュローナよ、おまえは琴という楽器を知っていよう。糸が張りすぎても、また緩くても、良い音は出ない。緩急よろしきを得て、はじめてよい音を出すもの。悟りを得る道もこれと同じく、怠れば道を得られず、またあまり張りつめても、決して道は得られない。だから、人はその努力についても、その程度を考えなければならない。」 この教えによって、シュローナはやがて悟りを得ることが出来たといいます。
 
35才で悟りを開くまえのお釈迦様は、ウルヴィルヴァーで、過去のどのような修行者現在のどのような苦行者も体験したことのない激しい苦行をされていました。やせ衰え精魂つきて倒れた釈迦を心配された神々は一つの諭しをお与えになりました。「ほどほど、適度」。6年間の苦行に終止符を打った釈迦は、スジャータという娘の施した乳粥(米のカユ)によって健康を回復し、悟りを開くことになるわけです。
 「ほどほど」というのは「中庸」、「良いバランス」ということです。今夏のように暑いときには、体を冷やす必要がありましょうし、不景気で懐具合の寒いときは出費を押さえて収入を得る道を考えなくてはなりません。忙しすぎてもいけませんし、暇が多すぎても、なおいけません。程良く生きましょう。


法話26 お盆

 7月13日はお盆の迎え火、16日は送り火です。月遅れの8月13日〜16日をお盆としている地域もあります。お釈迦様の四大弟子の一人、神通第一(神通力を持っていた)といわれた目連は餓鬼界に落ちて苦しんでいる母親を見つけます。この母親は生前、欲が深く、しかも施しをしなかったので地獄の次に罪の重い人が行く餓鬼道に落ちたのです。
 目連は、何とか救おうとしました。しかし、食物を与えようとするとたちまち石になり、水を与えようとしますと炎となって燃え出します。困り果ててお釈迦様に教えを請う事になりました。
 お釈迦様は「目連よ、雨季の断食修行が終わる7月13日に、たくさんの食物を用意して皆に供養するがよい」と教えられました。たちまちその功徳が現れて、餓鬼界の母親が救われました。これがお盆の行事のいわれであります。

 「地獄の窯の蓋が開く」といわれるお盆の時期には、こうした成仏していないご先祖も救いを求めて地の底からはい上がってくるそうです。それで、迎え火して、ごちそうを仏壇などに用意しておくわけです。

 さて、ここで質問します。どうしてお釈迦様は7月13日を指定されたのでしょう?インドには三ヶ月の雨季があります。雨季の間は遊行が困難なので、一カ所に集まり断食修行することになります。修行が開ける7月13日頃が一番空腹なので、その時の施しが最もお坊さん達に感謝されるわけです。この功徳は大変なものであるとお釈迦様は知っていらしたというのが私の持論です。
「十悪因果経」に
一、富貴は慈善より来る
二、福徳は善根より来る
三、無病は信心より来る
四、愛嬌は忍辱より来る
五、智恵は精神よりくる
六、高位は礼拝より来る
七、ーーー等
とあります。これは因果応報の現象を説いています。一年に一回のお盆の時期、良いことをすれば良い結果が、悪いことをすれば悪い報いが来るという「因果」の道理を、もう一度思い出してみましょう。釈迦の教え、五千余巻を要約すれば「因果の教え」です。


法話25 ちょっとしたご縁

 お釈迦様が祇園精舎にいらしたときのお話です。酔っぱらいのバラモン(インド、バラモン教の僧)がやってきて、俺を仏教の坊主にしてくれと頼みました。酔っぱらいの頼みなので弟子たちは相手にしなかったのですが、お釈迦様は侍者に命じてその男の頭を剃って僧衣を着せました。
 次の日、男は酔いが醒めて、自分の頭が丸坊主になっているのに気づいて、逃げ帰った。弟子たちはお釈迦様に「どうして、出家する意志のない酔っぱらいを出家させたのですか」と問いました。
 お釈迦様は「たとえ冗談でも酔った勢いで、はじめて出家したいと、男の心に仏性が芽生えた。これまで生まれ変わり死に変わりする輪廻の間に、はじめてその気になった、これが縁で、いつの日か本当に出家することになろう。」と、ちょっとした縁が大事であることを教えられました。

 長い人生の間には、お寺巡りをしてみたい、法話をきいてみたい、仏像を彫ってみたいと殊勝な心、仏心を起こすときがあります。そこで、ご縁が出来て、本当に尊い仏の教えに浴せた人は幸福です。人間に生を受けるのは難しい。「無量寿経」に「仏に会うことは難しく、聞き難いこの教えを説く人に会うことも難しく、その教えを信じることは更に難しい。」とあります。
 ですから、当方のホームページにご縁があっていらした人は、大きな利益を失わないように仏を信じ喜べる人になれるよう、お祈り申し上げます。お盆が近づいて来ました。次回はお盆の話もしたいと思います。瑞雲は僧侶ではありますがお寺に住んでるわけではなくご信者からのお布施を主体として生活しているわけでもありません。これまで、仏師として東洋仏所という仏像制作所を運営してきて生きて参りました。もうじき、第6番目のサイト、これはビジネス専門ですがオープンします。皆様の人生にとって、非常に役立つ内容の仏像サイトにしたいと思います。


法話24 勇猛精進

 前回に続いて駿河の偉人、「駿河にすぎたるもの二つあり、富士の山に白隠」と賞賛される臨済宗中興の祖、白隠禅師は宗教家として書家として江戸時代に大活躍されました。このお話は、白隠禅師が86才の時、風邪をひいて寝込んだときの逸話です。
 老境に入って始めての大風邪で、ゼ−ゼ−うなってフトンの中で苦しんでいる傍らには、心配そうにお弟子さん達が控えて代わる代わる看護をしていました。白隠禅師は意識ももうろうとして深い眠りに陥ってしまいました。すると、不思議な夢を見ることになります。
 彼が若い頃お世話になった和尚さんが出てきて、「白隠よ、良いことを教えてやろう。勇猛に精進、いつも忘れるでないぞ」とお告げがありました。白隠は何を悟ったのか、すくっとフトンから起きあがり、いきなり「カーッ!」と大声を
張り上げました。すぐさま衣に着替えて布教に行きましたから、弟子達はビックリしました。それからというもの、西へ東へ寝る間も惜しんで世の為、人の為に働きました。臨終の間際も「カ−ッ」と気勢を上げて大往生されたそうです。

 「無量寿経」に「この国(極楽)は休息の地ではあるが、安逸の所ではない。次に生を受ける世界の為に英気を養い力を蓄えておく場所である。人のいる限り、生物の続く限り、再びそれぞれ縁のある世界に帰って、仏の仕事をしなければならない。」とあります。
 白隠禅師のような生き方、死に方いかがでしょうか?。現在、日本は前代未聞の高齢化社会に入ろうとしています。痴呆症や高齢者医療の問題など新たな社会問題がクローズアップされ、もはや私達一人一人が必ず直面しなければならないと言っても過言ではありません。私は、これを克服する鍵は、まさに「勇猛精進」という言葉にあると考えます。自分の事だけ考えず、仏の教えのように、慈悲の思いで何事にも立ち向かおうではありませんか。


法話23 清水次郎長親分

 講談や浪曲で有名な清水の次郎長親分のただの暴れん坊だった、まだ無名時代のお話です。たまたま、清水港に通りかかったお坊さんが次郎長を呼び止め、「あなたの顔には死相が出ている、後一年の命」と言って立ち去りました。
 次郎長は「クソ坊主が何を言うか」と思いましたが、一年後が近づくに連れ、気になり、どうせ後わずかな命なら、飲む打つ買うと遊んで暮らそう、全財産を使い切って、困ってる人を助けてやろうと、貧しい人々に家業の米をタダで分け与えたので、清水港の人々の彼を見る目が違ってきました。
 ところが、一年経っても二年経っても死にません。「坊主に騙された」と思っているところへひょっこり、あのお坊さんが現れました。次郎長が「よくも騙したな」と怒りますと坊さんは「あれ? 死相が消えてる。これまで予言がはずれたことがないのだが、何か世の為人の為になるような善行をしなかったか?」と言います。次郎長が全財産をはたいて人助けをした、いきさつを語りますと、「大きな善根を施したので天から寿命が与えられたのじゃ。」と坊さん。
 次郎長が海道一の大親分と言われるようになったのは、この時の体験が元で生き方が変わったからと言われております。

 「無量寿経」に「この世の人々は、良い行為をすれば善を得、施せば幸いを得るということを信じない。善悪に関わることを信じず、ただ己のためにだけ厚くもてなして欲に振り回されて、飽きることを知らない。」とあります。良いことをすれば良い結果が、悪いことをすれば悪い結果が出る。だから、努めて良いことをしなさいというのが仏教の教えの要です。それによって、運命も好転するし、死後も良い境遇の来世か天上界の地位が約束されます。
 「易経」にも「積善の家に余慶あり、積不善の家に余おうあり。」とあります。バブルがはじけて、たくさんの会社が倒産しました。持ちこたえられなかった会社の多くは目先の利益に目がくらんで、私利私欲にのみ走った所が不思議と多いのは、誠にお経の教える通りです。


法話22 霊気のお話

 6月6日に、東京浅草の浅草寺に仕事の用事のついでではありましたが、連れがあったのでお参りしました。浅草寺はいつ行っても賑やかで参拝者が絶えることがありません。最近は外国からの観光客も多くカラフル、心がうきうきします。
 このお寺のご本尊は観音様、歌にうたわれるほど庶民に親しまれるのはなぜだろうかという疑問が境内を歩いている内に解けました。すばらしく賑やかな霊気、おそらく竜神様(すごく美人でやさしくて知的な女性の)が化身としてお住まいになっていらっしゃる神聖な場所そういう感じがしました。本堂の隣には七福神堂があり、福の神様達もこの地を守護しているわけで、現在の寺運繁盛をもたらしているようです。

 仏教では、本来人は誰でも幸せになれる、即ち、成仏出来る仏の種(仏性)を持っていると説かれております。しかし、過去世の罪と煩悩があまりにも深いので仏性(幸せの種)を見つけだすことが出来ない。どんな知識人でも不可能で、ただ仏の力によってのみ成し得るーーー(大般涅槃経)
 昔、一人の王が多くの盲人を集め、象に触れさせて、象とはどんなものであるかと、めいに言わせました。象の牙に触れた者は、象とは大きな大根のようなものであるといい、耳に触れた者は、扇といい、足に触れた者は臼(うす)といい、尾に触れた者は、縄といい、一人として象の姿をとらえた者はいなかった。
 人を見るのもこれと同じで、本人でさへ仏性は分からない場合が多いのです。死後も失われず、煩悩の中にあっても永遠に滅びない仏性は、泥沼に隠れた蓮の花のようなもので、実に最も優れた人間の特質です。仏の教えでは、この仏性を知ることを尊いとしています。

 仏性の話しになってしまいましたが、本筋に戻りますと、人は世俗の事で迷いの生活を送って、苦しみの中で、物事を逆さまに見ているのが普通です。だから、神仏の霊気に触れることが大切で、それによって、自分の仏性を発見出来ます。神社仏閣に参拝してすがすがしい気分になるのも、仏像のお顔を見て有り難い気分になるのも、心の奥底に隠れている仏性が喜んでいる証拠です。これは哲学や科学を越えた世界です。 朝起きて太陽を拝し、その陽気に触れ、清浄な神仏の霊気に触れる生活いかがですか?

(仏教聖典より一部引用)


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