瑞雲の法話「仏の教えをわかりやすく、少しずつ」
仏像彫刻と法話の世界

仏師、瑞雲の法話(第7章)

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1)法話 (第七章)

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観音菩薩
観音菩薩・瑞雲作木彫金箔)
第1巻 第2巻
仏師、瑞雲の法話集第1巻 仏師、瑞雲の法話集第2巻
第1章  法話1〜法話14 (2000) 第1章 法話101〜113
第2章 法話15〜法話21 第2章 法話114〜126
第3章 法話22〜法話29 第3章 法話127〜140
第4章 法話30〜法話39 第4章 法話141〜153
第5章 法話40〜法話48 最終版 法話154〜
(仏師瑞雲の法話最新版)
第6章 法話49〜法話57 (2001) NEW
第7章 法話58〜法話66 2011以降の新法話
第8章 法話67〜法話76 ますます、おもしろくなった
仏師 瑞雲の仏像彫刻と法話
第9章 法話77〜法話87 (2002)
第10章 法話88〜法話100

法話66・不動明王とはえ叩き教育法

仕事が彫刻家という狭い世界に閉じこもる性質のものですから、たまに自分の子供の
名前も忘れるほど、子供には無頓着でした。しかし、家内は私の分もしっかりと彼女自身が
発明した「はえ叩き教育法」で子供二人を教育してくれました。

「おとうさんは、自分の世界に閉じこもり子供と話をしても、あっ、そう。あっ、そう
ばかりだから」と事の善し悪し、父親の偉大さを小さいうちに骨身にしみてわからせる
必要があると、最初は平手打ちでしかっていたのですが、手が痛くなるのではえ叩き
変更。これが利いたか、良い子に育ってくれたと感謝しているところです。痛みを与え
た分だけ添い寝してやって、愛情も十二分に与えるのがコツと言ってました。

児童虐待ということが言われていますが、ある意味では体でわからせる教育法も必要かも
しれません。「獅子は子を千じんの谷へ突き落とす」ともいいます。
修業時代、落ちこぼれ気味の弟子がいて非行に走り、もう破門だという
ときに、観音様は「ひっぱたいても今わからせろよ」とご命令を出されたのが思い出さ
れます。一度、甘やかされて非行、悪道に走った子は、立ち直りが大変なのです。
もし誤って、人を傷つけたら、一生どころか死後も罪の償いをしなくてはなりません。
家庭にあっては、一家の主を中心にして、ちょうど今来ている台風15号のように、
ちゃんとしっかりした台風の目があるような、そんな家庭を作らねばなりません。12
,3才までが子供のしつけが出きるチャンスの時期です。
私は、父親として自分のポリシーを教えました。人が右と言ったら左と言いなさい。
人が勉強してるときは遊びなさい。学校で教わったことは、その場で覚えなさい。
自主独立の精神を教えました。

教育法に「愛の鞭」という言葉があります。仏教では仏法を信じなかったりそしったりするものを降伏させるため、また教え導くため不動明王がおられ大日如来に仕えておられます。不動明王は教えを聞かないものには恐ろしい忿怒形(ふんぬぎょう)ですが、信心深い者には、かわいい童子の姿で、その者に仕えてくださると言われています。仏教の世界でも不動様や鬼子母神さまのような教育者がおられます。

六方礼経」に親子の道が説かれております。
子は父母に仕え、家業を手伝い、家運をもり立て、父母の死後は懇ろに供養をする。
親は子に善悪を教え(しつけのことですね)、教育を受けさせ、独立させてやる。
こういう家庭は平和で波風が立たない。


法話65・仏師として誓願に生きる

おそらく大部分の人々は、今日本も世界も大変革期にあるということに気づいておら
れることでしょう。構造改革、教育改革、身近では会社内のリストラクションなど、
避けて通れぬ試練です。全ての人々が痛みを伴う新世紀になりました。

こういう不安な時代を乗り越えるには強い意志、心が必要です。仏教では「誓願」とか
心願」といい、利己的個人の願いを越えた、世の中を明るくまともにしたいという
神仏に喜ばれる心です。この心が誠の信仰の心で、これが欠けていたため、現在の不況
も多発する異常犯罪、いじめ問題も起こっています。そう! 私は世界的信仰心の欠落
が現在の世界情勢を招いたと思っています。

「私は宗教に頼るような弱い人間ではない」とおっしゃる方が多いでしょうが、これは
思い上がりです。キリスト、お釈迦様、日蓮聖人、弘法大師、皆、弱い人間でしょうか?
自分だけ良ければかまわないという迷いの心を越えて、苦しむもの、悲しむもの、迷う
ものを救うことが出来なければ自分も幸せではないというような利他の精神、菩薩の心
を持って生きるのが、仏の究極の教え
であります。皆がこの生き方を目指せば、仏典に
説かれているように極楽がこの地上に誕生します。

「雨よ降れ、嵐よふけ、人々が太古の昔のように天と地と神仏を敬うように神仏の威厳
を示せ!」と私が言うと「けしからん!」と思われる方もおられましょう。
観音様は私に「心願を持って生きよ、必ず守護があるぞ」とご神託されました。
私は外見はただのおっさんですが、ひとたび仏を心に念じれば豹変します。
私の心願は真の仏、諸仏の心と教えを彫って、世間に知らし召すことです。僧侶として伽藍も名声も少しばかりのはした金も、そんなものが何でしょう。


法話64・三面大黒天、不思議な仏像

30才で仏師として独立して以来いつも仕事に追いまくられて、なかなか自分のために
作品を作ることが出来ないのが実状です。

私は福の神の代表である大黒天様とは特にご縁が深く、お彫り申し上げた大黒様は
5000体にのぼります。大黒天は家に大黒柱があるように、我々の生活にあっては
陽気を受けるアンテナの役目をしてくれます。大黒天とは「太陽」「陽気」のことで
「水」の龍神、「地」の稲荷とともに、この天地人三才がそろって万物がなる思想は
古代インド哲学や中国哲学とも関連しています。ちょっとしたお寺や繁盛している百貨店
などには必ずと言っていいほど、この三才がお祀りしてあるものです。昔の核家族化
する前の旧家にも、天と地と人に感謝するこの伝統は残っていました。

さて、私は豊臣秀吉の出世本尊とも言われる三面大黒天像を実は欲しかったのです。
人のために何体か彫らせていただき、功徳があまりにも、口に出来ないほど大きいので
是非、瑞雲の願いをも叶えて頂きたいとかねがね思っておりました。
時期が来たのか、やっと自分の守り本尊として彫ることができ、日の良い日に
開眼して毎朝大黒天経を上げております。お経も軽く、陽気がビシビシ来て心躍ります、
さすが三面大黒天様、仏像の制作依頼の対応に忙しい毎日です。ちゃんと働いて下さる
のですね、有り難いことです。

三面大黒天さまが初めて私の仏像となったときの不思議な出来事をご紹介しましょう。
仏像をお祀りする前夜のことでした。私が深夜、床につくと、うとうと眠気が出てきて寝入ろう
としたちょうどそのとき、鍵で締まっている窓から太陽とお月様、お星様が次次と部屋へ
入ってこられたではありませんか。びっくりするやら、不思議なこともあるものだと思いました。

この現象があったのが7月末で、その年の秋から仏像のホームページからのご注文が一挙に
ふえたのでした。今2012年で、法話を追加記述していますが、それからもう10年以上たっていますが仏像の注文におわれっぱなしですよ。

世間では、閣僚が靖国神社に参拝する、しないで、もめているようですが、今日本は
貧乏神に取り憑かれ、たくさんの人が不景気で困っているのです。福の神も参拝して功徳
をもらって頂き、景気を活気づけてもらいたいものです。三面大黒天を見てみたい


法話63・猿の惑星

久しぶりに家族そろって映画を見に行きました。「猿の惑星」は人気があるようでレイト
ショーでもほぼ満席でした。

この惑星は宇宙船が強大な宇宙電磁波の影響で、ある惑星に不時着後、何万年という時を
経て同船に乗っていた猿が進化し、猿に人間が支配されている惑星です。旧約聖書の
創世記も引用されていて、いかにもキリスト教圏の映画だなと思った次第です。宇宙から
何物かがやってきて猿と人類の文化が誕生するーー科学的にはあり得るかもしれませんが?。

さて、法華経「如来神力品」には、「地球は諸仏の古里、この地球で生まれ修行し悟りを
開かれた。だから、皆この、今いるその場所に塔を立て仏を供養すべし」と説かれており
ます。地球の年齢は40億才、宇宙的時間で見れば、人類が誕生したのは極最近、お釈迦
が生まれたのはわずか数秒前の出来事です。何億年も生まれ変わり死に変わりしながら
生き物は進化し修行しているのかも知れません。実はこの地球は諸仏の惑星なんです。

法華経「譬喩品」に、「この地球の、様々な苦労をして生きるいる人々は実は皆、仏の
子である」とあります。40億年の歴史が、諸仏のご苦労が自分の遺伝子の中にインプット
されていると思えば、すべったのころんだの、景気が悪いだの良いだの、いかほどのこと
がありましょう。


法話62・子育てと四食

最近は少子化にもかかわらず、20〜40代の母親は子育てに苦労しているようです。
昔は貧乏子沢山といって、日に三度の食事をとられない家庭はざらでした。それでいて、
ハングリー精神が発達し出世成功するものは、こうした家庭から出るものなんです。
四畳半一間に8人家族、勢いがあって必ず家運は興隆します。今の日本の傾向は衰微の
形の典型だと思います。

自然界は弱肉強食のそうは甘くない世界です。子供をたくさん作っても大半は他の動物
の餌食になり、運の良い子供だけが大人になれます。ある鳥は、羽が生え始めた小鳥
どうしを喧嘩させ、強い方だけをを育てます。餌が少なくてすみますので生き延びる智慧
ですね。

さて、仏教に四食(しじき)という言葉があります。人は毎日食べる、日に三度の食事、
一つ目の段食(だんじき)だけでは生きていけないのです。

二つ目に触食(そくじき)といって、スキンシップが必要です。いつも、そばにいて
くれる、目にかけていてくれるという安心感が心の栄養になるのです。

三つ目は思食(しじき)といい、人はどんなに困難な状況にあっても希望や夢があれば
耐えられるものです。希望や夢に向かって成長発展していきます。

最後の四つ目は識食(しきじき)、見るもの、聞くもの、臭い、味わい等、目、耳、鼻、
舌などの感覚器官を色んな文化出来事に触れさることです。この四つの食事をバランス
良くとることが健全な体と心の成長に必要とされています。四食の教えを子育てに役立て
てみてはどうでしょうか?


法話61・誠の教育者

先月、知り合いの老夫婦の為に家内の知人から、雑種ですが生後一月半の子犬をもらって
来ました。何匹もいた子犬の中で最後に残っていた犬のせいかおとなしくて吠えません。
乳牛のような白と黒の斑点模様があるのでモーちゃんと名付けられていました。

郊外の老夫婦二人暮らしは物騒ですし寂しいので番犬に育てなくてはなりません。息子が
人の良い老夫婦では犬がダメになるからと調教役を買って出て、毎日しつけています。
おすわりがちゃんと出来たら褒めてやり、そそうをしたら厳しくあたります。そのせいか
あっという間に、おりこうさんな子犬ということで近所の評判になった次第です。

誠に教育というものは生けるものにとって大切なことですね。赤子は母親の肌に触れて、
赤子として安心ですし、早くから良いしつけを身につければ人生に迷いがありません。
学校に上がって良い先生に出会えば、刺激されて立派な道を志すようになります。

犬が犬として幸せな人生を送れるのは、子犬のうちの、しつけと教育です。さもなくば
野良犬か感心出来ない犬ということになります。人もまた、幸せな人生を送れるのは
子供のうちのしつけ、学校での勉学、若い内の試練、これが人生の肥やしになります。
さもなくば、五欲に執着して悪道に墜ちるか、生存競争に負けて泣きを見ます。

ところで、仏典には、信仰は誠の師、伴侶、友人であると説かれております。私には
この意味が良く分かります。人はどんな世界であれ、男であれ、女であれ修行させられ
ます。歳を取っても死後も、どんな出来事があっても、栄枯盛衰にも驚かず悲しまない
智慧と喜びを与えてくれる、誠の教育者が必要なんです。

(パーリ・華厳経・法華経より)

法話60・暑いですね、餓鬼道に注意!

7月に入ったばかりというのに、この暑さ。関東大震災があった年も暑い夏だったと聞いて
います。7月から8月はお盆月で、仏教では地獄や餓鬼界に墜ちた霊が子孫の供養が欲しく
て人間世界に戻ってくるといわれており、今年は13日が霊を迎える迎え火ですね。地方
によっては8月に旧盆をするところも多いです。お寺では地獄や餓鬼界(餓鬼道)で苦しむ
霊のために施餓鬼法要がおこなわれます。

施餓鬼法要は、仏弟子だった目連の母が欲が深く物惜しみの強い性格だったため餓鬼道
墜ち、苦しんでいるのを救うため、お釈迦様のご指示により、50人もの僧侶に法要を
たのんで善徳を積み救うことができたことから始まりました。

餓鬼界というところは鎌倉時代の「餓鬼草紙」に描写されているように、ものが食べられない
世界で、食物も火に変わる恐ろしい世界です。やせ細り腹だけが突き出て糞や濃血などが
食物として許されます。

戦後、アメリカのような物質的豊かさを求めて高度成長した日本。
エコノミックアニマルとあだ名され、金にいとめをつけず、世界中の肉や食物、美術品、建築
用材などなど買いあさった日本。人々は物狂いとブランド志向になり、いつしか古来からの
伝統や慣習を忘れ、今、バブルが崩壊して、おろおろしております。心悪しき者が数多く
毎日、新聞の社会面を賑わせております。もう、日本はかなり餓鬼界に近い様相ですね、これは。


前にも述べましたが、1990年頃、「不景気は続き、やがて銀行が倒産する時代が来る」と
諸天からご神託をいただいたのは、お釈迦様や日本の神々が本当に心配されておられるから
ではないでしょうか。「このメッセージは同時に何百人かに送ったぞ」ということでした。
法華経には釈迦出現の理由が書かれております。「物質的に人々を楽にさす為に仏がこの
世に出たのではない。真の幸せを教えて導き、共に極楽のような世界を作るために、わざ
わざインドに生まれ、五千余巻の法を説いたのだと。
(法華経・方便品より)


法話59・威厳を彫る仏像制作

今朝の新聞にアメリカの経済不況によるIT産業のリストラ促進の記事が出ていた。今年は
より厳しいリストラクションを企業はおこなって生き延びようとしているらしい。日本でも
なかなか不況から抜け出せず、いつリストラされるかわからないご時世、これが世相という
ものであります。仏教で言うところの欲界、俗世間、迷いの世界であります。

私は芸術家で、仏像制作が仕事ですからリストラされることはありませんが、たまに生活の
ことを考え始めると
すぐ、ご守護の諸天や観音様から怒られます。「心配するな、世間がどうあろうと己の道を
信じて行くように、必ず御守護はあるぞ」。世間に惑わされるようでは、まだまだ心が
弱い、修行が足らないということなんです。

さて、彫刻家として独立してから一番たくさん彫らされたのは大黒天、福の神でした。
5000体以上は彫っていまして、お祀りしていただいたお寺さんや一般の人々から
不思議な功徳を頂きましたというお礼の便りも多いのです。大黒様はどこもかしこも丸くて
角がないように彫ります。これは仏教の教えの要、「中道」を教えており、いやみのない
福々しい笑い顔は招福の元である「愛嬌」を示しています。私は独立して以来、「中道と
愛嬌の精神」を彫ってきたと思っています。仏像彫刻教室の生徒達にも、この大黒天様が
彫れるようになることが、先ず第一番目のハードルですよと言っています。執着の心を
取って感謝の気持ちで彫れる修行の段階を経ないと、菩薩や如来といった悟りの境地に近い
仏像は彫れないのです。彫っても仏像らしき置物でしかありません。

「中道と愛嬌」の心で彫り上げた仏像は見る人に、かわいらしくて、福のある仏像だなと
思わせます。そして欲しくなり、祀っては福を授けて下さるわけです。

さて、「中道と愛嬌」だけが詰め込まれた仏像が真の仏の段階ではありません。これに
一段階上の「慈悲」と「威厳」が加わらないと天部の高位、菩薩像、如来になりません。
彫る人の心が慈悲と威厳に満ちていないと仏像にも、慈悲と威厳は出てこないのです。
これは何体も彫ったから出てくるというものでなく、心の段階がその領域に達して
より高位の守護霊にご守護してもらえるようにならないとむずかしいことです。

私は、もう30年近くも仏像を彫っていまして、これまでに「愛嬌」と「慈悲」の相が
出ていて良い仏像ですねと誉められたことが何回もありますが、最近、仏像に「威厳」が
出てきましたねと言われるようになりました。仏師として非常に嬉しいことです。
仏像を見るものに畏敬の念を起こさせ時には平伏させます。

仏典に「姿形だけがまことの仏ではない。まことの仏は悟りそのものである。だから
さとりを見る者がまことの仏を見る」とあります。「雨にも風にも負けず、不景気も
何のその、ただ無上道だけを惜しむ、かくの如くありたいものです。

(華厳経・如来高明覚品より)

法話58・人間ドックとコメットさん。

カルチャーセンター講師会の総会と懇親パーテイがあり、行ってきました。私はパーテイ
は嫌いじゃないのでいっぱい美味しいものとお酒をいただき、カラオケも歌って(エルビス)
ご機嫌でした。ただ会員講師の訃報を知り、まだお若いのに急逝され残念に思え、謹んでご
冥福をお祈り致します。

次の日、予約していた人間ドックを受けました。職業柄、無理することも多いことと
もう40才代後半なので定期的検診を受けるのは一家の主の努めでもありましょう。
最近は優れた設備の病院も出来て、スピーデイに見ていただけるので誠に有り難いことです。

ところで病気というものは誰でも感心のあることですから、多くの新興宗教で病気と
宗教という組み合わせを定義付け、病気の治療や心の癒しに積極的で、それが信者獲得
の手段にもなっております。なかには世間を騒がした、うそのでっち上げではないかと
思える宗教もあります。
また、ヨガや呼吸法、「病は気から」ということで浄心行を取り入れた健康法など、
最近の西洋医学でも心と身体が密接な関係を持っていることに注目し始めています。

さて、日蓮上人はご遺文に「業に二つあり。一には定業、二には不定業。定業すらよく
懺悔すれば必ず消滅す。ーーーいかに況や不定業をや。」と仰せです。仏教では過去の
業(カルマ)によって病気などの果を受けるとされますが懺悔滅罪の善行により、良き
業因に転化出き、病気も治るということです。更に法華経の「此の経は即ちこれーーー
人の病の良薬なり」という文を引用して病気が信仰の力により癒えることを説かれて
おります。

何で私がこういうことを書くかというと、実は珍しい、本当にあった体験談を聴いてもらい
からです。

私は僧侶になる前、願掛けした神様から「僧侶になりなされ、さもなくば26才の時に
病気にかかられるぞよ」と17才の時、ご神託をいただいたのを覚えております。
で、18で出家し、案の定26才の時持病が出て歩けないような状態になりました。即、
日頃、信仰していた観音様から「すぐ全身全霊で拝むように」との神託があって、読経中
不思議なことがありました。

1時間位、観音経を唱えていたら観音様の光(法話第一章参照)があらわれ、星の形をした
ちょうど、昔「コメットさん」というテレビ番組がありましたが、コメットさんが魔術を
使うと星がいっぱい出てくるように、白い星の大群が私の体を回り始めました。次の日から
嘘のように体が元通りなったわけです。それから、益々観音様への信仰と修行に励んだのは言うまでも
ありません。(法華経の観音経・寿量品・日蓮上人の可延定業御書一部引用)

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