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四天王像と聖徳太子
(仏像霊験記)



四天王像
瑞雲作オリジナル

四天王像霊験記1

聖徳太子と四天王

聖徳太子、四天王像を刻み戦勝を祈る

日本書紀に書かれていることですが、二大豪族の蘇我馬子(そがのうまこ)と物部守屋(もののべのもりや)が皇位継承問題で対立していたとき大陸から伝わった仏教を導入するか否かで更に対立が深まりました。仏教肯定派の蘇我馬子は軍を率いて否定派の物部守屋を討伐に出ましたが、物部派の勢いが強く大変苦心していました。
そんな折、皇軍(蘇我氏)について従軍していた聖徳太子は白膠(ぬるで)の木で自ら四天王像を彫刻し髪の毛に縛り付けました。そして、「敵に勝たせてくださったなら、必ず四天王のためにお寺を建てましょう。」と誓いました。四天王の霊験あってか聖徳太子達皇軍は戦いに勝利し、推古元年(593)に誓いを果たすべく建てたお寺が難波に建てられた四天王寺(本尊は救世観音で1946年に和宗総本山として天台宗から独立)でありました。 これが事実かは分かりませんが、蘇我氏と物部氏の戦いは史実であり救世観音の化身ともされる聖徳太子にふさわしいエピソードですね。

四天王とは仏教世界の中心にある須弥山の六欲天という人間界に近いまだ欲望のある世界の中の第1天、四大王衆天(しだいおうしゅてん)に住んでおられ須弥山頂上のとう利天(とうりてん)に住む帝釈天に仕え、それぞれ東西南北の方位に配置して仏法を護っていらっしゃいます。多聞天(独尊像として造像安置する場合は毘沙門天)と持国天増長天広目天のことです。

仏像を彫る木には注意が必要

白膠(ぬるで)の木とはネット辞書によればウルシ科の落葉小高木で山に行くとあるらしい。聖徳太子は四天王像を彫るのに、良くかぶれないで仏像が彫刻できたものです。
私も四天王像の一体である多聞天像を楠で彫りましたが、楠も皮膚の弱い人はかぶれることがあります。楠は乾燥していない場合はノコやノミを入れると、楠の樹液が飛び散ります。この樹液が皮膚や顔に付くとかゆくなります。仏像を彫る木には注意が必要なのです。
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一口知識
阿弥陀如来
西方極楽浄土の主である阿弥陀如来さまは、アミタ(無量)アミターユス(無量寿如来)、アミターバ(無量光如来)と訳し、阿弥陀とは「計り知れない」という意味で極楽浄土に導いてくださる仏様。
聖徳太子
推古1年、推古天皇即位 太子30才、摂政となるお姿が聖徳太子摂政太子像。冠位十二階や十七条憲法を制定して政治の基礎も作ったことで知られています。

鬼子母神
初めハーリティ(訶梨帝母)といい、他人の子供を奪って食べてしまう鬼神でしたが、お釈迦さまが彼女が一番可愛がっている末子を隠して、子を失う母の悲しみを諭しました。これより、鬼子母神(訶梨帝母)は仏教に帰依して、子供の守り神となった。
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