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豊川稲荷、最上稲荷、伏見稲荷像
(仏像霊験記)

     
豊川稲荷像   伏見稲荷像 最上稲荷像 

瑞雲作

稲荷霊験記1

   山口 花岡稲荷  毎年11月3日に行われる狐の嫁入りの風習

 言い伝えによると、18世紀前半のことだが花岡法静寺の住職は法事の帰り数珠を紛失してしまった。その夜なかなか寝付けないでいると枕元に白狐の夫婦が現れ「自分たちは白牟ヶ森で死んでいる狐の夫婦です。なくした数珠を届ける代わりに、自分たちを人間と同じように葬って欲しい、そうすれば神通力によって寺や里の人々を災いから守ってあげます。」と言ったかと思うと、枕元になくした数珠が置かれていた。
 さっそく白牟ヶ森に行ってみると、白狐夫婦が並んで死んでいたので、住職は寺にこの白狐夫婦の墓を建ててやり戒名もつけた。その後、この白狐は火難盗難除けの守り神になったという。
 花岡では、死ぬまで離れなかった白狐夫婦にあやかって稲穂祭のあと人力車に乗って狐の面をかぶった新郎新婦を先頭に行列が町を練り歩き、神社で三三九度の婚礼の杯をとりかわし、町の繁栄を祈願するということである。
(日本人はなぜ狐を信仰するのか 松村 潔著 講談社現代新書から引用)

伏見稲荷と日本の稲荷一般論

 最も多い神社は稲荷神社といわれている。その多くは京都の伏見稲荷からの分霊で農家では稲の神、都会にあっては商工業繁栄の神として広く信仰され、そのご神体である稲荷像は神道系の伏見稲荷では老翁のお姿で、仏教系豊川稲荷、最上稲荷では狐にまたがった女神のお姿で個人宅や企業の敷地内にお祀りされています。
 

愛知の豊川稲荷霊験記

曹洞宗の寺院で千手観音を守護する荼枳尼真天が祀られている。
 
 ご神体の荼枳尼真天は「平八郎稲荷」とも称せられている、以下は伝説
寒巌禅師の6代目の弟子、東海義易禅師が妙嚴寺開創の時、一人の老翁があらわれ、「お手伝いをいたします」と禅師に侍して働き、自ら平八郎と称していました。老翁は一つの小さな釜を持っていて、ある時は飯を炊き、ある時は菜を煮、又ある時は湯茶を沸かし、しかも幾百人を接待するにもこの不思議な釜一つで間に合いましたので、その神通に驚かないものはありませんでした。
 そこで、そこである人が一体どのような術を使っているのかと尋ねると「私には三百一の眷属がありますので、どんな事でも出来ないとはない。又どんな願いも叶うのです。」と答えたということです。開山禅師が遷化されると老翁は忽然と姿を消したといわれ、今でも大祭の折、平八郎稲荷と三百一の眷属の供養がなされているという。(豊川稲荷HPから一部引用)

 最上稲荷

 最上稲荷は岡山市北区にある日蓮宗の寺院で最上稲荷山妙教寺、報恩大師が天平勝宝4年(752年)に孝謙天皇の病気平癒の勅命を受けて、吉備山中の八畳岩で修法し、
最上位経王大菩薩を感得、天皇は全快したことで、龍王山神宮寺を寄進創建したのが妙教寺の始まりである
 
 
一口知識
阿弥陀如来
西方極楽浄土の主である阿弥陀如来さまは、アミタ(無量)アミターユス(無量寿如来)、アミターバ(無量光如来)と訳し、阿弥陀とは「計り知れない」という意味で極楽浄土に導いてくださる仏様。
聖徳太子
推古1年、推古天皇即位 太子30才、摂政となるお姿が聖徳太子摂政太子像。冠位十二階や十七条憲法を制定して政治の基礎も作ったことで知られています。

鬼子母神
初めハーリティ(訶梨帝母)といい、他人の子供を奪って食べてしまう鬼神でしたが、お釈迦さまが彼女が一番可愛がっている末子を隠して、子を失う母の悲しみを諭しました。これより、鬼子母神(訶梨帝母)は仏教に帰依して、子供の守り神となった。
癒しの仏像かわいい仏様 こちらの作品群はお仏壇はもちろん、気軽にリビングルームや寝室に置いて、鑑賞と癒し、信仰が出来ますよう現代風にアレンジした瑞雲作オリジナルかわいい微笑仏集です。また、美術コレクションとしても注目度が高い創作芸術で、思わず微笑がこぼれるような愛らしさがあるお顔に自然と心が和み、殺伐とした現代にふさわしい癒し効果抜群の作品です。



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