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地蔵菩薩 子安、水子、子育て地蔵
地蔵霊験記2 
危難救助編
地蔵霊験記3
富裕功徳編
地蔵霊験記4
極楽往生編
六地蔵霊験記
六地蔵

地蔵菩薩(仏像霊験記)その1
 造像の功徳編

地蔵菩薩像 瑞雲作

瑞雲作 地蔵菩薩像

地蔵菩薩霊験記1

三井寺の僧浄照(じょうぞう)が11,2才の時戯れに地蔵を彫った功徳で、30歳の時、一度死んぬが、また生き返った話。
   
 今は昔、三井寺の僧浄照は11,2才の時戯れに地蔵を刻み仏壇に置いて拝むまねをしていたが、その後出家し立派な僧になった。
 浄照が30才の時、病を得てついに死んでしまった。死後、浄照は何ものかに深い穴に落とされ、どこまでも深く落ちていく間、「私は死ぬんだな」と思いながら観音さまと地蔵さまを念じていた。
 しばらく落ちて着いたところは閻魔庁で責め苦を受ける罪人が泣き叫んでいたが、そこに一人の小僧が現れ浄照に「お前は私をしっているか?私はお前が幼いとき戯れに彫った地蔵だ。いつもお前を見守ってきた。」と言って閻魔王に願い出て許してもらった、とその瞬間に生き返った。
 その後、浄照は固い菩提心を起こし諸国を巡って修行をした。
 戯れに地蔵の像を刻み、正式の供養をしていなくても地蔵さまのご利益はかくのごとき
である。まして、発心し造ったり描いたりする功徳はいかばかりであろうか。
(今昔物語巻17の19)

地蔵菩薩霊験記2

播磨の国、極楽寺の僧公真(こうしん)が父の重正地蔵菩薩造像の功徳によって生き返った話。
  
今は昔、播磨の国、極楽寺の僧公真は重病にかかり死んでしまった。死後、閻魔庁につくと、そこは、ひどい責め苦で泣き叫ぶ罪人の声が雷のようであった。
 そこに一人の小僧が現れ公真に「お前の父重正は私の像を造り開眼供養をしてくれた。すでに、重正は擁護しているが、お前も助けてやろう。」と告げて閻魔王庁の門外に連れ出し「すぐ人間界に返り、深く三宝を敬って善い行いをしなさい。二度とここには来ないように」と諭されたと思った瞬間生き返った。
 その後、公真は発心し仏師にたのんで地蔵菩薩像をお造り申し上げ日夜朝暮に供養し奉った。
 この極楽寺にある菩薩像がこれであると伝えている。
(今昔物語巻17の20)

地蔵菩薩霊験記3

三井寺の地蔵菩薩像を修理した供奉(いぐぶ)が、夢に菩薩が仏像を作った仏師、修理した者を擁護していることを告げられ感涙した話。
  
 今は昔、供奉が阿弥陀如来像を造ったおり、古い地蔵菩薩像を修理した。
その時、夢に14,5才くらいの端正な小僧が現れ「わしは、古い菩薩像の地蔵なり、わしを造った仏師を擁護している」と告げられたので涙を流して尊んだ。
 思うに、心を込めて仏像を造らせた人がご利益をいただけるのは当然だが、信仰心がなく代価をもらって仏像を造った仏師にも地蔵さまはご利益を施されると知り、尊んだと伝える。
(今昔物語巻17の12)

地蔵菩薩霊験記4

但馬前司、源国挙(くにたか)が閻魔庁で地蔵菩薩に懺悔し生き返った話。
 
 今は昔、但馬前司、源国挙という人があって朝廷で忙しく働いていたが、病気になり死んでしまった。
死後、閻魔庁に着き、恐ろしい地獄で忙しくしていらっしゃる小僧(実は地蔵)に涙ながらに「助けてください。」と懇願したが、小僧は「人間の世の栄華はかりそめの夢幻、人の罪業は岩山の如し。まして、お前は女色にふけり、その罪でここへ来たのだ。どうしてお前を助けられよう。」と言われるので国挙は「ですが、何卒お慈悲でお助けください。もし、許されて国に帰ることができたなら、全財産で三宝と地蔵さまに帰依しましょう」と申し上げると地蔵菩薩の計らいで閻魔王庁の役人の前で放免してもらった、と思った瞬間、蘇生した。
 その後、国挙は出家入道し、大仏師 定朝にたのんで地蔵菩薩像をお造り申し上げ、法華経一部を書写し六波羅蜜寺にて法要を行った。法会の列席者は涙ながらに菩薩を尊んだ。
 その菩薩像は六波羅蜜寺に今もご安置してあると伝える。
(今昔物語巻17の21)

地蔵菩薩霊験記5

京の祗陀林寺(ぎだりんじ)の僧仁康(にんこう)が、疫病が流行した時、地蔵菩薩像を造り人々を疫病から救った話。
 
 今は昔、京の祗陀林寺に慈悲深い仁康という僧がいた。治安三年(1023)、京をはじめ全国に疫病が流行し、路上が死人で埋まるほど死ぬ人が多かった。
 その頃、仁康は夢に小僧が現れ「地蔵菩薩像を造り、その前で菩薩の功徳を褒め称えよ、しからば苦しむ人々を助けてやろう」と告げられたので、仁康はただちに大仏師、康成(こうじょう)に地蔵菩薩像を造らせ開眼供養し、地蔵講を始めたところ、僧も俗人も男も女も皆来て結縁(仏道修行の道に入り成仏の因縁をむすぶこと)した。
 すると結縁した者は誰一人疫病にかからなかったので、この地蔵講は盛大になった。仁康は老いて臨終の時も阿弥陀如来、地蔵菩薩の名号を唱えながら眠るがごとく大往生した。
 思うに、現世、来世に渡るご利益は地蔵様の誓いに過ぎるものはないのであるから、世の人々はいつの世も地蔵菩薩を信仰すべきである。
(今昔物語巻17の10)
一口知識
薬師如来
正式名は薬師瑠璃光如来。東方浄瑠璃界の教主で、衆生の病気を治し衣食を与えるというような大願を立てられました。他に病気を治される仏様には、薬師八大菩薩のうちの薬王菩薩、薬上菩薩が知られています。

梵天
古代インド神話では宇宙を創る原理を梵といい、これを神格化したのが梵天。仏典では釈迦の説法の座に常におられる。密教では十二天の一人、千手観音の眷属である二十八部衆の一人。
帝釈天
「ふうてんの寅さん」でお馴染みの帝釈天は、古代インドの神話、リグヴェーダでは最強の神で、二頭立ての馬車や象に乗り金剛杵をとって、阿修羅と闘う戦闘好きで酒好き淫乱な人間味のある神とされた。
癒しの仏像かわいい仏様 こちらの作品群はお仏壇はもちろん、気軽にリビングルームや寝室に置いて、鑑賞と癒し、信仰が出来ますよう現代風にアレンジした瑞雲作オリジナルかわいい微笑仏集です。また、美術コレクションとしても注目度が高い創作芸術で、思わず微笑がこぼれるような愛らしさがあるお顔に自然と心が和み、殺伐とした現代にふさわしい癒し効果抜群の作品です。

仏師、瑞雲の法話紹介

法話8,信仰とは理想を持つこと

 ウオルト・ディズニ−の言葉に"If you can dream of it,you can do it"という有名な格言があります。夢を持っていればこそ、物事を実現できるということです。
 オリンピックで優勝するような選手は競技前に自分が一位になって表彰されている姿を頭に思い描くと聞きます。永遠の名バッタ−現巨人軍監督は、打席で、自分がホ−ムランを打ってベ−スを一周している姿を想像していたということを聞いたことがあります。
 お釈迦様は「華厳経」で、この世のすべてのものは、心から起こるものであり、清らかな心でこの世界をみると悟りの世界が現れるが、この世の人々は、常に恐れ悲しみ悩んでいる迷いの心で見るから、迷いの世界が現れると説かれました。日蓮聖人はこのことを、「すべての業障界(苦しみ悩む世界)は、皆、妄想(無知・疑念・偏見)より起こると仰せられております。
 前にもふれましたが、この世は、想念の世界です。ただ、肉体がそれに従ってるだけのこと。一方、あの世、つまり死後の世界は、肉体のない想念だけの世界です。肉体があってこそ、人は勉学もできれば人生の体験から様々なことを悟れるわけですからまさにこの世界はもってこいの修行の場でもあります。
 では、なぜ人は迷うのでしょう。それは、下記{清らかな国」で述べましたように本来持っている仏から頂いた清らかな心、仏性が過去世の因縁、不成仏の霊、此の世で取り込んだ煩悩などで汚れてしまっているからです。
 だれでも、向上したいという夢を持っているのに、実現出来ないのは上記の汚れが原因です。理想を持つと、その反動として必ず試練が来ます。心を鏡のようにきれいに磨くことで、悪因を反射し、悟りの世界(理想)を写すのです。

法話7,清らかな国

 今日のお話は少し難しいかもしれません。心から理解出来る方は清らかなお方でしょう。新約聖書、「マルコの福音書」第10章13節から15節に
 さて、イエスにさわっていただこうとして、人々が子供たちを、みもとに連れてきた。ところが、弟子たちは彼らをしかった。イエスはそれをご覧になり、憤って、彼らに言われた。「子供たちを私の所に来させなさい。止めてはいけません。神の国は、このような者たちのものです。まことに、あなたがたに告げます。子供のように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに、入ることは出来ません。」そしてイエスは子供たちを抱き彼らの上に手を置いて祝福された。
 お釈迦様のお弟子の中にに智慧第一と言われたシャリホツと何を教えても覚えられない全弟子のなかで知能が一番劣ったグドンという人がおりました。お釈迦様は、グドンに庭を掃き掃除することと誰にでも笑顔で挨拶することを教えました。シャリホツは皆の尊敬を受けましたが、グドンはばかにされっぱなしでした。それでも、もくもくと掃除だけ笑顔で挨拶だけで人生を終わりました。死後、グドンは即成仏しお釈迦様から如来の地位を約束され、今でも信仰の手本、愚鈍菩薩として崇められております。一方、シャリホツはなかなか、如来の約束を頂けず、シャリホツ尊者という称号のままです。
 「無量寿経」に、「信を得て、遠い昔に仏が与えられた深い因縁を喜び、厚い仏の慈悲を喜ぶ者は、この世の生活そのままに、仏の国に生まれることが出来る。まことに、仏の教えを聞くことは難しく、信を得ることはさらに難しい。」とあります。
 キリストのお話にしてもお釈迦様の教えにしても、智恵が少々あるためにかえって疑念や慢心の心が沸きがちな大人は、その罪で天国や極楽に生まれにくいということを教えています。本来、人々は誰でも極楽浄土や天国の住人になれる、水晶玉のような「清らかな心」を持っております。ところが、現代社会のスモッグや有毒ガスのような、欲望の心を沸き立たせる情報が多いため真っ黒に汚れているわけです。 3月3日は雛祭りです。この世の貪り、怒り、様々の煩悩の渦巻く中に、心の中をお掃除してお釈迦様の教えをお祭りされてはいかがでしょう。

法話6,仏の教えは五千余巻

 仏が此の世に出現されることはまれであり、こうして皆様に少しでも仏陀の真実の教訓を全ての利害を超えて、伝えることは肝要と思われます。仏がインドのブッダガヤで悟りを開かれてから今年で2950年目(日蓮教学による)、身をもって説かれた教えは五千と余巻にのぼります。我々が読破しようとすれば10年を要する膨大なものですので、肝心な部分を、しかも、サンスクリット語(最初の仏典)から英語に翻訳されたものを更に日本語でわかりやすく解説された仏教聖典から引用して、自分の未熟な人生経験と照らし合わせながら書いております。
 仏の悟りとは、この世の真の姿(法)と生き方(道)であり、仏の本質は大慈悲と言う心ラウンジでもふれていますこの三界(人間が生まれ変わり死に変わりしている輪廻の法則の世界)を覆う慈悲と智慧の光であります。
 ここに子を抱いて乳を飲ませる母子がいるとしましょう。付きっきりで世話をする母の心は大慈悲であり、全ての人に備わる仏の智慧です。学校で習ったものではありません。乳を飲む子は母の心にふれて、安らかで、この乳は自分にとって有害かどうかというようなことは少しも考えておりません。子の心には、母にふれることで本能的に信ずる心が出来ているわけです。この母子の姿こそ法という悟りの世界であります。
 ところが、人々は言葉を持ち、とらわれの心、執着心が育ったために、心の煩悩の欲するまま、好き勝手なことをして自ら迷いの中であえぎ苦しんでおります。
 仏の教えは因果の道理に気付いて、執着心の虜になるなという教えです。全てのものには必ずその原因が存在します。現に今苦しんでいらっしゃる方にしても過去世か今世で行ってきた事の報いの現れであり、この法則に心から気づけば自然に苦しみは消え失せるでしょう。
 子供がリンゴを食べようと慣れないナイフで指を切って怪我をしたとします。当然のこと痛みを感じます。この痛みという苦しみはナイフが原因です。ナイフの使い方を知っていれば怪我はしなかったはずです。この人は今後ナイフの使い方を学ぶことで苦しみはなくなるでしょう。もし、怪我をして良い気持ちのするものなら、益々怪我をするようになるかもしれませんが、痛みという苦しみのお陰で幸福を手に入れることが出来ましょう。
 人生、苦しみ有れば喜びもある、苦しみも喜びも越えたところが悟りの世界です。リンゴを食べられる喜び、怪我をした苦しみ、これらの体験から学んだことが悟りでありこの事件が法(この世の真実の姿)です。痛い思いも仏の慈悲であります。何事もこのように考えて今ご自分が直面する問題に取り組まれたらいかがでしょうか?

法話4,想念がそれぞれの世界を生み出す

 昨日の新聞に、最近の生活の満足度に関する世論調査の結果が掲載されていました。それによると、20歳代から70歳代まで生活が苦しくなったという回答が寄せられており、莫大な税金を投入した景気対策が功を奏していない現実が浮かび上がっています。 国民に還元されない仕組みがいつまで経っても悪循環をもたらしているようにも思えます。
 仏典には、社会とは教えを中心として和合する団体であり、すぐれた考え方を一つの心として、人々がそれぞれ功徳を積んで、喜び、満足、幸福、平和が生まれると教えています。人々が友のために、町のために、更には国のために、我を忘れて勤め励めば国は栄え、生活も楽になるということで、これが国家繁栄の理想でありましょう。
 しかし、バブル期に一般国民、政治家、経済人に至るまで、ただ目先の金のために、自分さえよければという想念が日本を支配したために現在の状況をもたらしてしまいました。
 仏典を引用すれば、欲に支配された領土で、これが地獄というものであります。今、必要なのは、人々が心から社会とは何かということに目覚めること、政治屋でなく政治家マネ−ゲ−ムの経済屋でなく経済家、宗教屋でなく宗教家でありましょう。 清らかな想念(イデオロギ−)は清らかな国を作り、欲で支配された場合は国家の破滅をもたらします。

法話22,今の一瞬を生きよ。

 5月26日の新聞によると、借金苦から自己破産する人が急増している。99年度は前年比18%増の約12万人3千人、自殺者も98,99と2年連続3万人を突破する勢いで、自殺の原因が「生活、経済」が一番で99年は98年の6.2%から18.4%へと増えている。 長引く不況の影響、突然のリストラ、給与やボ−ナスの目減りに加え、クレジットカ−ドで簡単にサラ金から、返済能力を越えるお金を借りられる事が、更に離婚や家庭崩壊という不幸をもたらしている。公的機関や消費者金融業界の対応は功を奏していないのではと思います。
 3万もの人が最後の選択である自殺に陥るということは実際には100倍の300万人位の自殺予備軍(いつ自殺しても不思議でない人々)がいるのではと推測しております。もともと実体のないお金のために、大切な人生を失うのは悲しいことであり、通帳の残高に「0」の字が幾つついているかで、多くの人が喜び、また、苦しみ悩んでいるのは、「お金」という物差しで全てを計ろうとする貨幣社会の実態であります。

 人ははからいから、富に執着し、お金に、名誉に、命にまで執着する。大空に東西の差別はないのに東だ西だと大騒ぎし、お金の量に多少の差別はないのに通帳の「0」の字を見て満足したり悲しんだりしている。もともと、人類が誕生したとき、こうした差別の偏見はなかったはず、人間の身勝手な欲から勝手に作られた宗教、価値観であります。
 「法句経」に、まだこない未来に期待したり、心配してはならない。過ぎ去った過去を追って悔いていてもいけない、全てのものは小川の泡のように現れては消えながら、流れていく。未来と過去に取り越し苦労していたら、いずれは刈り取られた葦のように痩せしぼむ。 過去は追ってはならない、未来は待ってはならない。ただ現在の一瞬だけを、強く生きなければならない。ものみな移り変わり、現れては滅びる。生滅に煩わされなくなって、静かさ安らかさは生まれる。信仰を持ちなさい信仰はこの世の最高の友、富、糧。他人や社会のため功徳を積むのは、この世の最上の営み。



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