仏像彫刻と法話の世界仏像の霊験記集トップ仏師、瑞雲の法話最新版仏像ドットコム・東洋仏所仏像事典(写真画像付き)仏師、松田瑞雲の略歴
地蔵菩薩 子安、水子、子育て地蔵
地蔵霊験記1
造像功徳編
地蔵霊験記2 
危難救助編
地蔵霊験記3
富裕功徳編
地蔵霊験記4
極楽往生編
六地蔵霊験記
六地蔵

地蔵菩薩(仏像霊験記)その4
 極楽往生編

地蔵菩薩像 瑞雲作

瑞雲作 地蔵菩薩像

地蔵菩薩霊験記6

猛々しくて邪険な武藏用方(むさしのもちかた)という者が地蔵を信仰し極楽往生した経緯
   
  今は昔、猛々しくて邪険な武藏用方は善心などなかったが、地蔵菩薩を信仰するようになった。
そのころ、阿弥陀の聖という、諸国を歩き回っては念仏をすすめる者がいた。阿弥陀の聖は、ある時、夢に金色の地蔵菩薩があらわれ「おまえが明日何々の小路を歩いているとき、ある人に会うが、その人を地蔵と思うが良い」とお告げを受けた。
 さて、阿弥陀の聖は明日確かに用方と会うことになって、涙ながらに用方を拝んで、善行の功徳によって地蔵の化身に会えた喜びで「私をお導きください」という。用方は「極悪邪険なわしになぜ」とことの次第を聞き、「地蔵さまを何年も拝んでいるが、もしかしたら霊験をお示しくださったのでは」と更に地蔵への信仰を深くした。
 その後、用方は老いて出家入道し、10年経って病気になったが少しも苦しまず西に向かって念仏を唱え地蔵菩薩を念じつつ大往生したと伝える。
(今昔物語巻17の2)

地蔵菩薩霊験記7

伊豆の国、大島郡の孤島に僧蔵海(ぞうかい)が地蔵寺を立て地蔵さまの像を安置して極楽往生した話。
   
 今は昔、伊豆の国、大島郡におそるべき僻地の島があるが、嵯峨天皇の御代に僧蔵海がやってきて地蔵寺を立て地蔵様の像を安置し奉った。この像がまことに霊験あらたかで願い事を祈念して叶わぬということがないほどであったので国中の人が集まってきた。蔵海は行いが変わっていてもっぱら地蔵の名号を唱え、背中にはいつも地蔵さまの像を背負っていた。
 やがて、蔵海が100才になって臨終の時、西に向かい端坐し合掌しながら入滅したが、その間、かぐわしい香りと美しい光が室内に満ち、空には音楽の音が聞こえ紫の雲がたなびいていた。 これを聞く者は皆涙を流し蔵海聖人を「人々を救おうと地蔵が化身して、ここに現れなさったので」と尊んだ。
 だから、末世の人はもっぱら地蔵菩薩を信仰すべきであると伝える。
(今昔物語巻17の16)

地蔵菩薩霊験記16

陸奥の国、恵日寺のそばに住む女、如蔵が病死したが地蔵の慈悲で蘇生し極楽往生した話。
 
今は昔、陸奥の国、恵日寺のそばに住む女、如蔵は心優しい美人であったが結婚運がなく若くして病死してしまった。
 如蔵は死後冥土に生き小僧(実は地蔵さま)に会って「南無帰命頂礼地蔵菩薩」と数回唱えると小僧は「私は地蔵菩薩であるぞ。そなたが多くの善根を積んだ功徳で助けてやろう」と閻魔王庁の許しをもらって門外へ連れ出し
「人身難受 仏教難値 一心精進 不惜身命」
(人間には生まれがたく、仏教にはめぐり会いがたい。一心に精進し、命も惜しむな)と告げ、また「そなたは極楽に往生すべき因縁がある、極楽に往生するのに必要な事があるが、それは仏道に帰依する一途で素直な心であるぞよ」と告げられたと思った瞬間生き返った。
 その後、如蔵は出家し名を如蔵尼と名乗り一心に地蔵菩薩を念じ80歳を過ぎて臨終の時、心正しく正座して念仏を唱え地蔵菩薩を念じながら入滅した。
 これを見聞きした人々で尊ばない者はいなかったと伝える。
(今昔物語巻17の29)
一口知識
阿弥陀如来
西方極楽浄土の主である阿弥陀如来さまは、アミタ(無量)アミターユス(無量寿如来)、アミターバ(無量光如来)と訳し、阿弥陀とは「計り知れない」という意味で極楽浄土に導いてくださる仏様。
不動明王
梵語でアチャラ、動かないことを意味する。不動使者ともいいお不動さん、お不動さまと呼ばれ親しまれている。
不動明王は大日如来の使者で、右手に剣を持ち左手に羂索(けんじゃく)を持つ。
孔雀明王
インドではコブラなどの毒蛇を食べる孔雀を益鳥として大切にしていました。毒蛇は人の世の煩悩や汚れにたとえられるので、毒蛇を退治する孔雀は神格化され孔雀明王になった。実は女性の明王
梵天
古代インド神話では宇宙を創る原理を梵といい、これを神格化したのが梵天。仏典では釈迦の説法の座に常におられる。密教では十二天の一人、千手観音の眷属である二十八部衆の一人。
帝釈天
「ふうてんの寅さん」でお馴染みの帝釈天は、古代インドの神話、リグヴェーダでは最強の神で、二頭立ての馬車や象に乗り金剛杵をとって、阿修羅と闘う戦闘好きで酒好き淫乱な人間味のある神とされた。
鬼子母神
初めハーリティ(訶梨帝母)といい、他人の子供を奪って食べてしまう鬼神でしたが、お釈迦さまが彼女が一番可愛がっている末子を隠して、子を失う母の悲しみを諭しました。これより、鬼子母神(訶梨帝母)は仏教に帰依して、子供の守り神となった。
摩利支天
摩利支(梵語でMarici)hは陽炎、威光の意味で陽炎を神格化した女神、常に日の前にあって姿を現さず日月の光の徳を持つとされます。帝釈天の支配する日月を阿修羅の攻撃から守ったのも光を利用した摩利支天の働きによるとされます。
七福神
大黒天、毘沙門天、弁才天は仏教から、寿老人、福禄寿、布袋は中国道教、恵比寿神が神道から来ており、七福神信仰は江戸時代末期には更に盛んとなり七福神巡りなどが流行った。
賓頭盧尊者
十六羅漢の第一尊者で説法が得意でライオンのように他の反論を許さなかったので獅子吼第一といわれた。賓頭盧尊者像を病のある部分を撫でると、その病気が治るとされ、なで仏の風習が広がった。
弘法大師
真言宗の宗祖で、護岐国多度郡、現在の善通寺市に誕生。幼名は真魚(まお)。延暦10(791)年、虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう)の修行する。空海を名乗る。中国密教を日本に伝えた。
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