仏像彫刻と法話の世界仏像の霊験記集トップ仏師、瑞雲の法話最新版仏像ドットコム・東洋仏所仏像事典(写真画像付き)仏師、松田瑞雲の略歴
地蔵菩薩 子安、水子、子育て地蔵
地蔵霊験記1
造像功徳編
地蔵霊験記2 
危難救助編
地蔵霊験記4
極楽往生編
六地蔵霊験記
六地蔵

地蔵菩薩(仏像霊験記)その3
 富裕になった話他

地蔵菩薩像 瑞雲作

瑞雲作 地蔵菩薩像

地蔵菩薩霊験記12

近江の国、崇福寺(しゅふくじ)の僧蔵明(ぞうみょう)が地蔵の夢告により富裕になった話。
  
 今は昔、崇福寺の僧蔵明は慈悲深く施しの心が広く地蔵聖と呼ばれるほど地蔵菩薩を念じていた。
ある時、夢に地蔵様が現れ「播磨の国の山に住むが良い」とお告げを受け、移住して何年か経った。
 また、夢に小僧が現れ「お前は前世の業が良くないため今生で貧乏の報いを受けているが、ねんごろに地蔵を念じているから宝珠を与えよう、これももって施しの行をしなさい」とお告げを受けた。 蔵明は涙を流して喜び、前にもまして菩薩を祈念し奉ったので国中に知れ渡り、たくさんの人々が帰依するようになり富裕の身になった。
 その後、この寺は清水寺と称するようになり、霊験あらたかで不思議なご利益があったので、国中の人が参詣しお布施が山いっぱいになった。蔵明は人の乞うまま施したと伝わる。
(今昔物語巻17の7)

地蔵菩薩霊験記13

愛宕山の僧蔵算(ぞうさん)は年老いても貧乏だったが地蔵の夢告に従い大変な行者になった話。
  
今は昔、愛宕山の僧蔵算は徳行がないのか年老いても貧乏だったが地蔵菩薩にお仕えするのを毎日のお勤めとしていた。
 ある時、蔵算の夢に端正な小僧が現れ蔵算に「そなたは前世の因縁が悪いので年老いても貧乏している。耆(ほうき)の国、大山にすぐ行き修行しなさい」と告げた。
 この後、すぐに大山に行き修行すること6年、それから愛宕山に帰ってきたが、京中にあらたかな霊験が知られるようになり、他に比べる者がないほど多くの人々に帰依されるようになった。 だから、豊かな身の上になったのはひとえに地蔵さまの大悲の御利益である。
(今昔物語巻17の15)  
 

地蔵菩薩霊験記14

西の京に住む僧が生身の地蔵に出会えたという話。
  今は昔、西の京に住む僧が生身の地蔵菩薩に出会いたいと、長年、地蔵を信仰していた。
諸国の霊場を尋ねては地蔵に出会いたいと願って、人々からあざ笑われながらも、ついに常陸の国までやってきて、そこでみすぼらしい百姓の家に泊まることになった。
 この家には老婆と15,6才くらいの牛飼い童(わらわ)がいて、牛飼い童の身の上を聞くと24日の地蔵縁日に生まれたので地蔵丸といい、夜中に僧に「僧にお会いしたのでよそへ行く」と言い残し明け方、老婆と共に消え失せてしまった。
 そこで、僧は「実にこれは地蔵菩薩の化身だったのだ」と感涙し、また、叶いがたい願いが叶ったことを村人は聞き、皆涙を流して尊んだ。
 だから、叶いがたい願いでも、心から真剣に願ったなら、このように叶うものなのである。
(今昔物語巻17の1)

一口知識
鬼子母神
初めハーリティ(訶梨帝母)といい、他人の子供を奪って食べてしまう鬼神でしたが、お釈迦さまが彼女が一番可愛がっている末子を隠して、子を失う母の悲しみを諭しました。これより、鬼子母神(訶梨帝母)は仏教に帰依して、子供の守り神となった。
摩利支天
摩利支(梵語でMarici)hは陽炎、威光の意味で陽炎を神格化した女神、常に日の前にあって姿を現さず日月の光の徳を持つとされます。帝釈天の支配する日月を阿修羅の攻撃から守ったのも光を利用した摩利支天の働きによるとされます。
七福神
大黒天、毘沙門天、弁才天は仏教から、寿老人、福禄寿、布袋は中国道教、恵比寿神が神道から来ており、七福神信仰は江戸時代末期
癒しの仏像かわいい仏様 こちらの作品群はお仏壇はもちろん、気軽にリビングルームや寝室に置いて、鑑賞と癒し、信仰が出来ますよう現代風にアレンジした瑞雲作オリジナルかわいい微笑仏集です。また、美術コレクションとしても注目度が高い創作芸術で、思わず微笑がこぼれるような愛らしさがあるお顔に自然と心が和み、殺伐とした現代にふさわしい癒し効果抜群の作品です。



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