
| 弥勒菩薩 | 中宮寺型弥勒菩薩像 |

弥勒菩薩霊験記1近江の国の裕福な人が弥勒菩薩の霊験により瑜伽論(ゆがろん)百巻を書写した話。 |
| 今は昔、近江の国の裕福な人が瑜伽論の書写を発願したが、色々あって出来ないでいた。 そのうち、貧乏になり山寺に住み着いた。この山寺の境内に一本の柴がはえていたが、この柴の木に弥勒菩薩像が出現された。男は大いに喜び弥勒像を尊んだ。 このことを伝え聞き多くの人々が集まってきて弥勒像を拝み、ある者は稲を持ってきて供え、ある者は米を、ある者は布をとあらゆる物を供養したので、男は瑜伽論百巻を書写しその供養を行った。するとにわかに弥勒像は消えてしまわれた。 思うに弥勒さまは兜率天で修行中というのが通説だが、衆生にご利益を与えようと、苦しみの多い人間界に降りて来てお姿を現しなさるのである。だから、世の人は心から弥勒菩薩に信仰心を起こし崇敬すべきである。 (今昔物語巻17の34) |
弥勒菩薩霊験記2聖武天皇の御代に、ある尼寺の弥勒菩薩像が盗まれ壊されかけたが、弥勒さまの苦痛の声で、もとの寺に戻った話。 |
| 今は昔、聖武天皇の御代に、ある尼寺の弥勒菩薩像が盗まれ壊されかけた。 ちょうど、通りかかった役人が「痛い、痛い」と叫ぶ声を聞いて駆けつけると、なんと、盗人が弥勒像をこわそうとしていた。役人は早速に盗人をとらえ投獄した。ことの次第を天皇に奏上し、弥勒像はもとの尼寺に戻された。 人々はこれを聞いて「不思議なことだ」と感激して尊んだと伝えている。 (今昔物語巻17の35) |
| 一口知識 | |
| 聖徳太子 推古1年、推古天皇即位 太子30才、摂政となるお姿が聖徳太子摂政太子像。冠位十二階や十七条憲法を制定して政治の基礎も作ったことで知られています。 梵天 古代インド神話では宇宙を創る原理を梵といい、これを神格化したのが梵天。仏典では釈迦の説法の座に常におられる。密教では十二天の一人、千手観音の眷属である二十八部衆の一人。 摩利支天 摩利支(梵語でMarici)hは陽炎、威光の意味で陽炎を神格化した女神、常に日の前にあって姿を現さず日月の光の徳を持つとされます。帝釈天の支配する日月を阿修羅の攻撃から守ったのも光を利用した摩利支天の働きによるとされます。 |
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| こちらの作品群はお仏壇はもちろん、気軽にリビングルームや寝室に置いて、鑑賞と癒し、信仰が出来ますよう現代風にアレンジした瑞雲作オリジナルかわいい微笑仏集です。また、美術コレクションとしても注目度が高い創作芸術で、思わず微笑がこぼれるような愛らしさがあるお顔に自然と心が和み、殺伐とした現代にふさわしい癒し効果抜群の作品です。 | |
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