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          CM 1

東京は複雑で、危険なところ。矛盾のだらけ。
味噌汁みたいなもんだ。

 誰かがそんなことを言っていた。
シュウが地元、宮城にいた頃だ。
そんなことを除いたって、万人の心の片隅にそれに近いイメージはあるは
ずだ。それで、みんな東京に行って、あかぬけたか?などと言っている。

 東京に来てほぼ一年。
シュウの東京に対する感じはそうでもなかった。
もう少し期待している部分もあったのかもしれない。

 そんなシュウが今日初めて足を踏み入れた土地が、銀座である。
ギラギラ光るネオン。新宿などにあるそれとは趣を異にしたそれを持って
いる。そんなイメージが彼にはあった。
訪れたのは昼間だったが、明らかに彼の行動範囲であった場所とは、雰囲気が違った。
歩いている人のみなりが第一に違う。
なんだあいつらは
銀色の蛹を着た虫達だ。
シュウはそう思った。
新宿を歩いていて思うことがある。
こんなに食料があれば、一生、永遠に飢えなんて心配ないだろう。
そう思わせるほど、あのネオンで照らされた虹色の町には、飲食店が並んでいた。
しかし、今日の場所は違う。上流階級の人間達。
整然と整備された道路、番地。
どうもなじめないや。
シュウはそう思った。

 シュウは今二つのバイトをしている。
一つは大学の近くの喫茶店。さすがに貧乏生活にも嫌気がさし、
自分の生活を向上させるため。先の資金のために始めたものである。
そのバイトを始める前、彼はもう一つのバイトを始めた。
モデルの仕事である。
彼は淡い希望を抱いていたのかもしれない。
しかし、彼のそのバイトを始めた理由はこうだった。
「演技を通して、違った角度から自分を見つめてみたい」
そう言えばシュウは大学入学当初、演劇をしたいと思っていた。
しかし、あまりの本格的さに、リスクを伴うこの世界に入るだけの
勇気は無かった。
そのバイトに対する心持もいい加減なものだった。
今までに一つしか仕事をしていない。
忙しさを理由に仕事を貰う上での重要なきっかけとなる、
「顔だし」にもなかなか行かなかった。

 そんなシュウにオーディションの話がきた。
大塚製薬カロリーメイトのCMだと言う。
しかし、それを受けるには書類が通らなければいけないと言う条件付だ。
シュウは即決、お願いしますと口にした。春休みに入り暇になったのが一番の理由だった。


 オーディションの会場となるビルに入る前に、小さな食堂に入った。
時間は三時を回っていたのに、昼食を取ってなかったから、シュウは酷く腹が減っていた。
始めての土地銀座で、そんな高いものを食う気にもなれず、
時間が押しているのも手伝って、その小さな蕎麦屋を選んだ。
こんなホームレスも寄り付かないような、自意識に輝くところにも
こんな錆びれた店があるのか。シュウは不意にホッとした自分がいたことに気づいた。
蕎麦と小カレーのセットを頼んで、トイレの場所を店の女に尋ねた。
上にある。そう女は呟くように言った。
二階に行く階段で、一瞬シュウは立ち止まった。
壁に恐ろしい形相をした鉄仮面が飾られている。
なんで、こんな今にも潰れそうな、蕎麦屋にこんな物があるんだ。
シュウはそうぼやいた。
トイレに行こうとすると、二階に一人の女がいた。
壁には「二階でごゆっくり」そう書いてある。
二階は薄暗く、カラオケボックスかなんかのようだ。
十年くらい前のバーであるようにも見える。
そこに女はいた。
飯を食ってるようでもなく。
ぼんやりと座っている。
シュウが通りすぎると、一瞥して又ぼんやりしていた。
シュウは、黒く染めて切ってきたばかりの髪をトイレの鏡でセットしながら、
ここはなんなんだ。そう何度も繰り返した。
1階に戻ると、客が一人入ってた。着物を着た老婆である。
シュウはますます、疑問に思った。このばあさんは何者だ。
一角に据え付けられた、古びたテレビを見ながら、一人で笑っている。
シュウも食うのをやめ、テレビに目をやった。
流行の音楽が流れている。

 シュウはオーディションの順番が一番だった。
ビルに入ったとき、入り口の女に「モデルさんですか」そう聞かれ驚いた。
自分がモデルだなんて、一度も思ったことが無かったからだ。
オーディションはカメラテストだった。
設定は、放課後のバスケ部の練習中。
練習をサボってボールに座りながら、カロリーメイトを口にしているレギュラーが、
女の子の声援を耳にし、かっこいいところ見せようとしボールを指先で回しながら、
体育館に入っていくというものである。
シュウはそれなら簡単だ。
いつかの自分みたいじゃないか。そう思い笑った。
その部屋には、髪の長い若い男が二人いた。二人とも口には煙草を咥えている。
シュウは頭に思っているとおりの演技をした。
イメージを大切にした。
しかし思ったとうりに体は動かない。
カロリーメイトの気持ち悪さが、口に残ったまま、部屋を後にした。
控え室に戻ると、モデルが増えていた。おかしな奴ばかりだ。
シュウの次の奴なんて、ジャージに着替えている。

 おかしな所だったな。
そう思いながら、シュウは電車に乗った。
電車に乗ると、さっきまでどうでも良いと思っていた、オーディションが、
失敗に終った苛立たしさに襲われた。
頭の中で何回もその演技を繰り返す。
ああすれば良かった。

電車は彼のバイト先の高田馬場に向かう。


 バイトが終りシュウは満員電車に乗った。
明日は休日ともあって、バイトの店も、駅も、電車も人であふれかえっていた。
ここに、いつかみたく毒物でも撒かれれば面白いな。
シュウはそう思う。

 満員電車の中、シュウの前の中年が、揺れのために、シュウの体に押されるたびに振り返った。
何か言いたそうだった。腰でシュウの体を突く。
次に何かしてきたら、押されてるのはおまえだけじゃねえ。
そう言って、首でもしめてやりたいと思った。
後ろの女が、咳をした。隣の男が舌打ちする。
おまえの首もしめてやる。そう思った。
後ろの女が、ぐいとシュウを肩で押しのけた。
シュウも、ぐいとやり返した。
近くの若者のヘッドホンから、音楽が漏れ、車内に鳴り響いた。
それと平行して、電車もうねりながら進んだ。
時計の針は十二時を回った。


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