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死生観

君は今この世にいないね。

そして君も死んでる。

僕は生きてる。

この間にどんな差異があんだろ。

絶対的な違いがあるのだろうか。


「うちのKが行ってませんか?」
そのような内容の電話が来たのは明日から中学二年の始業式を控えた、
夜の12時ころだった。

それは、kの姉からの電話であり、来ていないことを伝えると、
「ああ、今帰ったようです。」
そう言って、電話を切られた。

僕は、遅くまで何をやってるんだあいつは、ってそう思った。

彼がこの世にいると信じていた最後の夜。


翌日の始業式で、彼の死が知らされた。
その校長の淡々とした言葉は果たして何人の人間の頭の中を真っ白にしたのだろうか。
少なくとも、私はそのうちの一人だった。

中学二年生。
世の中のよの字も知らず、自分の狭い価値観の中で悪戦苦闘していた
時代である。

彼は、自殺だった。
彼は、首をつった。


僕はその告別式で弔辞を読んだ。
涙はもう出なかった。
「足がしびれなければいいな」
そう思った。


彼とは中学に入って知り合った。
今まで生きてきた中でも、右に出るものがいるかどうかというほどの
真面目な男だった。
それには勿論馬鹿がついた。

正直者だった。

彼は野球部。
小学校からやっていたものの、運動神経は0。
玉拾いが彼の仕事だった。
そして、彼は練習後一生懸命に練習した。

そして、馬鹿にされた。

世間ではそういうのをなんと呼ぶのだろう。
「からかい?」「いじめ?」
僕は知らない。


彼は勉強において実にその努力家ぶりを発揮した。
いつもいつも僕に挑んできた。

彼は僕より勉強した。
僕は負けなかった。

彼の姉は、僕の姉と同様、隣の県の有数の進学校に通っていた。
彼はどれほどのプレッシャーを感じていたのだろう。

「そんなの気にするな」
僕はいつもそう言っていた。


彼の父は、中国へ単身赴任していた。
久しぶりの実家からの電話が、息子の死であったわけだ。
普通の人間はどのような状況に陥るのだろう。
僕には検討がつかない。

僕は前期の学級委員で、彼が後期のそれだった。
彼はずっと、それを嫌がっていた。

彼はカバンをどぶに捨てられた。

彼がどのようにいじめられたのか、どう遊ばれたのか、
僕は知らない。

彼を死に追いやった動物は、そのうち牙を僕に向けた。
理由は簡単。
僕のことを好きになった子が、そして付き合うことになった子が
その連中の中の一人の好きな子だったから。

理由はもう一つ。
きっと僕の価値観が狭すぎたから。
馬鹿な正義野郎だったから。
自分しか知らなかったから。

中学二年の僕は一つのことを悟った。
「人間には本当に、間違いなく屑がいる」
「どうしようもない屑がいる」

僕は誰にも言わず耐えた。相手にしなかったらそのうち
それも終った。

学校はそれを世間に隠した。
「馬鹿野郎。そいつらを殺せよ。」
そう僕は心の中で叫んでいた。

学校も頼りになんかならない。

そいつらはその後も横暴を振るっていた。
そんな奴等の縦の繋がりが強いその町を僕は嫌いになった。
中学時代殆どの人間との間に、線を引いた。
誰も信用しなかった。

彼らは今も生きている。


僕が高校三年の冬。
Fは死んだ。

僕が中学の友達の死を、高校の弁論大会で述べ、
優勝して二月もたっていなかった。

バイクで、後ろに友達を乗せたそいつは、
急カーブを曲がりきれず、
対向車に突っ込んだ。
 
即死だった。

後ろに乗ったバレー部の彼は、重態だった。

これを幸運と言うべきなのか、彼は助かった。


死んだそいつはクラスも二年間一緒で、馬鹿なやつだった。
どうしようもないくらい、勉強ができず、いつも教師に叱られるか
諦められていた。

彼はクラスではみんなに好かれた。
馬鹿にされながらも、本当にいいやつだった。


彼の母親は、息子が死んだとき気が触れた。
息子の名を呼び続けたと言う。
友人が訪れても、母は息子の名を呼んだ。
母は精神科へ行った。
僕が彼の家に行っても、息子を見ているようだった。

命を取り留めた友人は3ヶ月ほど入院した。
学校では彼には死を伝えないように言ったが、
道路に溢れたその血を見れば嫌でも判ったはずである。

僕は彼とも友達だったので幾度か見舞いに行った。
死を知らされてからも、かれはそいつの話をしようとはしなかった。
彼は、成績優秀、大学の指定校推薦も決まっていて、
「今遊べない分、大学で遊びまくるんだ」
そう、ベットで寝ながら言った彼を、
僕は一瞬憎んだ。
殴ろうかと思った。

そいつだって、十分に苦しんだはず、
それなのに、僕は、それを分かっていながらも、
その調子に腹を立てた。


彼が死んだ日。
どうしようもなく寂しくなった僕らは、
仲がよかったやつらで集い。酒を飲んだ。
そして泣いた。

翌日。現場に足を運び、そこにタバコを立てて火をつけた。
ビールも置いた。彼は親に内緒でタバコを吸っていた。

火葬の日。
彼の兄をはじめて見た。
死んだそいつそっくりで、僕の頭は混乱する。
「おまえは生きてるのか」

その兄がいとこの小さな女の子を抱き寄せるのを目にしたとき、
目から涙が溢れた。どうしようもなく切なかった。



世の中は何にも変わらない。
人が、自殺したって、バイクで事故って死んだって。

誰も「ちょっと待て」
とは言わない。

そんなの世間で話したってどうしようもないから。
どうしようもないって、誰もが知ってるから。

死ぬほど苦しい思いをしたのは家族。

友人たちは、悲しみながらも、
あの日の出来事が薄れつつあるのを認めざるを得ない。
少なくとも僕はそうだ。

今じゃあ、勿論、そのことを考えないときのほうが多い。

きっと、家族の心には大きな埋めようのない穴がぽっかり開いているんだろう。
きっと、地球上のごみを集めて、詰めても塞がらないんだ。

人間は悲しい思い出は忘れなくちゃ生きられない。
きっとそうできてるんだ。

きっと、その死んだ人間が僕でも何にも変わらなかったはず。
僕に会うことがなかっただけだ。



でも、一つ分かったことがある。
人間には屑がいる。
でも、そいつらのほうが強かったんだ。
やっぱこの世は弱肉強食。
死んだ子は弱かったんだ。
そいつらにじゃない、この世に勝てなかったんだ。

彼らだって、生きたかったはず。

僕らは今生きている。

どうして生きてるのなんてそんなことは考えない。

でも、死ってのはすぐそこにあるもの。

物事の因果関係を考えると頭が痛くなる。
どうしたくてどうするのか。


僕は今までで二人の友達の死を見た。
僕は見た。

だから考えてみる。
どうして僕がここにいるのか。
おまえらはどうして死んだのか。
いじめた奴等は普通に生きてるよ。
それをなかなか理解できないんだ。

勿論忘れるときのほうが多いだろう。
でも、生涯通して忘れないと思う。
忘れたくない。

きっと、僕に与えられた何かの機会なんだから。

「死生観」を考える。
秋の妙な切なさと、どうしようもない倦怠感に駆られながら。



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