この大学の58号館3Fには小便器を板で覆った状態のままの女子トイレがある。
いまだに撤去していないのかと呆れてしまうのだが、
この女子トイレは私が院生の頃、女子トイレに変えてもらったもので
当時の主任だったT先生には感謝している。
その頃58号館の女性の院生は3Fの私と2Fの彼女だけだった。
3Fには授業で使う製図室やデッサン室の他、建築系の研究室が3つ
1F2F吹抜のチェーンブロックの空間のまわりに他学科の研究室がある
かなり大きな棟なのに、女子トイレが一つもなかった。
彼女と私は、3Fの男子トイレをゲリラ的に女子トイレにして使用し、
あまり使わない女性らしいポーチを鏡の前に並べてみたり、
小便器を「デュシャンっぽい?」と笑いながら芸術に見立ててみたりと、
様々な試みをしては、男子をシャットアウトし
二人が一緒にいたほとんどの時間をこの女子トイレで過ごした。
それ以前の女子学生は女子トイレがないことをプライドを持ってあたりまえだと受け止め、
それ以降の女子学生は女性であることを忘れるどころか逆に
「花嫁修業のつもりなら今すぐ出ていくように」と怒鳴られるようになった。
私たちは良い意味でも悪い意味でも過渡期にいたような気がするし、
私にとっての58号館時代が、今思えばI研特有のファーム落ちの試練だったにもかかわらず、
前向きに過ごせたのは、彼女がいたからだと思う。
(それにしても院生時代に担当していた木造の小さな建物に、無謀にも20ftのコンテナを乗せることになって、屋根から突き出る形の4本の通し柱に雲マークまで図示していたにも関わらず、現場が無理だと判断して勝手に柱を切ってしまった為、コンテナを載せられなくなってしまったことがわかった翌日、 17階にあった自分の席が58号館に移っているという体験・・・一文に出来るくらいあっというまの現実だったのだけど、あの後、捨て現場を最後までまとめられたのは、その間に出会った職人さんたちのおかげで、今も建築を続けられる糧になっているというのは事実・・・)

その彼女の結婚式の朝、時差ボケのまま徹夜して標高3000mの山に登って 朝日を見た。

その帰り道通ったサトウキビ工場で、砂糖をとった後の食物繊維を使って
内装用のボードをつくっているという話しを聞いた。


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