東庄町で天保水滸伝!
 香取を過ぎると、目立つものは・・・笹川のお諏訪様ですね。ここは有名な天保水滸伝の舞台ですね。天宝水滸伝を知らないって?まあ、近頃はあまり流行らない、講談でおなじみのやつなんですがね。映画もあったと思います。
 天保水滸伝って、宝井琴凌、五代伊東陵潮この2人が取材して生み出された作品です。このお話は、実際に1844年(天保15)8月に起こった飯岡助五郎一家と笹川繁蔵一家との大利根の決闘と、1849年(嘉永2)4月の勢力富五郎の自殺を中心とするものです。まあ、単なる縄張り争いの顛末を、下総の侠客の争いとして講談化したものですね。
 この事件をモチーフにしたものには河竹黙阿弥の『群清滝贔屓勢力』があります。でもやっぱり一世を風靡したのは、正岡容脚色の浪花節ですかね。特に二代玉川勝太郎の名調子が有名ですかね?
 さて、この笹川のお諏訪様、神楽殿はあるし立派なものです。ここには、天宝水滸伝遺品館がありますね。ずっと以前に拝観したことがあります。十手や鉄砲、槍とか展示されていたような?拝観料は大人
200円でしたね。
 お諏訪様の脇にある水滸亭で入館券を買い求める必要があります。十の庄 千葉県東庄町ここに天保水滸伝の概略などが出ていますね。東氏に関するマンガもありますね。東庄町イベント情報に花会なんって・・・あるわけないか。あれば面白いですね。花会って?もちろん賭博ですね!
 この、笹川の繁蔵親分が開いた花会で有名なのが、左の写真の野見宿禰の石碑を建立した際に開いたやつですね。天保13年7月27日に貧民救済を目的?に大花会を開いています。この花会に出席した親分さんは、上州は武蔵の大前田英五郎に上州は上野の国定忠治に、奥州は仙台の鈴木忠吉、奥州は信夫の常吉に駿州は清水の次郎長が出席したそうな?
 ところで、この野見宿禰は古代の伝承上の人物ですね。『日本書紀』垂仁天皇7年7月条に、出雲国今の島根県の人で、召されて当摩蹶速と角力を取って、これを殺して天皇に仕えたとあります。また垂仁天皇32年7月条には、皇后日葉酢媛の葬に際し出雲の土部を率い初めて埴輪をつくったとされています。相撲と埴輪の創始者とされている人物ですね。
 この石碑の前には、土俵らしきものがしつらえられています。東庄町のページにはここで奉納相撲が行われるとありますね。笹川の相撲祭りです。2000年は7月27日に行われるのだそうです。ここではチャリティーでもやるのでしょうか?何しろ7月27日、かの有名な大花会の記念日ですからね!う〜ん、違った。この石碑の記念日なんですね。きっと!東庄町のリンクにはちゃんと飯岡町公式ホームページがありますね。こういうのを見ると・・・東庄町へのリンクはありませんね。観光案内には、飯岡助五郎の墓が掲載され、浪曲「天保水滸伝」中では遊侠渡世の悪役ですが、飯岡助五郎は付近一帯の網元として漁業経営を行い、海岸に護岸を築くなど社会政策にも功労がありました。墓は光台寺に見られます。との記述と 笹川繁蔵の首塚の写真があり、笹川繁蔵は利根川沿岸の大親分で、その狼藉に対して逮捕状が出され、召し捕りに赴いた助五郎との戦いが、世に言う大利根河原の決戦です。この時繁蔵側が勝利しましたが、その後助五郎の子分らが繁蔵を討ち、町内定慶寺に葬りました。 というわけです。どちらも郷土の英雄なんですかね?ところで剣客平手造酒こと平田深喜は?お墓は東庄町の延命寺にあります。
 ちょっと、東庄町に長居をしてしまったようです。もうじき銚子ですね。