潜水船「よみうり号」について
 ちょっと読売新聞社の保有していた潜水艇が気になったので、直接問い合わせてしまいました。帝国海軍の潜水艦事故というのを書くための調べ物のさいちゅうでしたけれどもね。
 この読売新聞社の「よみうり号」荒天下に座礁し放棄ですって。読売新聞広報部から次のようなご返事をいただきましたので引用して紹介しておきましょう。
深海作業潜水船「よみうり号」は、1964年5月15日に 新三菱重工神戸造船所で進水しました。海洋・魚類・海底鉱物を調査し、報道して海洋開発の発展に寄与する、というのが建造の目的でした。最大潜水深度は300メートルで乗員は6人でした。調査活動は、日本の領海の海底をはじめ、当時の琉球政府の依頼で、沖縄の
海を調査したり、オーストラリア政府の依頼でグレートバリアリーフの調査も行いました。しかし、1970年12月26日、伊豆七島から八丈島周辺を探査中に荒天のため錨鎖が切れて座礁し、放棄のやむなしに至っております。6年7ヶ月余りの活動期間中、潜水回数は471回、1464時間に及びました。現在は、模型が弊社本社の3階に展示してあります。
 ということです。結構活躍したわけですね。しかし最大潜水深度は300m、そしてそこで作業する能力を持った潜水艇を私企業が保有したというのもなかなか凄いことですね。
 まあ、新聞社はさまざまな報道を行う上でそれなりの取材力を有さねばならないわけですからね。そういえば、神風号、三菱の雁型ですね、1937年、昭和12に朝日新聞社が計画した東京からロンドンへの連絡飛行で、国産機による国際記録を打ち立てた2人乗り高速通信連絡機で、ニュースフィルムなどを遠方から高速で運ぼうという意図のもので、4月6日に東京の立川飛行場を離陸し、途中あちこち給油などで立ち寄りながら、日本時間の10日ロンドン到着しました。飛行距離は1万5357キロメートル、所要時間94時間17分56秒、まあ実際の飛行時間は51時間19分23秒で飛行しました。乗員はパイロットの飯沼正明、航空機関士塚越賢爾の2人です。この優秀機は結局は偵察機として量産されます。陸軍のキ15または海軍の97式司令部偵察機として正式に軍用機の仲間入りをしています。
 しかし、「よみうり号」の進水は1964年ですねこの年の一大イベントは第18回オリンピック競技大会ですね。もちろん東京オリンピックです。そういえば、この開会式の日なので10月10日は体育の日になったのでしたね。
 そうすると、この「よみうり号」も輝ける日本の復興と、夢と希望の時代の産物だったのかもしれませんね。近頃は、こういった夢や希望に満ちたものがあまりありませんからちょっとさびしい気もしますね。
 科学に夢があった時代が再び訪れるとよいような気がしますね。