七世其角堂 永機

 七世其角堂永機(1823文政六年10月10日〜1904明治三七年1月10日没。享年82、墓は上行寺、大乗行者無諍永機居士霊位)江戸下谷御徒町生まれ。穗積善之(美之)。六世其角堂鼠肝の長男。嘉永五1852寶晋斎を継ぎ、明治のはじめ三囲社に其角堂を建てて寓した。明治20年、田辺機一に八世其角堂を譲ったのち、芝紅葉山を居とし、老鼠庵・阿心庵と号す。

 勝峯晋風『子規以前の明治俳諧』によれば、弟子の予雲に善哉庵を三疑に雷柱子を嗣号させ、明治17年、正義、孝節、機月、素直、歩月、機一、莵好の新人を一時に立机させ、深川座の旧称を捨てて晋派または晋門と称した。晋門とは、芭蕉翁→晋其角の俳系、老鼠肝→巽湖十→風湖十→黄湖十→昇江佐→螺鼠肝(六世其角堂)→永機(七世其角堂)の系譜を指して言います。