はじめに 第三次其角座について

 平成十九年は、江戸の俳諧師・宝井其角没後三百年に当たります。この三百回を機縁に其角を懐かしむ者たちが集い、昨年2月、「宝井其角三百回文学忌記念シンポジウム」が江戸東京博物館で催されました。また、昨年4月には「其角三百回忌追善法要並びに追善俳諧興行」が、其角の墓のある神奈川県伊勢原市の上行寺にて行われました。

 このような気運から「其角座継承會」が発足し、「其角座」を再興すべく、土屋実郎が空位の其角座十二世を継ぎ、『其角座四季報』を本年3月に創刊した次第です。

 そもそも「其角座」とは、其角の直弟子の秋色が預かっていた「半面美人」の点印を、秋色二世を通じて手に入れた深川湖十が始めた座です。以来、代々「湖十」名を世襲して「其角座」は、幕末まで俳諧点者の同業組合である「江戸座」の主流にありました。この湖十時代の其角座を「第一次其角座」と呼びます。

 明治の御一新の時代に江戸座も様変わりし、隅田川河畔の三囲神社に其角堂を建てて寓し、七世其角堂を名乗った永機の「其角堂」が、其角座系譜の主流になりました。「其角堂」は昭和32年頃まで続き絶えてしまいましたが、明治・大正・昭和の其角堂時代を「第二次其角座」と呼び、平成の其角三百回忌を縁に踏み出したわたくし共を「第三次其角座」と位置づける事にした次第です。