十一世嵐窓 顧十

 
十一世嵐窓 顧十(万延元1860七月〜大正十二1923十月)。江戸神田の人。幼時、和歌を三条西家に、連歌を東楽寺梅之房に、俳諧を其角堂永機に学んだ。はじめ藍々居滔通と称し、十世湖十を襲い十一世嵐窓湖十。別号、宝扇齋、柳下隠士。
のち、永機の晋門一列の判者となり、狂雷堂顧十と改め、「其角座伝燈十一世」を名告った。狂雷堂(そもそもは其角の庵号)は、房州茂原住の圭厳が継いだが、「其角座」伝燈は晋門に統合されて「空位」となった。

▼左の短冊
 1句喝 いざ継ぎゆかん柚みそ釜
   俳諧沙弥 顧十