七世湖十 浣窓

『俳文学大辞典』には、七世までが載っていて「七世湖十(生没年不明)六世没後に七世襲号か。別号、晴窓、霽窓」とあります。
しかし、この項担当の白石氏はどの資料から七世を割り出したのでしょうか。わたくし共は、上行寺に、浣窓の墓「故二世寶晋斎江左門人九世湖十天保八年丁酉一二月二八日卒壬寅冬考窓建之」があるところから、年代の整合性を考えて七世を浣窓湖十とした次第ですが、追贈するケースもあり、また墓に刻まれた九世の可能性もあり、まだ確証出来ておらず、研究中である事をお断りしておきます。