目、そして斜視について思うこと
 近所の子供たちに、「この赤ちゃん目がおかしいよ」と言われて、あわてて私を病院につれていった母がどれほど動揺していたかは、想像にかたくありません。たかが、斜視と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、自分が赤ん坊だった頃の写真の数枚は、どこまで光の加減かはわかりませんが、左目がほとんど白目のみの状態なのですから心配するのも無理はありません。あれから37年以上が経ったわけですが、今も、自分の子供の目の異常に気づいたお母さん方は、あまり治療法などが知られていないこの斜視という病気に戸惑うことでしょう。
 考えすぎかもしれませんが、生理学・解剖学の知識など全くない私がこのコーナーにほとんど推測のみで書くことによって、もしも、そんな方々に余計な不安を与えてしまったらと思うと心配です。
 斜視といっても、原因も症状も様々。このコーナーに書いていくことは、あくまでも、私と同じことを感じている人はいませんかという、皆さんへの問いかけでしかないことを最初におことわりしておきます。
その@:私が斜視について考えはじめたのは、
 私が、斜視というか自分の目について考えはじめたのは、32歳でボディーワークを受けてからです。

 私の場合、親が気づいたときは、左目が内を向いている内斜視で、1歳になるかならないかといった時期に、「眼球を引っ張っている紐のような筋肉」(1)を調整する手術を受けました。しかし、けして珍しくはないようですが、一度では眼球の位置が定まらず4・5歳の頃には2度目を受けました。それから、かけはじめた眼鏡を調整したりと、小学校の低学年までは、定期的に病院に通っていたのですが、いつの間にか、通院も途切れ眼鏡もはずしてしまったのです。
 5・6年だったでしょうか、他の小学校のいじめっ子たちに囲まれてしまったとき、「こいつ変な目」と言われて、脛をおもいきり蹴られたこともありましたし、あまり使っていない左目は、家族から上にあがっていると指摘されることも多かったです。
 でも、目が細いのは気になっても、斜視を気にすることがほとんどなかったのは、手術のおかげだったのでしょう。
 もっとも、10歳ぐらいには、強迫性障害の症状が現われだしたのですから、外見を気にする余裕がなかったせいかもしれません。
 ともかく、眼鏡をかけなくても日常生活には何の不自由もなく、私は、目を含めて自分の身体についてあれこれ考えることもなく長い月日を過ごしたのです。
 でも、「魂と肉体の関係」のページに書いたように、ボディーワークのセッションを受けた私は、自分の頭が、なんとも不愉快な状態にあることを、はじめて知ってしまったのです。
 リバランシングのセッションの初日、ワーカーに後ろから首をつかまれたとき、自分の頭が、あっという間に石の塊のように重たくなってしまったのにびっくりして、心の中で叫びました。もしかして自分はこんな頭で毎日を送っているの? こんな頭では考えることもできないじゃない! 幸い、彼の手が首から離れると、その感覚は消えてゆき、私は、まさかねと、自分の動揺を笑い飛ばしました。でも、ワークを終え日が経つにつれて、あのときの感覚が、単なる気のせいではなかったと気づいたのです。
 ともかく窮屈で不快で、いったい何がどうなっているのか全くわかりませんでした。でも、そんな頭の原因として思い当たることといえば、まだ小学校に入る前の幼い頃、勢いよく後ろに倒れてコンクリートの地面に後頭部をしたたか打ち付けたことと、目のことしかなかったのです。

                                  

 
 
(1)の箇所は健康ほっとラインのサイトから帝京大学・久保田伸枝先生の言葉を引用させていただきました。