はじめに

 

 エホバの証人(ものみの塔)のみなさんは、私の知る限りみんな善良で正直でまじめな人たちです。

あやしげな霊感商法をする人たちと一緒に考えてしまっている人もいますが、全然違います。

 私は、現在も過去もエホバの証人であったことはありません。エホバの証人の皆さんとは違う考え方を持っています。それでは、ディスカッションができないかと言えば、そんなことはないと、信じています。彼らも、私も、真理を探求している人間だからです。

 私は、彼らのことを理解しようと思っていますし、彼らも私のようにエホバの証人に関心を持つ人間の問いには、いつも誠実に答えようとしてくれるからです。

  * * * * 

 さて、ここで私は、ひとつは心理学の研究者として、もう一つはキリスト教会のクリスチャンとして、対話していきたいと思います。そしてエホバの証人の方をはじめ、私と同じように市民として、あるいはクリスチャンとして、エホバの証人の方と対話したいと考えているみなさんとも、情報の交換をしていきたいと思っています。

エホバの証人ってなあに?

なまえ

 エホバの証人は、19世紀の半ばごろアメリカで始まった宗教グループです。現在は、ものみの塔聖書冊子協会という名前です。ふだんは略して「ものみの塔」といっています。

 かれらは自分たちのことを神に忠実に使えている者という意味を込めてエホバの証人といっています。エホバとは、聖書の神のことです。読み方がわからなくなっていた旧約聖書に出てくる神の名前を示す文字の便宜的な読み方で、13世紀ごろに作られた読み方です。

 一般的には、ものみの塔という名前よりもエホバの証人という名前の方が有名かもしれません。それで、エホバの証人という呼び方で、個々の信者だけではなく、宗教組織の方を示すこともあるようです。

活動

 小さな子どもを連れたご婦人が、各家庭をまわっている姿が有名です。日本中の多くのご家庭が、訪問を受けたことでしょう。彼らは、この活動をとても大事にしています。訪問すると、「めざめよ」とか「ものみの塔」という名前の冊子を無料で置いていきます。

 他にもいろいろな出版物があります。日本で、このように活動しているエホバの証人は、約40万人います。信者さんが20万人で、信者さんになるために勉強している人が20万人います。勉強中の人も、伝道活動をします。訪問を受けて関心を示せば、一緒に聖書を勉強しましょうとか、「王国会館」(集会場)へ行きましょうと誘われます。

信仰(伝統的キリスト教との違い)

 エホバの証人と伝統的なキリスト教会は、聖書を読むのも、聖書の神を信仰するのも、同じです。それでは、同じ様なものかといえば、全然違うものだと、両者ともに主張します。
 
 伝統的な普通のキリスト教
は、父なる神とともにイエス・キリストを神として信仰しています。難しい言葉で言えば、聖霊なる神を含めて三位一体の神を信じて、礼拝していす。キリストを信じ礼拝しているからこそ、キリスト教なのです。
 
 一方、エホバの証人は、エホバだけが神であり、キリストは神ではなく、「神のような存在」だといいます。だからキリストを礼拝するなど、とんでもないというわけです。他にも違いはたくさんありますが、順に書いていくつもりです。

良い点

 エホバの証人の良い点を上げましょう。まず、彼らはとても熱心です。狂信的だと非難する人もいるかもしれませんが、宗教者として宗教に熱心であること自体は、悪いことではありません。特にその伝道(布教)への熱心さは、他の宗教団体からも注目されています。

 また、とても熱心に聖書の勉強をしています。ものみの塔の出版物(参考書)を使って、週3回の集会ごとに聖書を学んでいます。

 人をだますような霊感商法など、もちろんしていません。基本的には厳格に法律を守ろうとしています。ウソを嫌いますし、礼儀正しい人々です。人に対する接し方など、学ぶべき点がたくさんあると思います。

社会的に問題とされる点

 まず輸血の問題があります。彼らは、輸血を受けません。そのために死亡した事件などが、ときどきマスコミにでます。数年前には、エホバの証人の両親が子どもへの輸血を拒み、死亡するという事件がありました。これは、ビート・たけしが主演してテレビドラマにもなりました。

 もう一つよく話題になるのが、学校における格闘技拒否です。体育の柔道や剣道を拒否して単位が認められず、裁判になっている例があります。

 エホバの証人は、これらのことが聖書に基づくと主張しますが、エホバの証人以外のキリスト教や諸宗教団体で輸血を罪悪視する団体はありません。キリスト教でいう旧約聖書を厳密に信じているユダヤ教では、血抜きした肉しか食べないなど、血の問題にはこだわりますが、やはり輸血を禁じたりはしていません。

 エホバの証人の被害者団体によれば、輸血拒否のために死亡した人数は、オウム事件で死亡された方の人数よりもずっと多いのではないかと言っています。

 聖書は、本当にこのようなことを言っているのか、そして宗教の名によって、どこまでの行為が許されるのか。オウム事件の教訓を生かすためにも、信仰や思想の自由を守るためにも、きちんと考えなくてはならないでしょう。

他に指摘される問題点

 マスコミが取り上げるのは、ほとんど上の2点だけですが、エホバの証人の被害者団体や、この問題に関心を持つ研究者らは、さらにいくつかの問題を指摘しています。

 具体的な問題としては、独自の聖書翻訳や聖書解釈に基づいて、学校内での選挙も含めて、投票をしないこと、伝道時間を作るという理由での進学や就職への消極性、誕生日や祝日を祝わないなど、家庭や学校でトラブルがあります。熱心な活動も含めて、こららの諸問題のもとが、組織によるマインドコントロールだと指摘されています。

エホバの証人との対話

 このような批判とは対照的に、実際に一人一人の信者と会うと、彼らは何とも良い人たちに見えます。一体なぜ、問題が起きるのか。信者さんは何を思い、ものみの塔のトップは、何を考えているのか。真実は何か。

いまページを読んでいるあなたと一緒に、
考えていきましょう。

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