☆ 重症心身障害児(者)・「療育の欺瞞性について」「治療」と「収容」の問題 論議ログ ☆
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Re:治療と収容番外編
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あしな |
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2002/02/07 22:50 |
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毎日新聞「精神医療と事件」連載2回目:
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母親にたのまれ、訪問先で刺された保健婦は人口8000人の地区をカバーしていた。
こういう事例は私の周辺にも何件かあります。全国では年間数名ぐらいのペースで死ぬ人もいるようです。
>
3年近く通院が途絶えていた刺した男性は心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断された。
誰が診断したのかわからないのでコメントは難しいのですが、事件と診断名にギャップを感じます。私はこの辺の話題では基本的に「精神分裂病」などの内因性疾患を意識して述べています。
>
保健婦は新法作りを進める政府の検討会に手紙を送ったが自分の「痛み」が生かされているという実感はない。
>
「患者の地域生活を支えるマンパワーと体制が今のままでは、誰の人権も守れないと思う」
34万床に薄く人員が配されている状況では、そもそも患者は「隔離」されて置いておかれるだけで、そもそも「地域生活」に移れないし、マンパワーも徒に「収容」のためにさかれてしまいます。しかも「置いておくだけ」に適応できない人は却って放置されてしまう。
それでもスッタフが努力して社会生活が出来るようになる人はたくさんいますが、その場合でも退院へ向けての試験外泊を繰り返したりすると、「療養型病床」の指定を受けている病棟の場合では、外泊者が多いほどその月の診療報酬が減ります。スッタフが努力するほど経済的には損するようになっているわけです。
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Re:治療と収容番外編
< あしなさん |
そよか |
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2002/02/05 15:22 |
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毎日新聞関西版に「精神医療と事件」というルポの連載が始まりました。
要点をUPしていきたいと思っています。
お時間許しましたら、ご感想等有りましたらよろしくお願い致します。
毎日新聞「精神医療と事件」連載2回目:
母親にたのまれ、訪問先で刺された保健婦は人口8000人の地区をカバーしていた。
3年近く通院が途絶えていた刺した男性は心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断された。
保健婦は新法作りを進める政府の検討会に手紙を送ったが自分の「痛み」が生かされているという実感はない。
「患者の地域生活を支えるマンパワーと体制が今のままでは、誰の人権も守れないと思う」
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治療と収容番外編 |
あしな |
Mail |
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2002/02/03 17:05 |
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「しめきり」つきの仕事が吹っ飛んでしまい、その絡みもあって近所の刑務所を見てきました。
そこは基本的に男の受刑者が入るところなんですが、「起訴前」で留置中の女性も入ってます。男性受刑者用には、治療舎という病室みたいなところがあるんですが、「男用の刑務所」なので、女性用のそういうところがない。それで、女の被疑者が高齢だったり病弱だったりして、熱発してるような場合、「独房」みたいなところ(廊下に看守さん用のストーブが一つあるきりで、室内に火の気は全くない)にベット入れてしのいでるそうです。もちろん必要ならば、病院に入院ということになりますが、その場合刑務官が24時間見張ってなければいけないそうです。
被疑者の立場から見ても悲惨な話ですが、刑務所の職員の立場から見れば、原則的に治療の機能がない場所で、看護的な訓練を受けていない人たちが、、(たとえば24時間点滴つないどくような)看護的な態勢のないところで「治療が必要な状態」の人の面倒を見るのは大変だろうなあと思いました。制度的な矛盾が、現場の当事者に転嫁されてるといえばそれまでですが。 |
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Re:「治療」と「収容」 <あしな先生 |
そよか |
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2002/01/10 |
ご丁寧な解説ありがとうございます。
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> 「かって」は20世紀の初めの方です。
>
つまり日本は其の間精神医療方面では全然進歩も前進もしていないということですね。 まるっきり置き去りにされているのですね。
>とするとここで問題は、「退院時」ではなく「入院時」の判断の間違いと、間違いを修正できないシステムにあります。
>
ウ〜〜ム、やはりこれは政治力の問題でしょうか...
で、改善の見込みはあるのでしょうか...
>そこで34万床がそのまま放置されるのならば、精神医療全体にとっては新たな停滞のきっかけとなります。逆にこのような問題意識を明確にした上で為されるならば、前進のきっかけとなりえるかもしれません。
ウ〜〜〜ム、これは主権者の意識の問題になるのでしょうか...
一朝一夕には変えられない なんて言っていてはだめですよね。 国民皆がしっかりしなければ...
その国民に意識改革の啓蒙が必要なのではないでしょうか?
専門家がどんどん問題提起し、広く呼びかけるとか!
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Re:「治療」と「収容」 |
あしな |
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2002/01/09 |
> >
昨年私の上司は、「ハンセン氏病のつぎは、精神病院だ。」と言っておりましたが、上記状態に関して全く同感です。また、かってある精神科医は、日本の精神障害者は、「この国に生まれたるの不幸」を負っていると言いましたが、この言葉は現在にもそのまま当てはまると思います。
> >
>
> 悲しい日本の現状なのですね。
>
なぜ日本(日本人)ってこうなのだろう...?
「かって」は20世紀の初めの方です。
>
宅間容疑者の裁判が始まりましたが、この事件の時、彼を自宅に帰した精神科医が非難されました。 又、彼に対し、父親さえも「死刑も仕方ない」と言っています。これについてどう思われますか?
件の人物は「詐病」か「反社会性人格障害」かとかいろいろ言われてますが、何れにしても「精神分裂病」ではないし、まして「責任能力なし」ではあり得ないと思います。こういう人物を「分裂病」で「責任能力なし」と簡易鑑定で判断してしまった精神科医は大変なミステイクを犯したことになります。
でこの場合、検察官による(精神保健福祉法)25条通報がなされ、「措置入院」となるのですが、簡易鑑定の判断が間違ってたと気づいた場合でも改めて起訴されません。ところで「間違ってた」と気付くのは入院先のスタッフですが、このような場合、間違われた当人の振るまい方として
1
「分裂病」でも「責任能力なし」でもないのだから、スタッフの前で極めて無難に振る舞う。その結果「入院治療の必要はない」と判断され、「措置解除」「退院」となる
2 「悪いことをしても俺は病人だから罰せられない」と開き直り、病棟内の弱者であるたの一般入院患者や時には病棟スタッフに対しても悪さの限りを尽くす。この場合も明らかに「病気」のために悪さをしているわけではなく、根性が曲がっているだけなので、そのままでは「入院治療」の対象とはならない、周囲に及ぼす不利益を考えれば、早々にお引き取りいただく
となります。何れにせよ「退院させた医者」としては退院させないわけにはいかないのです。とするとここで問題は、「退院時」ではなく「入院時」の判断の間違いと、間違いを修正できないシステムにあります。
>
すみません。余りにも知識がないのですが、「触法病棟」について調べたのですがわかりません。
イギリスのR.S.U.(地域保安ユニット)に相等する病棟(15から30床)を5年ぐらいかけて750床作ってそれなりに人員を配置する計画です。ここで詳細に議論するとイギリスの精神医療ー司法制度を一通り説明しなければ行けなくなってしまうのですが、
> 具体的にどのような状況に変動するのでしょうか?
>
それは精神科の患者さんにとって前進なのでしょうか?
>
に対する答えとしては、イギリスのシステム全体、そのなかでも患者さんの社会生活を支援する社会資源の厚みがないままで、上記病棟群が設立されても問題を隠蔽するより頑丈な入れ物を作っただけに終わる可能性が高いと思います。そこで34万床がそのまま放置されるのならば、精神医療全体にとっては新たな停滞のきっかけとなります。逆にこのような問題意識を明確にした上で為されるならば、前進のきっかけとなりえるかもしれません。
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Re:「治療」と「収容」 |
そよか |
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2002/01/09 |
>
昨年私の上司は、「ハンセン氏病のつぎは、精神病院だ。」と言っておりましたが、上記状態に関して全く同感です。また、かってある精神科医は、日本の精神障害者は、「この国に生まれたるの不幸」を負っていると言いましたが、この言葉は現在にもそのまま当てはまると思います。
>
悲しい日本の現状なのですね。
なぜ日本(日本人)ってこうなのだろう...?
宅間容疑者の裁判が始まりましたが、この事件の時、彼を自宅に帰した精神科医が非難されました。 又、彼に対し、父親さえも「死刑も仕方ない」と言っています。これについてどう思われますか?
>
法務省、厚生労働省の触法病棟設置の方針も示されたことですし、
すみません。余りにも知識がないのですが、「触法病棟」について調べたのですがわかりません。 具体的にどのような状況に変動するのでしょうか?
それは精神科の患者さんにとって前進なのでしょうか?
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府中療育センター闘争 |
なな |
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2002/01/09 |
府中療育センターはかっての美濃部都政時代に、
『座敷牢的生活条件に追いやられていた重度・重症の障害者に対する医療・福祉を保障する場として建設された施設』
だそうです。そして、
『開設後「障害者の意志を無視した」センターの運営を巡って当事者である障害者から厳しい告発糾弾の運動が展開された施設でもある。』(府中療育センター闘争:なな注)そうです。
以上、下記Webページより
http://www.asahi-net.or.jp/~LS9R-SITU/adachi.html
府中療育センターにはこんな『歴史』もあったんですね。
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Re:ななさんへ |
なな |
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2002/01/08 |
gajiさんへ
>
「Q&A」のQです。 (わたしの、好きだった)
>
岡崎京子(漫画家の彼女)は、どうなるのでしょうか。もう、8年を越えています。
>
>
(むちゃで、お聞きしてます。すみません。)
すみません、彼女と彼女の作品のことはよく知りません。
確か、雑誌か何かで宮台真司氏が彼女の作品を取り上げていたことぐらいしか記憶にありません。
ちょっと調べてみたのですが、彼女は交通事故に遭って重い障害(脳外傷による後遺症)を負われたのですね。
個別の話からは外れますが、交通事故などの事故によって脳に重い後遺障害(高次脳機能障害)を負った被害者やその家族は極めて大きな問題を抱えていると思います。
問題のひとつは、日本に高次脳機能障害に対する医療サポート、そういった専門医療施設が非常に少ないということ、そして必死に介護を続ける家族に対する社会的サポート体制が貧困なことが挙げられるでしょう。
ちなみに、私の友人に10年程前、交通事故を起こしてしまったカメラマンがおります。約1ヶ月間の昏睡状態から意識が戻り、長いリハビリの後に何とか歩けるほどまでに回復しました。言葉については、簡単な日常会話は何とかできますが、込み入った会話にはついていけないようです。そのようなこともあって職場復帰も未だできていません。
脳科学などの進歩によって、脳の病気や脳障害に対する医療の進歩も今後、大きく期待されていくかと思いますが、現状の医療にはまだまだ困難な問題が沢山あると言えます。
gajiさんのご質問の答えにならず、勝手に話を逸らしたようで申しわけありません。
蛇足ながら、脳外傷などによる高次脳機能障害の問題を扱ったWebページがありますので参考までに紹介させていただきます。
脳外傷問題:TBIA JAPAN NET
http://www.e-net.or.jp/user/mblu/misa/bi.htm
日本の精神医療に関して現象面での問題点は、34万床もの病床(イギリスは人口が日本の半分で、精神科病床が2万5千床)があり、多くの患者さんが10年以上という長期入院を余儀なくされています。精神科特例法により人員配置は他科の3分の1と言う病棟も多く、精神病院は治療の場としての「病院」であるという建前にも関わらず、実質的にはただ患者を「収容」する場所となっています。にもかかわらず建前が、「治療の場」(一時的に様々な制約を受けるが、それは状態が改善するために必要な制約であり、それ故制約は状態改善までの短期間で済むという建前)であるため「生活する場所」としては不適当です。にもかかわらずそのような場所に長期に適応するために或いはさせるために、患者もスッタフもエネルギーを注がざるをえず、(社会資源の整備が圧倒的に貧弱なためにただでさえ困難な)退院・社会復帰をより困難としてしまいます。
しかも措置入院の運用の仕方と検察の起訴便宜主義により、多くの犯罪者が「責任無能力」とされ病院に「収容」されています。それにより精神病院に「収容」されている患者は、「法的に無責任」とされ、「精神病院は(事実上の)治外法権と思ってた。ー某県警生活安全課長」と言われるような事態になっています。またこのような状態は、精神障害に対する偏見を強め、より一層精神障害者の社会生活を困難にすると言う悪循環を呈しています。
昨年私の上司は、「ハンセン氏病のつぎは、精神病院だ。」と言っておりましたが、上記状態に関して全く同感です。また、かってある精神科医は、日本の精神障害者は、「この国に生まれたるの不幸」を負っていると言いましたが、この言葉は現在にもそのまま当てはまると思います。
法務省、厚生労働省の触法病棟設置の方針も示されたことですし、この辺の問題に関して質問、批判、御意見のある方はこちらで述べていただいて、是非一緒に考えてみたいと思います。内輪の話ではなく、様々な立場の様々な意見の方とやりとりをさせていただくことで私の実践にも益するものと考えます。
あしなさん、ご返答ありがとうございます。
>
そうすると「引き返し不能点」という語に関して何が「不能」なのかを整理すると、
>
> 1すでに死んでしまっている。
>
>
2短期(おそらく数時間から数日)の生存が不可能と考えられる。
>
成人の死に即して言えば、おそらく臨終間際でこれ以上針刺したり管通したりしない状態。
>
> 3長期の生存は不可能という状態。
>
成人の場合なら、2以前のターミナルケアの状態。
>
>
となります。私はここまでの文脈では主に2に関して「引き返し不能点」という語を用いていることになります。改めておっちゃんの論旨では2と3が混同された上に、2の「あちら側」を3の「こちら側」としていることが分かりました。
貴方が言われる「あちら側」と「こちら側」とを分岐する「引き返し不能点」とは、例えば脳死のように延命措置を施しても目前に迫る死(心臓死)が避けられない地点に至っていることを指されているわけですね。
ただ脳死に関しては、おっちゃんが紹介されていたシューモン博士の研究報告に見られるように、最近の医学的知見はこれまでの脳死の概念の変更を余儀なくさせているようです。
特に小児の脳死例においては、10年を越えて今も生存し続けている症例が報告されていることなどから、小児神経科医の間では、小児の脳死は新たな観点から捉え直す必要があるのではないかという声も上がっているようです。これは昨今、小児のドナーを認める方向で脳死臓器移植法が改正されようとしている動きがある中で重要なことではないかと思っています。
話が脳死の問題に入り込みすぎたようなので本論にもどします。
あしなさんの考え方では、植物状態の患者は「あちら側」の人ではないということになりますね。もちろん、私はそれに同意します。
私が先の投稿で懸念があると言った意味は、「あちら側」と「こちら側」を人格の問題、いわゆる「パーソン論」の観点から主張されているのではないかというものでした。
しかし、あしなさんにおいてはそのような観点からのものではないことを了解しました。
言葉の定義の問題。承りました。が、ほとんどななさんが973,974で述べられているとおりでそれに従って用語の説明をしたいと思います。
この場合例えば死後硬直が始まり死斑がでている状態は明らかに「あちら側」であって、誰がどう見ても死んでいるのが明らかな状態です。とすると、反対に誰が見ても明らかに生きている状態が「こちら側」となります。しかしどちらとも判然としない場合に、どこまで強く延命処置を施すかという目安が必要になりその目安を「引き返し不能点」とします。例えば従来の死亡判定基準や脳死判定基準もその一つであると思います。医療行為は医療目的以外に為されるなら傷害罪にあたる内容を含みますので、明らかに無駄で過剰な延命処置を行うことはかえって本人を害することになると考えます。
ところで以前911に紹介した基準では、 ClassDとClassCで或いはClassCとClassBとの間に差が付けられるわけですが、おっちゃんが言うような長期生存という意味では、ClassBではすでに「引き返し不能点」を越えていて、長期の生存は期待できないがとりあえず目先の苦痛(その原因をなくすことはしないが)を緩和する処置は続けると理解します。ClassCについては、目先の問題としても生命維持は不可能であるけれども、きちんと看取ろうということになるでしょう。この場合は、殆ど上述の死亡判定における「引き返し不能点」に近いものとなります。
そうすると「引き返し不能点」という語に関して何が「不能」なのかを整理すると、
1すでに死んでしまっている。
2短期(おそらく数時間から数日)の生存が不可能と考えられる。
成人の死に即して言えば、おそらく臨終間際でこれ以上針刺したり管通したりしない状態。
3長期の生存は不可能という状態。
成人の場合なら、2以前のターミナルケアの状態。
となります。私はここまでの文脈では主に2に関して「引き返し不能点」という語を用いていることになります。改めておっちゃんの論旨では2と3が混同された上に、2の「あちら側」を3の「こちら側」としていることが分かりました。
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無脳児どころか、脳死判定後の長期生存例も報告されているようです。
何度か来日もされているシューモン博士の脳死に関する研究報告やそれに関する講演は、脳死や脳死臓器移植の問題に関心を持っている人たち、また移植医療や生命倫理などの問題に携わっている人たちの間では注目されていますね。
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ちなみにこの分野の「先進国」である欧米では脳死判定をもって患者(子どもも含む)の死亡を宣告し、その体を切り刻み他人への移植のために臓器を摘出することが認められています。この場合、脳死患者には「人格はない」とされているわけですよね?
「脳死判定」とか「死亡宣告」とか「脳死患者には『人格』はない」といった記述を安易に「欧米」という言葉でひと括りにしないほうがよろしいかと思います。
そよかさんからのご指摘とも関連があるかと思いますが、一口に欧州といっても、欧州各国の間では脳死や脳死臓器移植に関する国民意識や法的な制度もそれぞれ異なるところがあります。米国でも法的制度は異なる州がありますから。
それと、最近、米国や欧州の中から「脳死は人の死か、人の死とするべきか」といった、かって日本が脳死臓器移植法を制定しようとした時に沸騰した議論、そういった問題が改めて問い直す動きが出てきています。
ところで、これは日本の「脳死臓器移植法」に関した問題ですが、おっちゃんは、子供(15歳以下)のドナー登録、つまり(法的)脳死判定による臓器提供についてはいかがお考えでしょうか。
確か、何日か前の投稿で「日本では子供の臓器提供さえ認められていない。」とのおっちゃんのご発言を目にしました。
脳死臓器移植法に規定のある見直し時期が来て、今、子供のドナーを認める法制化が推し進められようとしています。
それと、これは重症心身障害児(者)に関する議論に関わるかと思いますが、
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「あちら側」「こちら側」の議論ですが、簡単には結論は出せないようです。
「あちら側」「こちら側」が脳死論議に関する表現であるなら、私はさほど違和感を感じません。
しかし、専らおっちゃんとあしなさんとの間で交わされていた「あちら側」とか「こちら側」、「引き返し不能点」という言葉は重症心身障害児に対して当てられていました。これは抽象的で中身の無い安易な表現だなと私は読んでおりました。
「あちら側」「こちら側」、「引き返し不能点」という表現、議論を重症心身障害児(者)(と言っても、一般化しているわけではない、一部の患者を指しているのだという弁解は予想されますが)に向ける根拠、理由は何でしょうか?
これはおっちゃんだけでなく、あしなさんにもお聞きしたいと思います。
「あちら側」、「こちら側」、「引き返し不能点」のそれぞれの定義を明確にした上でお答えをいただきたいと思います。
| ●重症心身障害児(者)の問題を議論する土台として |
なな |
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